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住みよい島 どうつくる

小値賀島内には400頭以上の野生のシカが生息する=長崎県小値賀町、2015年11月3日、大島大輔撮影

世界遺産と島おこし/長崎県・野崎島

小値賀島(おぢかじま)から町営船で約30分。野崎島の桟橋の周囲には、野崎集落跡の廃屋が立ち並ぶ。住む人がいなくなって20年はたつ敷地の中を、島内に400頭以上が生息する野生のシカが歩き回っていた。

高麗芝の平原を歩き、急な山道を越えると真っ白な砂浜が現れる。砂浜を見下ろす山の中腹に、赤れんが造りの教会が建っていた。

「日本じゃないみたい!」。歓声を上げる男女5人の見学者に、「ここは半分外国よ。大陸と国境を接しているんだから」。そう答えたのは前田博嗣(54)。NPO法人おぢかアイランドツーリズム協会で野崎島自然学塾村の塾長になり、訪れる人たちのガイドを務めて9年になる。

島はかつて遣唐使の航路にあり、中継地だったという。前田に、大陸とのつながりって感じますか、と尋ねると「島では、友達のことを『チンゴ』っていうとよ。韓国語のチングから来たんだろうな」と話した。

昨年1月、日本政府が「長崎の教会群」をユネスコ世界遺産に推薦することが決まり、野崎島への観光客が急増している。外国からも訪問客がどっと押し寄せそうだ。島の活性化につながるから歓迎ムードかと思っていたが、前田は顔を曇らせた。「最近、教会の柱に傷をつける人もいる。野崎島の自然を守れるのかどうか、不安はある」

遺産登録を控え、教会を管理する小値賀町も保護に心を砕く。町教育委員会の担当者は「入島にあたってのルールが必要。条例の制定も含めて検討している」と話す。

おぢかの挑戦、アイランドツーリズム


日本中で、平成大合併が進められた。だが、小値賀町は2004年、高速船で約1時間半の距離にある佐世保市などと合併しない道を選んだ。現在の人口は約2600人で、長崎県で最も小さな自治体だ。町民の数はピークだった1950年の1万1000人から減り続け、高齢化も進む。

アイランドツーリズムが始まったときから民泊のために自宅を提供する漁師の宇戸正一郎(72)、靖代(71)夫妻。左は4年前にUターンして、漁師を継いだ三男の正和(35)。靖代は「私たちの方がお客さんからいろんなことを教えてもらっている」と話した=大島大輔撮影

そんな島を『美しき日本の残像』などの著書で知られる米国出身の東洋文化研究家アレックス・カー(63)が2005年に訪れた。島の魅力に感動し、「日本の本来の豊かさがある」と評したことをきっかけに「島おこし」が始まった。06年度にスタートした「おぢかアイランドツーリズム」事業は、カーの協力で島の古民家を改築して宿泊施設にし、島民の暮らしを一緒に体験してもらう「民泊」なども展開する。事業は軌道に乗り、最近は一般の観光客や修学旅行生ら年間のべ約4万人が島を訪れる。

町の観光事業に携わってきたアイランドツーリズム協会の高砂樹史(50)は「観光は手段でしかない。目的はこの島が抱える過疎や高齢化などの地域問題を解決すること」だという。「民泊した人たちが『いい島だ』と言ってくれて、島の人間が自分たちの島の普遍的価値を再確認する。すると、本土に出た自分たちの子どもにも『戻ってきたら』と言えるようになってきた」。最近、30代のUターン、Iターンが少しずつ増えてきたと高砂は手応えを感じている。(大島大輔)
(文中敬称略)

おぢかのアイランドツーリズムを訪ねました(撮影:大島大輔、機材提供:BS朝日「いま世界は」)

橋で結ばれる/鹿児島県・甑島

迫和義撮影

鹿児島の串木野港から西へ約50キロ。東シナ海に浮かぶ下甑島は、上甑島と中甑島とともに甑島列島をなす。

上甑島と中甑島とはすでに橋で結ばれているが、3島では面積が一番大きく、約2400人が暮らす下甑島まではつながっていなかった。

現在、2017年度の完成を目指し藺牟田(いむた)瀬戸架橋=写真(本社ヘリ・はつどりから15年11月1日撮影)が建設中だ。橋は1533メートルの長さで、総工費は220億円。下甑島と中甑島を結ぶ。

「甑はひとつ推進室」という珍しい名前の部署が昨年、3島を所管する薩摩川内(さつませんだい)市役所に新設された。推進室によると、橋ができれば農産物をまとめて出荷するほか、医療施設を効率的に運用し、災害時には備蓄食糧を融通しあうことも想定している。

建設に動いていた06年。当時鹿島小6年生だった梶原聖五は作文にこう書いた。

「小学校ではテレビ会議システムを使って甑島のほかの小学校と話をしたりしています。でもテレビじゃなくお互いの学校を訪問出来ると友達もたくさん作れると思います。上甑と下甑の人々の行き来がしやすくなり、お互いの島のすばらしい所を再発見出来るかもしれません」(迫和義)
(文中敬称略)

私たち移住してきました/山形県・飛島

迫和義撮影

朝日新聞社ヘリ「ゆめどり」に手を振る、左からデザイナーの松本友哉(27)、整体師小池貴子(48)と息子の弘史郎(9)、看護師樋口祥子(64)、サービス業岩木靖彦(45)。

5人は山形県酒田市の飛島に移り住んだ人たちだ。職業も、それまで暮らしていた土地もさまざま。約220人が住む島に、ここ数年で10人余りが移住した。

樋口祥子は2015年4月に大分県竹田市から移住。医師が常駐しない飛島診療所で、高齢化の進む島民の健康に気を配る毎日だ。「以前から島暮らしをしたいと思っていました。主人の七回忌が終わった頃、ナースバンクから島での仕事の紹介を受けたんです。沖縄の波照間(はてるま)も選択肢にあったんですが飛島の景色に引かれました」

14年に東京から来た小池貴子は、のびのびした土地で子育てしたかった。いま息子は、児童数2人の小学校に通う。

「島暮らしは大変。夏はムカデが出て、冬は水道が凍る。でも東京ではゲームばかりやっていた弘史郎が、自分で遊びを考えています」

(2015年11月7日撮影)
(迫和義)
(文中敬称略)

甘いレモンの香り/東京都・八丈島

迫和義撮影

羽田空港から飛行機で約50分の八丈島。いま期待を集めているのが「八丈フルーツレモン」。東京の島発としてブランド展開し、1個500円ほどで販売を始めて1年が過ぎた。ビニールハウスを訪れた幼稚園児の手のひらには収まらない。一般的なレモンの3倍はある。

皮ごと食べられるので、様々な料理に使える。ムロアジの南蛮漬けに漬け込むと絶品だという。都の島しょ農林水産総合センターと農家が研究を重ねて塩害や強い風を克服し、優しい甘さのレモンを生み出した。(2015年12月5日撮影)
(迫和義)