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村上春樹が建築にも影響 台湾の建築家に聞いた、そのつながり

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建築家・陳冠華=太田啓之撮影

私は台湾東部の海沿いで20年にわたり、鉄筋コンクリート造の「海に馴染む住宅」を設計してきました。台北市での都会生活に疲れた人々がしばし現実逃避して、静かで自然な暮らしを営めるような住宅です。中には民宿となっているものもあります。

同時に私は20数年前から、村上春樹の著書を読みあさってきました。村上作品から感じられる「リラックスした雰囲気の中にある憂鬱、ブルーな感じ」は、資本主義化、都市化で人間性が失われつつある現代人の台湾の気持ちに重なるものがあるし、私自身の建築もそうした気分にマッチしたデザインを心がけている。「村上春樹的な建築」と言ってもいいかもしれません。

しかしながら、台北市内にはまだまだ、醜い建物が目立ちます。建築家たちに美的なセンスが欠けていることが一因でしょう。
建築を学ぶにはもちろん、技術的な専門教育は不可欠ですが、心の奥底の部分で人文的な要素も培わなければ、人々の生活や文化になじんだ建築物、真にオリジナリティーのある建築物を設計することはできません。

私は自分が教える学生たちに、様々な文学作品を読み、それを元に自分でも実際に小説を書いてみる、という実習を課しています。映画もよく見るように勧めます。小説や映画を通じて世界を見る、という作業は、時代感覚を磨く何よりのトレーニングになるからです。村上作品は、中でもとりわけ重要な教材です。21世紀の建築のキーワードの一つとして、私たちは「挙重若軽」という言葉をよく使います。「表面的には軽い感じだけど、実は重いテーマを表現する」という意味ですが、これはまさに、村上文学にも当てはまる言葉であり、ずっしりと重い感じの大江健三郎作品とは対照的なスタイルだと思います。

学生には最低二冊の村上作品、「海辺のカフカ」と「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読むように指導します。これらの作品では、二つの視点からのストーリーが交錯する中で「重さと軽さ」「理性と感性」が調和し、一体となっていると思うからです。

建築の構造自体は理性に基づき現実的に作られる必要がありますが、同時にそれをアートとして成り立たせるには、奔放な想像力が求められます。

村上作品では現実が想像された世界のようになり、想像された世界が現実のようになり、最終的には両者が一体となっていく。それはまさに、私たち建築家が目指す境地でもあるのです。