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水に流せますか?

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「トイレの水を飲む街」が米国にあると聞き、テキサス州を訪れた。ダラスから北西へ約200キロのウィチタフォールズ。米空軍シェパード基地を擁する人口10万ほどの静かな街だ。

連日40度超の暑さが続く7月下旬、車で市内に入ると、線路の脇や小川の横などあちこちに直径80センチほどの黒いパイプが横たわっていた。13マイル(約20キロ)ほど離れた場所にある市の下水処理場と浄水場を直接結ぶ管だ。処理後の下水を川に流さず、そのまま飲み水用の水源として再利用している。

飲み水を作るサイプレス水処理場を訪ねると、責任者のダニエル・ニックスが再生水をためる池へ案内してくれた。昨日まで下水だったとは思えない透明な水をたたえている。「今朝はカナダグースが水を飲みに来たよ」

もともとウィチタフォールズは水源を郊外にある湖に頼っていた。だが2011年に始まった干ばつで貯水量が激減。「あと2年で水がなくなる」(ニックス)ほどの危機にさらされ、下水の再利用にいや応なく踏み出すことになった。

下水処理場からパイプを伝って送られてきた水は、精密濾過(ろか)や逆浸透膜などの技術を使って浄化する。湖水と半々の割合で混ぜてさらに処理し、1日に1000万ガロン(3780万リットル)の飲み水になる。飲んでみたが、無味無臭の普通の水だ。前例のない取り組みだけに、州政府の許可を得るため提出した書類は6000ページになった。テスト期間を経て、昨年夏から運用を始めた。

冗談じゃないと思った

計画が明るみに出ると、世界中からメディアがやってきて、「toilet-to-tap water(トイレから蛇口に来た水)」を飲む街の「悲劇」を面白おかしく報じた。下水はトイレの水だけではないのだが、人々の関心はトイレに集中した。

住民はどんな気持ちだったのか。市内で飲食店を営むクリスティー・チャコウィスキー(56)は「冗談じゃないと思った」。客のポール・マレー(69)も「最初は夫婦そろって買ってきた水しか飲まなかった」と話す。市は科学者とメディアを動員し、大規模な広報活動を展開。浄水場に見学者を受け入れ、情報は包み隠さず公開した。市公共事業担当局のラッセル・シュライバーは「僕の妻や子も同じ水を飲むんですよ、危険な水を供給すると思いますか?と訴えた」と言う。市民は次第に落ち着きを取り戻した。

水処理場のニックスは、「『トイレから蛇口へ』という言葉はうんざりだ」と言った。「下水はもはや下水ではない。テクノロジーのおかげで、資源になったのです」

干ばつに悩むカリフォルニア州にも、この試みを追う動きがある。人口300万のシリコンバレーで昨年、サンフランシスコ湾に臨む下水処理場の向かいに大型の高度浄水場が稼働した。今は灌漑(かんがい)用水のみの利用だが、州政府の許可が下り、住民の理解が得られれば、飲用水として供給する計画だという。

高度処理した水は、ミネラル成分さえ取り除くほど純度が高い。このため飲んでも安全だと、プラント責任者のパム・ジョンは言う。「古代ローマの時代から自然の営みに委ねてきた浄化を、技術がより手早くやってくれているだけなんです」

水再生学の世界的権威であるカリフォルニア大デービス校名誉教授の浅野孝は、「下水を飲むことは技術的には十分可能だ。あとは人々が心理的に受け入れられるかだ」と語る。OECD(経済協力開発機構)の12年の発表では、世界の水需要は50年までに55%ほど増え、生活用水は130%増えると予測される。水洗トイレの普及など、途上国の生活改善が要因だ。下水の3割強をトイレ排水が占める米国では、渇水地域を中心に、便器の節水基準は日本よりはるかに厳しい。「世界は水の量や質の担保をめぐり、混迷の時代に入る。できるだけ小さなサイクルで水を循環させることが、危機管理の上で大切だ」と浅野はいう。

下水の再利用は日本でも進む。慢性的な水不足で農業生産に支障が出ている沖縄県糸満市では、8月、下水から再生水をつくる試験プラントが着工した。海に捨てていた1日1万トンの処理水の一部を再生水に変える施設だ。

10年前に構想が浮上した時は、下水の再生水で育てた作物が消費者に受け入れられるのか、不安視する農業関係者の抵抗が強かった。だが「自然の水よりも安全だと知り、今は待ち遠しい。得意先も納得してくれた」と、ハーブ農家の真境名一夫(56)は言う。今後も沖縄の水需要は増え続けるとみられ、将来は飲み水としての再利用も視野に入れる。

沖縄のプロジェクトに関わる京都大教授の田中宏明(水再生工学)は「下水の再利用は渇水地域に限った話ではない」という。現在の下水処理では、人間のし尿から出るホルモンやウイルス、界面活性剤などが完全に除去できぬまま海や川に流れ、生態系に影響を与えている。省エネの観点からも意味がある。田中によると、日本の水道事業で使うエネルギーの9割は水を運ぶためのもの。「下水を都市の水源として循環させることが、水質やコスト、気候変動への対応など多方面で意味を持つ時代になる」

処理した下水を飲料水の水源として利用する米国の街を訪ねた(撮影:田玉恵美、機材提供:BS朝日「いま世界は」

日本では戦後、水洗トイレの普及と歩調を合わせるように下水道が普及した。普及率は7割を超え、総延長は46万キロに達する。国交省の「日本の水資源」によると、06年度時点で家庭で最も大量の水を使うのはトイレで、全体の28%を占める。

この上下水道の維持が危ぶまれている。人口減少に伴い、利用者1人当たりのコストは高騰。「水の安全保障戦略機構」事務局などの試算では、水需要の減少などで、40年度までに全国平均34%の水道料値上げが必要となる。自治体の下水道会計も火の車だ。下水道事業は原則、使用料でまかなわれるが、財務省の集計では、収益の約半分を一般会計からの繰り入れや補助金に頼っている。

上下水道は今後次々に40~50年の寿命を迎え、維持に巨額の費用が必要となる。既に下水道の老朽化による道路の陥没事故は年間3500件、水道管の漏水も2万件あまり起きている。全国では下水に接続せず、家庭ごとに合併浄化槽を設置する方針に切り替える自治体も出てきた。

はるか上流のダムで取った水を家々に供給し、下水道で集約して大規模に処理する水の循環システムは曲がり角にさしかかっている。

クリスティー家のバスルーム photo:Tadama Emi

インフラの整った都市でも、外出先でトイレが見つからず困ることがある。昨年、米国で生まれたのが、個人宅のトイレの貸し借りをネットで仲介するサービス「Airpnp」だ。米サンフランシスコで使い勝手を試してみた。

ホテルでコーヒーをがぶ飲みしてから市中心部へ。タブレットでサイトを開くと、地図上で近くに10軒ほどが登録されているのがわかる。数ドル程度の利用料をとる貸主もいる。ある女性の家に、いま使えるか照会してみた。OKならスマホやタブレット経由で返事が来て、正確な住所を教えてもらえる仕組みだという。が、いっこうに返事がない。これ、ホントに急いでたら間に合わないじゃん。

最初から住所を公開している人を2人見つけ、突撃訪問することに。1軒は大きな集合住宅なのに部屋番号が不明でたどり着けず。もう1軒のアパートは、高台の公園に面した坂道の途中にあった。ここにトイレを貸してくれるクリスティーが住んでいるはずだ。

インターホンを押すも応答なし。1時間ほど待ち、本気でトイレに行きたくなってきた頃、住人が1人帰ってきた。声をかけるとクリスティー本人だった。「Airpnpを見て来たんです」「何それ? ああ! 忘れてたわ。うちのトイレ使いたいの? どうぞ!」

見知らぬ外国人の私を簡単に家に入れてくれることに驚きつつ、4階へ。3畳ほどのバスルームにあるトイレを借りた。薬棚には錠剤が並び、洗面台に歯ブラシやコップが無造作に置かれている。生活感満載だ。

クリスティーは環境系のNPOで働く27歳。マラソン大会などで近くを多くの人が通るので使ってもらおうと登録した。「でも来たのはあなたが初めて。だって誰もAirpnpを知らないのよ」

Airpnpはニューオーリンズで生まれた。観光客でごった返す冬のカーニバルでトイレ不足が問題になったためだ。確かにイベント時などは便利だろうが、日常的には使いづらい気がする。だって本気でトイレ探してる時に、スマホをいじったり、住人が帰るのを待ったりするヒマなんかないってば。
(田玉恵美)(文中敬称略)

体育館脇の古いトイレをチェックする目黒星美学園の女子生徒ら photo:Sugizaki Shinya

今後30年以内に70%程度の確率で起こるとされる首都直下地震。避難所、水、食料と同様に大切なのがトイレだ。

災害時のトイレの重要性がクローズアップされたのが1995年の阪神・淡路大震災だ。断水などでトイレが使えなくなる事態が続出した。2011年の東日本大震災でも、避難所のトイレは厳しい状況に置かれた。「水洗トイレの水が流れず、大きなペットボトルに水をためて使った」。訪問ボランティアナースの会「キャンナス」の一員で看護師の安西順子(57)は言う。安西は発生9日後に避難所となった宮城県気仙沼市の体育館に入った。「持ち去られるからとトイレにせっけんもない。ノロウイルスなどの感染症も流行していた」という。

避難所となる場所の9割は、大人数を収容できる公立学校施設だ。国は水洗トイレが使えなくなる事態を想定し、自治体に仮設トイレの整備を求めている。

ただ、仮設トイレの多くはプライバシーがなかったり、不便な場所に設置されたりと使いにくいのが現状だ。11年の震災でも、トイレを我慢するため水分摂取をおさえ、避難者が「肺塞栓(そくせん)症」(エコノミークラス症候群)になったとみられる事例が報告された。文部科学省の調査では、避難所となった学校で「トイレが問題」としたのは7割以上に上った。

行きたくなくなるトイレ

災害時、避難所でどんな問題が起きるのか。8月上旬、災害トイレの普及啓発を進める「日本トイレ研究所」代表理事の加藤篤(43)に同行を頼み、都内の小学校を訪れた。住宅街にある築50年ほどの学校で、約800人を収容できる。被災地の支援活動をきっかけに災害トイレの啓発に取り組む目黒星美学園(東京都)の女生徒3人も加わってもらった。

この日午前10時の東京都心の気温は34度近く。外でトイレを待つだけで倒れそうだ。

災害時は水洗トイレが使えなくなる可能性が高い。そんな時は、マンホールのふたを開け、上に簡易便器などを取り付ける「マンホールトイレ」の出番だ。この学校では避難所となる体育館の脇に和式1、洋式3、車いす用1の計5基用の穴がある。ふたを開けると直径40センチほどの穴が地中に向けて徐々に狭くなっており、子どもが落ちる心配もなさそうだ。加藤は、「過去の例では学校に人がいない時に地震が起きた。設置の仕方を知る人がいないかもしれない」と指摘。中3の上高優香(15)も「ふたのかぎの場所もわからない」と戸惑う。住民も交えての日頃の訓練が必要だと感じる。

この学校には、ほかにも2カ所の屋外トイレがある。一つは車いすの人も使えるよう昨年改修されたが、高1の川内菜々子(16)は「段差があるし、一部は車いすで通るのが難しそう」と言った。

校内のトイレは和式が多い。高2の林垣菜美(16)は「家と違うトイレは極力避けたい」と言う。だがマンホールトイレは仕切りがテントだけで、プライバシーの問題がある。汚い和式か、テント仕切りの洋式か。女子生徒3人の意見は分かれ、加藤は「究極の選択。避難した人はトイレに行かないよう、極力水を飲まなくなる」と話した。女性にとって屋外トイレは防犯上の懸念もある。

加藤は、「重要なのは、行きたくなるトイレをつくること」だと言う。トイレへの障害となる距離や段差、プライバシーの問題を解決するのだ。安心してトイレに行けるために何が必要か。普段から考え、備えておきたい。
(杉崎慎弥)(文中敬称略)

都心部の商業施設ではいま、トイレが客争奪戦の切り札になっている。

東京・渋谷駅前に3年前にオープンした複合施設「渋谷ヒカリエ」では、商業エリア「シンクス」の豪華な女性用トイレが話題になった。内部は広く、一息つくためのソファ、体についたにおいや花粉を吹き飛ばすエアシャワー、化粧品を無料で試せるコーナーもある。

「主要顧客層の20代後半?40代前半の女性たちが、通勤途中の渋谷で途中下車しないのはなぜか。再開発が遅れた渋谷では、他の街に比べ古いビルが多く、きれいなトイレが少ないからだと考えた」と、シンクスの馬場知瀨子は話す。似たような商業施設が増え、商品やテナントで他店と差別化を図るのが難しくなる中、客に足を運んでもらうには「いかに想像以上の体験をしてもらえるか」がかぎだ。トイレ清掃は1日に10回入れるという。

私鉄各社や、民営化後のJRや高速道路会社も、洋式化やペーパーの設置などで改善を重ねる。都内の地下鉄を運行する東京メトロがトイレ1カ所にかける改修費は5000万~8000万円にも上る。

一方で、「公共」トイレにも格差が生まれている。トイレの設計に関わってきた建築家の小林純子は、学校や公園などのトイレはいまだに清潔とも安全ともいえないことが多く、都市と地方の格差もあると指摘する。「公共トイレは、本来最もプライベートな空間を他人と共有するという矛盾を抱えている。お金をかけても利益にならないような場所のトイレは取り残されています」
(田玉恵美)(文中敬称略)

日本の家庭用トイレの4分の3を占める温水洗浄便座。便器一体型を含む国内市場は約1660億円(富士経済調べ、2013年)だ。衛生陶器の国内市場は、メーカー最大手のTOTOとライバルのリクシルが大半を占める。トイレの新規需要を支えるのは住宅建設だが、国内の新規着工戸数は14年度に88万戸で、10年前から3割近く減った。新たな市場をどこに求めるかで、トップ2社の戦略は異なる。

TOTOは世界17の国と地域に拠点を置き、欧米や中国などの富裕層を主眼に、水洗トイレ用の衛生陶器販売のシェア拡大を目指す。観光で来日する中国人による温水洗浄便座の「爆買い」が話題になったのを覚えている人も多いだろう。

一方のリクシルは、人口が増え続ける中、上下水道のインフラが未整備のアフリカなどに可能性を見いだし、水や電気を使わない「循環型無水トイレシステム」を売り込む手法をとる。

国内ではおなじみの温水洗浄便座だが、TOTOなどによると、欧州での販売数は年間4万~5万台、米国でもその数倍程度だという。TOTOは「米国では、お尻に関わる言葉はテレビCMに出せず、話題にすることすらタブーという文化の壁に阻まれている」とみる。トイレが風呂と同じ空間にあると、漏電の恐れのある電化製品は使えないという事情もありそうだ。

業界誌「セラミック・ワールド・レビュー」によると、衛生陶器の生産量で世界1位はロカ(スペイン)、2位はコーラー(米国)。ただ、世界市場を独占するほどではない。便器の多くが重く壊れやすい陶製で輸出に向かないこと、地域性を反映することなどが理由のようだ。
(杉崎慎弥)

取材にあたった記者

杉崎慎弥(すぎざき・しんや)
背中に水がかかるかも、との恐れから、温水洗浄便座を使ってお尻を洗ったことがなかった。この特集を機に、勇気を出して自宅で体験してみた。なるほど、元の世界には戻れなくなるというのもうなずける使い心地だった。

とはいえ、一部の地域を除き、海外で温水洗浄便座を見たことがない。それぞれの国や地域には歴史・文化に根ざした、異なるトイレがあった。

でも、一つだけ世界共通なのは、誰も排泄から逃れられないということだ。日々の暮らしで気分良くトイレに行けないことほど、ストレスを感じることはない。それ以前に、途上国ではトイレがないために、感染症や下痢による死者が後を絶たない。トイレが命の支えなのは紛れもない事実だ。食事中に気軽にトイレのことを話題にするぐらい、いとおしさを持っても罰は当たらないだろう。

/1978年生まれ。国際報道部などを経てGLOBE記者。

浜田陽太郎(はまだ・ようたろう)
1966年生まれ。社会保障担当論説委員などを経てGLOBE記者。今回、生まれて初めてアフリカの地を踏む。ナイロビのスラムにあふれるエネルギーが印象的だった。

田玉恵美(ただま・えみ)
1977年生まれ。文化くらし報道部などを経てGLOBE記者。着飾った女性が手を洗った後、トイレットペーパーで手を拭くのを時々見かける。なんか残念。