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転機迎えたハリウッド

米ロサンゼルス郊外グレンデールにあった特殊メイクの工房「シノベーション・スタジオ」が昨年秋、閉鎖された。工房の主はリック・ベイカー(64)。メーキャップ賞に11回ノミネートされ、うち受賞は7回に上る。マイケル・ジャクソンの音楽ビデオ『スリラー』も担当するなど、1980年代には時代の寵児(ちょうじ)だった。
青緑の肌をした宇宙人。毛むくじゃらの猿。恐怖におびえる人の顔……。かつてはここに、『メン・イン・ブラック』『PLANET OF THE APES/猿の惑星』といった、大手スタジオの大作で使われたマスクが並んでいた。
ところが、コンピューターグラフィックス(CG)の飛躍的な発達で、特殊メイクの仕事は激減する。2011年に始まった『猿の惑星』新シリーズも、猿を演じる俳優の動きをデジタルで記録し、CGで再現する「モーションキャプチャー」の技術を採用。「現物」は不要になった。ベイカーは「大手スタジオは映画を安く、手早く作ろうとしている。時間とお金を与えてくれないならば、もう仕事は断ろうと思っている」と語る。
過去のアカデミー作品賞の受賞作を振り返ると、手間ひまと予算をつぎ込んだエンターテインメントでありながら、芸術性や社会性を盛り込んだ作品が多くを占めていた。『風と共に去りぬ』『ベン・ハー』『アラビアのロレンス』『サウンド・オブ・ミュージック』……。
テレビの台頭で大手スタジオの隆盛に陰りがみえた70年代、スティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスら新世代の監督が登場した。『スター・ウォーズ』や『E.T.』など子どもにも人気の大作は作品賞を受賞しなかったものの、スピルバーグはその後、ユダヤ人の苦難の歴史を描いた『シンドラーのリスト』など社会的テーマを扱った作品でアカデミー賞候補の常連になってゆく。

「映画が中身のないサーカスに」

ハリウッドが再び転機を迎えたのは21世紀に入ったころだ。大手スタジオは社会性や芸術性よりも、興行的に失敗しないためのマーケティングを最優先するようになった。
大手スタジオの一つ、コロンビア映画の元幹部でプロデューサーのステファニー・アレインは言う。「どのスタジオも制作より、事前の市場調査や宣伝にお金をかけるようになり、知名度のあるアメリカン・コミックスやテレビゲームの映画化が増えていった
その結果、大手スタジオの大作が賞レースから遠ざかり、代わって台頭してきたのが、大手が制作に加わらないインディペンデント映画だ。制作費は少ないが、深い主題を扱う作品が多い。この10年余り、作品賞受賞作はこうした映画が大半だ。
大手スタジオが作る大作と、インディペンデント映画。米国の映画が今、二極化している。
この傾向を反映しているのが、作品の興行収入に連動するとされるアカデミー賞授賞式の視聴者数だ。米調査会社ニールセンによると、昨年の授賞式の視聴者は推定約4374万人。世界的な大ヒット作『タイタニック』が作品賞を受賞した98年の推定約5525万人と比べると2割以上少ない。今回はさらに、作品賞ノミネート8作品の合計興行収入が近年でも最低レベル。視聴者数はさらに落ち込むとみられている。
かつて大手スタジオが手がけた「良質な大作」は今、テレビやネットが提供している。ネットフリックス制作『ハウス・オブ・カード 野望の階段』は13年、テレビに関する業績を表彰するエミー賞を獲得した。ネット配信ドラマでは初の受賞だ。ケーブルテレビHBOでは、映画監督のマーティン・スコセッシも制作に加わった『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』などが大ヒットしている。
ルーカスは1月29日、インディペンデント映画の登竜門「サンダンス映画祭」での討論会で「映画はますます中身のないサーカスになっている」と嘆いた。1年余り前には、数々の映画人が輩出してきた南カリフォルニア大での討論会で「ケーブルテレビの方がはるかに大胆に作っている」と批判。隣にいたスピルバーグは「このままでは映画業界が内部崩壊するだろう」と警告した。

伝説のアーティスト、リック・ベイカーに特殊メイクをめぐる状況を尋ねた(撮影:藤えりか、機材提供:BS朝日「いま世界は」)

オスカー像は1929年の第1回授賞式以来、アカデミー賞の受賞者に贈られてきた。足元にフィルムのリール、手には剣。高さ34.3センチ、重さ3.86キロの黄金の騎士。世界で最も知られた像のひとつだろう。
モデルはメキシコ人俳優エミリオ・フェルナンデスというのが定説だ。米メディアによると、メキシコ革命後に不法に米国に渡った移民だという。オスカーという愛称をAMPASが公式に使い始めたのは39年だが、AMPASによると、その数年前から広まっていたという。由来は諸説あるが、AMPASは、後に事務局長を務めたマーガレット・ヘリックが「私のおじのオスカーに似てる」と言ったことに始まったとの説が最も知られている、としている。
これまで贈られたオスカー像は累計2947体。像の「名誉と価値」を保ちたいAMPASは51年、受賞者やその相続人に対し、像の売買や処分を禁じる規定を設けた。やむを得ず手放す場合はAMPASに1ドルで譲り渡さなければならない。
だが、50年以前に授与された像は規定が適用されないため、たびたび市場に出回った。米メディアによると、助演男優賞受賞のハロルド・ラッセルが92年、妻の医療費を工面するため競売にかけ、6万500ドルで売却。99年にはマイケル・ジャクソンが『風と共に去りぬ』の作品賞オスカー像を過去最高の154万ドルで競り落とした。

像の流出を、私財を投じて3度阻止したのが、AMPAS会員で監督のスティーブン・スピルバーグだ。96年にはクラーク・ゲーブルの主演男優賞のオスカー像、2001年と02年にはベティ・デイビスの主演女優賞のオスカー像2体を買い取り、AMPASに寄贈した。
00年には製造元R・S・オーウェンズ社が納品する際、55体を配送スタッフに盗まれる事件もあった。処分に困って捨てられた52体を見つけて届け出た男性は、5万ドルの報賞金と授賞式のチケットを受け取った。米メディアによると、残る3体のうち1体はフロリダで3年後、米連邦捜査局(FBI)の麻薬捜査で見つかった。

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「映画の父」と呼ばれるリュミエール兄弟を生んだフランスは、米国への対抗意識を隠さない。たとえば、2014年のアカデミー賞で監督賞など7部門を受賞した『ゼロ・グラビティ』について文芸誌レザンロックは、「空虚な娯楽」と酷評した。フランス映画こそがハリウッドの主要なライバルだという感情の表れだろう。
フランスの映画に対する考え方を端的に示しているのが、01年にロラン・ブラム下院議員が国民議会(下院)に提出した「国際市場における仏映画の力と弱さ」と題した調査報告書だ。「フランスは映画を発明した国である。以来、(中略)フランスの映画人は、一義的に産業としてではなく、芸術として映画を作り、守る責任を負っている」という一節がある。
こうした考えに基づき、フランスは自国の映画などを「文化的例外」と位置づけ、保護主義的なシステムを築き上げた。テレビと映画館に対し、仏映画の制作を支援するよう義務づける法律を制定。米国映画しか見ない人でも映画のチケットを1枚買うごとに、仏映画の制作費をまかなう仕組みになっている。12年のアカデミー賞で5部門を制した仏映画『アーティスト』で演じた女優のベレニス・ベジョは「フランスの公的支援なしに『アーティスト』はできなかった」と公言する。

一般受けしないセザール賞作品

ハリウッドを強く牽制(けんせい)しているように見える仏映画業界だが、多大な影響も受けている。その象徴が、パリで毎年催されるセザール賞の授賞式だ。「セザール(CÉSAR、彫刻家の名に由来する像の愛称)」という、「オスカー(OSCAR、アカデミー賞の像の愛称)」と同じアルファベット5文字で韻を踏んだ名前といい、「映画芸術技術アカデミー」という映画人の親睦会的な組織といい、アカデミー会員の投票で受賞作を選ぶ方式といい、二つの賞はうり二つだ。アカデミー賞がテレビに支えられているように、セザール賞の授賞式も国内ではケーブルテレビ「カナル・プリュス」で無料で流され、国際放送「TV5MONDE」を通じて200以上の国・地域に放映されている。
ただ、セザール賞とアカデミー賞には大きな違いもある。それは、受賞作品に対する人々の賛同だ。米国映画は質の悪い作品もあるとはいえ、作り手は基本的にできるだけ多くの人々に向けて良質な映画を届けようとしてきた。その方向性ゆえに、観客だけでなく、アカデミー会員の支持も受けてきたのだ。一方、セザール賞を受けるのは映画愛好家向けの野心的な作品が多く、一般の人の支持を集めることは少ない。
仏映画界はハリウッドの雰囲気をにおわせつつ、芸術的な映画を作り続けようとしている。ただ、米国に対する矛盾した姿勢は、1980年代にフランスではやった炭酸飲料の広告宣伝のキャッチコピーを思い出させる。「それはアルコールに似ている。アルコールのように金色だけど、アルコールではない」

(クロード・ルブラン)
(文中敬称略)