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国民から遊離する独メディア

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
photo:Sako Kazuyoshi

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ウクライナ危機について、シュミット元西独首相は昨年、「一般市民は新聞の論調よりはるかに平和的だ」という旨を述べた。当時、クオリティー・ペーパーと称される新聞までがプーチン・ロシア大統領を「町中の不良」呼ばわりし、「誰がこの放火犯を止めるか」といった過激な見出しをつけて対決を煽ったからである。

海外派兵や欧州統合といった問題に関して、ドイツの主要紙と公共テレビがそろって政府を支持し、国民の大多数は反対するという構図が繰り返されている。アフガン派兵が好例で、主要メディアと政治家は駐留継続を支持、世論調査では70%以上の国民が反対していた。

これまで主要メディアを批判する声はあまり大きくなかったが、ウクライナ危機で事情が変わる。敗戦から冷戦終結とドイツ統一までの苦難を経験した多くの元政治家が自国政府とメディアの軽率さに、警告を発し始めたからである。

ウド・ウルフコッテが『Gekaufte Journalisten(買われたジャーナリスト)』で問題にするのも、メディアの論調が国民と遊離していく状況である。

ライプチヒ大学メディア研究所のウーヴェ・クリューガーは2012年、「エリート・ネットワーク」論を発表し、学界で注目された。本書の著者もこの学説を支持し、有力紙フランクフルター・アルゲマイネ紙で17年間も国際報道に携わった体験をまじえて批判する。

ドイツには「大西洋の懸け橋」やジャーマン・マーシャル基金など独米関係の推進を目的とした組織やシンクタンクがいくつもある。世界経済フォーラムやミュンヘン安全保障会議などを舞台にした民間レベルでの国際交流も盛んだ。

こうした組織にいくつも所属して築いた人脈の集合体が、欧米エリートを網羅するネットワークになっている。

主要メディアで国際報道を担当する責任者はこの種の組織に平均五つ以上も所属。有名な政治家や財界人との定期的な情報交換をテコに社内の評価を高め、影響力も強い。

エリートの間では、「グローバルで自由な経済活動のために国家の権限は制約される」だとか「自国の領土を守るだけの偏狭な国防概念にとらわれず、海外派兵で世界秩序に貢献する」といった意見が支配的という。

ジャーナリストも社会の上澄みの人とばかり接していると、考えもだんだん似てきて、国民の感覚から離れていくと著者は指摘する。

『Der Fluch der bosen Tat(悪行の呪い)』の著者ペーター・ショル・ラトゥールはこのようなエリートとは正反対の人である。若い頃から世界各地の紛争地へ行き、ルポを発表してきた。昨夏、90歳で亡くなったが、その前年まで内乱のシリアへ何度も足を運び、アサド大統領だけでなく反乱軍からも話を聞いた。紛争の経緯と対立する当事者の言い分を知ることが重要だと確信していたからだ。

著者は欧米の中東政策を「現場無視」だと批判する。民主主義や人権の宣教者意識から善悪のレッテル貼りに終始し、歴史も現状も知ろうとしない。これでは自分の都合だけで介入する植民地主義以来の伝統の延長だ。

これが本書の題名にある「悪行」であり、イラク戦争の例が示すように、事態は「呪いにかかったように」悪化するばかりである。


『Leitfaden fur britische Soldaten in Deutschland 1944(英軍兵士のためのドイツ手引き 1944年)』は英国がドイツ占領を目前にした自国兵士に配布した小冊子に、ドイツ語訳をつけたものだ。

占領中の心構えとして、住民の困窮ぶりを見聞きしても過度に同情せず、ドイツ兵が占領地でどんな蛮行に及んだか想起してきぜんとした態度をとるよう戒める。

その一方で、独国民に対しては決して残虐な振る舞いはせず、フェアで公正に対応せよとクギを刺す。「占領の目的は復讐ではなく、欧州と世界を血の海に沈めるような振る舞いをドイツに二度とさせないため」だからだ。

出版社を営むヘルゲ・マルヒョウは、旅先で偶然本書を読み、英国人の「文明性」に感心すると同時にドイツ人として恥ずかしくなった。そして、欧州が不安定化している今こそ、多くのドイツ人が読むべきだと出版を決意したという。