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裁判記録を調べ上げてわかった、定説をくつがえす「テロリストの実像」

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パリの風刺週刊紙『シャルリー・エブド』襲撃事件の犠牲者を悼む花束。編集部は正面左手奥 Photo: Kunisue Norito

2015年11月に起きたパリ同時多発テロで、襲撃を受けたバー「カリヨン」のガラスに残った弾痕 Photo: Kunisue Norito

▼137人の内訳は、男性131人、女性6人。ただ、実際の過激派は女性の割合がもっと多いと思われる。平均26歳。4割が貧困地域の出身で、総じて学歴は低い。月給平均は約1000ユーロ(13万円程度)。26%はキリスト教などからの改宗者だった。暴力事件や盗みなどで有罪になった経験がある人は50人にのぼった。イスラム教に関しては、全般的に極めて乏しい知識しか持っていなかった。

▼単独で過激化しテロを起こす『ローンウルフ』(一匹狼)型テロリストが増えていると言われてきたが、実際には一つの例もなかった。

▼従来は短期間で過激化する報告が少なくなかったが、実際にはほとんどの場合、過激化するまでに数カ月から数年といった長い期間を要していた。

――論文で衝撃的だったのは、ローンウルフ型テロリストが存在しなかった、という結果です。これまで欧米でいくつか起きている小規模のテロでは、ウェブを通じて1人で過激思想を吸収し、銃や大型トラックなど比較的入手しやすい武器を使って民間人を標的に起こすケースが少なくない、と報道されてきました。しかし、単独犯と思われた人物が実は、様々な形で武装組織「アルカイダ」やテロ組織「イスラム国」などに結びつくネットワークとかかわっていた実態を、論文は浮き彫りにしています。「ローンウルフ」は結局、幻想の産物だったのでしょうか。

私が裁判記録で調べた137人のうち、「ローンウルフ」と呼べる人は1人もいませんでした。むしろ、テロを起こすうえでは、「グループ」としての活動が極めて重要な鍵となっていました。幼なじみの友達あるいは兄弟や家族で一緒に過激になっていったとか、ウェブを通じて親しくなった者同士でテロ実行を呼びかけるといったケースです。

ナイフでも暴走する車でも凶器となる時代ですから、技術的には1人でテロを起こせます。つまり、ローンウルフ型テロは理論上あってもおかしくありません。実際、最後の行動を1人で起こしたケースはしばしば見られます。では、人は1人で過激化するのか。それは、極めてまれにしかないといえます」

ニースでのテロ(注2)については、まだ捜査も裁判も進んでいないので、推移を見守る必要があります。一見、単独で実行したテロのようですが、これまでのテロでも、当初は単独で起こしたと考えられて、捜査が進むに連れて準備段階での協力者が判明したり、過激なイデオロギーを抱くに至るうえで他の人とのつながりが浮かび上がったりしています。

2016年7月に起きたニースのテロの現場となった海岸遊歩道。大型トラックは手前から進入し、約2キロ人をなぎ倒しながら走った。柵や車止めはテロ後設けられたもの Photo: Kunisue Norito

――テロリストに関しては、これまで「急に過激になった」「直前まで普通の生活だった」などと言われる例がしばしば伝えられてきました。しかし、調査結果はこれも否定し、比較的長期間の過程を経て過激化していると結論づけています。

過激化に要した期間を統計化しようと試みたのですが、難しすぎて諦めました。過激になったかどうかは主観的な判断なので、データにできないのです。ただ、よく「突然過激になった」という話が伝えられますが、実際の裁判例では、そのようなケースはありませんでした。通常は少なくとも3カ月かかり、何年も要した場合もありました。それなのに、なぜ彼らは「突然過激化した」ように見えるのか。

考えられる理由の一つは、過激になる前の生活習慣を彼らがなかなかやめられないことです。ジハード主義者となった後も、酒場に繰り出したり、麻薬を吸ったりしてしまうので、周囲からは過激化していないように見える。彼らはそういう生活をしつつ、「これはタキーヤ(迫害されて信仰を擬装すること)だ。ジハードのためには仕方ない」と言い訳するのです。もう一つ考えうる理由は、彼らが本当にタキーヤを実践している可能性です。

一つだけ「短期間で過激化」したといえないこともない例が2015年にありました。三角関係の恋愛がからんだ実に奇妙な物語です。フランスの男性①がジハード戦士となってシリアに渡り、10カ月間暮らすうちに、かつての交際相手の女性②を呼び寄せようと考えた。この女性はそのつもりになったのだが、そこに、彼女に思いを寄せる別の男性③が現れた。この男性③は1カ月の間にイスラム教に改宗し、彼女と一緒にシリアに行くと決めた。この男性③のケースを『短期間で過激化』と呼べるかどうか。

ちなみに、この話にはオチがあって、女性②と男性③はシリア行きの準備を進め、男性が女性を空港まで送っていったのだが、そこで彼らは考えを変え、コルシカ島に夏休みに行くことにした。私は法廷でその話を聴いて耳を疑いましたよ。でも実話です。男性③は結局、女性②の心を射止めて一緒になり、2人とも裁判で軽い罰を受けて、その後店員と市役所の受付係としてフランスで働いています。2人ともシリアに行くどころか、もはやイスラム教徒でさえなくなった。1年半で前の状態に戻ったのだから、この例は「過激化」と言えないかもしれません。男性①はシリアに滞在したため、禁錮何年かの重い罰を受けました。

――1人でテロリストになるのも、短期間で過激化するのも難しい。つまり、そう簡単には、人はテロリストにはなれない、ということですね。

ジハード主義者の中には逆に、世代を超えて長年にわたって活動を続けている人物が少なくありません。彼らは、刑務所に収監されてもそこから出所しても、同じ運動を続けている。手の施しようがないのが実情です。

――その典型例は「フランスのオサマ・ビンラディン」と呼ばれたアルジェリア系フランス人ジャメル・ベガル(注3)でしょうか。1990年代から活発に動き回り、その後拘束されましたが、十数年経って近年のテロを見ると、相変わらず彼の名前が取りざたされています。2015年の風刺週刊紙「シャルリー・エブド」襲撃事件の容疑者たちを育成したのもベガルだといわれています。

ジャメル・ベガルが収監されているフランス西部の刑務所の教誨師(きょうかいし)と先日話をしました。彼によると、ベガルは少なくとも表面的に過激な様子がみられないものの、イスラム教の知識に基づいた強固なイデオロギーを備え、出会う人々を引きつけ影響を与えるカリスマ性は相変わらずだそうです。「シャルリー・エブド」襲撃事件の容疑者のように魅せられてしまう人はいるでしょう。他の人々から彼を隔離しておく必要がありますが、それができるかどうか。彼は間もなく刑期を終えて出所します。フランス当局は母国アルジェリアに強制送還する意向ですが、アルジェリア当局は受け入れないようです。どうしていいかわからない状態です。

――イスラム過激派の活動は、かつての左翼の赤軍派活動や「アクシオン・ディレクト」がそうだったように、歴史の中で一過性の動きとして終わるのでしょうか。それとも、ある程度の大きな流れとなって今後も続いていくものなのでしょうか。

オサマ・ビンラディンが殺害されて、これでテロは終わりだと言った人は、研究者の中にもいました。でも全然終わらなかった。テロが拡散しただけでした。

アルカイダが勢力を失って、テロの世界で起きたのは「脱中心化」でした。小さな集団がそれぞれの範囲でテロを企てる。私はかつて、これを「ウィキペディア流アルカイダ」と名付けたことがあります。編集長が記事を発注するブリタニカ百科事典のような組織でなく、編集者なしで各人が勝手に書き込む手法でテロを展開するようになったのです。その後、シリア情勢の悪化に伴ってヌスラ戦線や「イスラム国」が台頭し、テロリストの組織が再編された。組織化されたテロと拡散されたテロのハイブリッド型となっているのが現在です。

ジハード主義は、アルカイダの活動だけを見てもすでに30年になります。第1世代の精神は次の世代に伝えられ、すでに第三、第四世代が育っている。イデオロギーもウェブでどんどん広がっている。国際政治の状況に伴って多少の伸縮はありますが、根絶はできないでしょう。そこが、1世代で終わってしまったアクシオン・ディレクトとは違うところです。規模も、左翼運動が10人程度だったのに対し、ジハード主義者はシリアやイラクの紛争で1300人の戦闘員を集めており、大衆運動になりつつあります。

――今後どのような対策が必要ですか。

テロは、国家存亡にかかわるような脅威ではありません。ほとんどのテロは、避けることが可能です。テロに抵抗できるだけの強靱(きょうじん)さを社会が備えなければなりません。その対策を進めるうえで、一番の問題は若者の過激化です。民主主義の理念など理解しようとしない若者の精神を制御するのは難しい。危険人物のリストアップが十分できていないこと、刑務所内に過激派予備軍が大勢いること、ウェブで過激思想が拡散していることも、大きな不安です。

「イスラム国」などが狙うのは、フランス社会をイスラム教徒とそれ以外とに分断することです。そのワナに陥らないよう気をつけなければなりません。イスラム教徒全体が被害者意識を抱くようになるなら、彼らの思うつぼです。対策は、あくまで過激派に焦点を当てて進めなければなりません。

(注1)ジハード主義者 イスラムを中心とする社会実現を目指す「イスラム主義者」の中で、暴力も辞さない人々を主に指す。テロリストだけでなく、その扇動者、シリアやイラクに戦闘員として向かう若者たちも含む。

(注2)ニースのテロ フランス革命記念日の2016年7月14日夜、南仏ニースの海岸遊歩道で、花火大会の見物に集まった群衆をなぎ倒しながら大型トラックが暴走し、86人の犠牲者を出した。容疑者のチュニジア人モハメド・ブフレルは警官隊との銃撃戦の末に射殺された。事件後「イスラム国」系メディアが犯行声明を出したが、協力者の存在や過激派との接触については不明な点が多い。

(注3)ジャメル・ベガル アルジェリア生まれでフランスに帰化した後、アフガニスタンのアルカイダのキャンプで訓練を受けた。2001年に米同時多発テロが起きる直前、パリの米大使館爆破を企てたとして拘束された。後に「シャルリー・エブド」襲撃事件の実行犯となるシェリフ・クアシやアメディ・クリバリと収監先の刑務所内で出会い、過激派にいざなったといわれる。出所後の2010年、クリバリらとともにテロリスト脱獄未遂事件を起こして再び逮捕され、有罪判決を受けて服役した。

マルク・エッケル・仏国際関係研究所部長

Marc Hecker フランス国際関係研究所(Ifri)出版部長兼学術機関紙「対外政策」編集長。ストラスブール政治学院卒、パリ第1大学政治学博士。テロに関する著書や論文多数。