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アラスカ、極北の金鉱山を見た 相場次第で「ゴールドボーナス」も出る社員の待遇は

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米アラスカの鉱石の採掘現場
米アラスカの鉱石の採掘現場では、「ドリルジャンボ」と呼ばれる重機が活躍する。鉱石がある程度細かくなるように断面に穴を開けて爆薬を詰める=2012年1月、都留悦史撮影

冬のアラスカは夜明けが遅い。ようやく空が明るくなった午前10時、案内役のポール・ギブソンが運転する農耕用トラクターに乗り込み、金鉱石の採掘現場に向かった。でこぼこの激しい坑道には「これが一番」という。外気は零下30度。暖気が送られている坑内でも零下10度だ。

米アラスカ州フェアバンクスから東へ150キロ。北極圏まで230キロのところにあるポゴ鉱山を、1月下旬に訪ねた。日本の住友金属鉱山が操業する金山だ。

ポゴ鉱山の周辺=都留悦史撮影

「しっかりつかまって」。ギブソンの声がとぶと傾斜が40度近い急坂にさしかかった。坑道はらせん状に地下に降りていく。幾重にも枝分かれしていて、地下都市に迷い込んだ気分になる。

「ガガガガガ」という音が響いてきた。巨大な掘削機からアームが伸び、その先のドリルが岩を削っている。耳栓がないと耐えられない轟音(ごうおん)だ。

黒い岩の中に、石英の筋が白く見える。金はそこに含まれているという。

岩盤を爆破するときに使う導火線を手に取る鉱山労働者たち=都留悦史撮影

岩盤に奥行き4.5メートルの穴を70本ほど開け、計450キロの爆薬を仕掛ける。それを1度に爆発させ、岩盤を50センチ四方ぐらいの鉱石に砕く。1回の発破で採れる鉱石は250~500トン。ダイナミックな作業だ。坑道内に転がっていた野球ボールほどの鉱石を手にとり、石英の部分にヘッドランプを当ててみた。だが、金色には輝かない。金は鉱石1トンあたり平均14グラム程度しか含まれず、肉眼では見えないそうだ。

地上に運んだ鉱石は、破砕機で直径50~60ミクロンの粒にし、遠心分離器や薬品を使って金をより分ける。純度を94%までに高めた重さ30キロの塊にして米本土に出荷され、そこでさらに製錬されて純金になる。ポゴで1日に掘り出す鉱石は約2500トン。純金にすると約35キロで、最近の価格で計算すれば約1.5億円分だ。

金の「鋳込み」を行う部屋。ドアにはAUTHORIZED EMPLOYEES ONLYと書かれ、2人同時にカードキーを使わないと開かない仕組みだという=都留悦史撮影

この鉱山の操業が始まったのは2006年。金価格はその後も上がり続け、いまでは当時の3倍になった。

経済成長を続ける新興国を中心にアクセサリーや投資対象として買われる金が増えた。リーマンショック後に世界的な経済危機になると、今度はドルやユーロの価値が下がるとの予想が「安全資産」としての金買いの理由にされてきた。

ポゴ鉱山の社員食堂にある大きなテレビの前には、経済ニュースを食い入るように見つめる社員の姿が目についた。世界経済の動きを映して動く金価格が自分たちの実入りに直結するからだ。

鉱山では食事がほぼ唯一の楽しみ。勤務の交代時には「今日の食事は何だった?」と声を掛け合うという=都留悦史撮影

ここでは、金価格に連動した「ゴールドボーナス」を社員に払う仕組みをとっている。金価格が一定額を超すと、上回った分に比例する係数を賃金にかけた額をボーナスとして払う。

職種や地位にかかわらず、四半期ごとに支給し「最近の金価格だと全員が毎年100万円以上もらっている」という。ある社員は「ネットでも毎日金価格をチェックしているよ」と話した。

社員数は現在約310人。日本人は9人で、大半が米国人だが、米国の永住権を持つフィリピン人やプエルトリコ人、ラオス人らもいる。家族のもとに帰れるのは週末だけで、敷地内の宿舎で1カ月近くも寝泊まりする社員もいる。

フェアバンクスで零下45度を示す温度計。ポゴでは零下54度を記録したことがあるという=都留悦史撮影

トラブルを避けるため飲酒は厳禁で、楽しみは食事ぐらい。人事担当のトーマス・ブロコウは「米本土より25%多めに報酬を出さないと、まず働きに来てくれない」という。いったん働きだしてもフル生産に必要な人数がなかなか定着しない。そこで始めたのがゴールドボーナスだった。

ボーナスを含めると社員の平均年収は16万ドル(約1300万円)。操業を始めた06年のほぼ倍に増えた。最近では離職率も減ってきているという。(文中敬称略)(都留悦史)

鉱脈求め「陣取り合戦」

取材の帰途によったフェアバンクスではオーロラが見えた=都留悦史撮影

ポゴ鉱山では採掘と並行して、つねに新しい鉱脈を探している。

探鉱担当の上杉次郎の悩みは、ヘリコプターの手配だ。「道のないところで地層を調べる。ボーリング機材を送り込むために、ヘリが欠かせない。しかし、探鉱ができる夏季にはアラスカ中のヘリを各社が奪い合い、確保が大変なんです」

金の値上がりで、金鉱山の開発は世界中で熱を帯びている。各国で確認されている埋蔵量の合計は、07年からの4年間で2割以上増え、5万1000トンになった。アラスカでも、有望な金鉱脈が複数眠っている可能性があることが近年の地質調査で分かった。世界中の鉱山会社から注目を集め、大手から中小までが競うように開発に乗り出している。

金が値下がりした90年代に操業が止まった鉱山も、再び採算がとれるようになって息を吹き返してきた。金以外の貴金属も合わせると、州内で少なくとも60カ所で探鉱が進められている。

「州内のありとあらゆるところが鉱区になっている。『陣取り合戦』ですよ」。ポゴ鉱山社長の豊島利仁はそう話した。

いい鉱脈を確保できれば、鉱山のもうけも多い。英調査会社によると、2010年の金の産出コストは、鉱山開発費を含めても金価格の半分程度。住友金属鉱山の場合、銅やニッケルも含めた鉱山開発事業の売り上げに占めるコストは2割で、8割がもうけだ。

ただ、リスクも高い。商業化できる確率は1000分の3ともいわれる世界だ。日本の鉱山会社は、世界的にみれば小規模だ。世界上位10社には、カナダ、南アフリカ、アメリカ、オーストラリアなど金埋蔵量の多い国の企業が並び、日本企業は1社も入っていない。

カナダ・トロントに本社がある世界最大の金鉱山会社、バリック・ゴールドの金生産量は年間240トン。住友金属鉱山の12倍だ。資金力が大きくなれば、開発コストを1社でまかなえるので、権益も独占できる。金の生産量を調整することで、金価格への影響力も強くなる。

ある日本の鉱山会社幹部は「金に限らず、有望な鉱山は海外勢にすでに押さえられつつある」と話した。(都留悦史)(文中敬称略)