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階級社会英国のホンネが見えるサイコスリラー

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
Photo: Nishida Hiroki

夏休みの読書に!と勧められていた『The Girlfriend』。すいすい読めるサイコスリラー。


〈登場人物〉テレビドラマ制作会社を経営するローラ(50代前半。以下年齢は一部推定)、その一人息子でケンブリッジ大学医学生のダニエル(23才)、彼と恋に落ちる美貌のチェリー(22才)、その母親でスーパーマーケット店員のウェンディ(40代後半)。

〈舞台〉ロンドンのいわゆる富裕地区ケンジントンと南仏サントロペ。

これだけでもう、ははーん、そういうやつね、という反応が返ってきてもおかしくない。たしかに「そういうやつ」ではありますが、80年代の「見栄講座」あたりに端を発する「金持」と「貧乏」の切り分けとか、韓流ドラマの基本であるどろどろの嫉妬とまさかの入院に慣れ親しんだ日本人読者としては、そうした要素が臆面もなく出てくるのが少々恥ずかしい。中流(日本でいえば上流)階級と労働者階級の相違や学歴、職業に対する偏見が容赦なく描かれて、息苦しささえ感じる。

高校時代成績抜群だったチェリーは経済的な理由で大学進学を諦めたが、「見栄えのいい」仕事につきたくて、実家のあるクロイドンを離れケンジントンの不動産業者に職を見つける。そこへふらりと現われたTシャツ姿のダニエル。自分用にとその場で4億円のアパートを買う(もちろん親の金)。ダニエルは彼女にひとめぼれ。チェリーは色々な意味で恋に落ちる。一人息子ダニエルを溺愛する母親ローラはチェリーのアプローチに不純なものを嗅ぎ取る一方で、娘の恋愛を素朴に祝福する母親ウェンディ。出だしは一見無邪気なラブストーリーが、圧力を受け、あやつられ、暗い憤怒が爆発し、悲劇を迎える。

なるほどこういう差別の仕方があるのか、と感心する個所も多い。たとえば、もちろん半分ジョークだろうが半分真実らしくもあるこんな記述。「ここの(ケンジントンのこと)住人は、クロイドンの人たちのように天気のことは話題にしない。なぜなら天気が悪ければ海外へ、ときには数週間行ってしまえるから」

著者40代にしての第一作というが、英米両国の映画学校で学んだあと、イギリスの映画・テレビ界でシナリオを書き、最近はBBCで仕事をしているという映像のプロらしく、ツボを押さえてベストセラー。

『Swing Time』『The Girlfriend』とはうってかわってロンドンの貧しい地区で育った茶色い――つまりは黒人と白人の血が混じった(バイレイシャル)――2人の少女の物語。2人ともダンスに夢中だが、主人公(=語り手)よりも友人トレーシーの方が圧倒的な才能を見せる。その才能の開きが少女時代の友情の終わりでもあった。

主人公はこんなつぶやきをもらす。「わたしはいつも他人の明るい部分に魅せられ、それに照らされて生きてきた。でも、わたし自身には人を照らす明るさがない。それが真実。わたしはいわば影のようなもの」

トレーシーはプロのダンサーになり、主人公は頭の良さと母親の叱咤のおかげで、第2志望の大学へ進学する。卒業後彼女は、ステージに対する未練のせいか、超有名歌手エイミー(マドンナを彷彿とさせる白人歌手)のアシスタントになる。トップスターがうごめく華やかな世界で、主人公はまじめに働くが、心のどこかに、自分は落伍者という意識が残り、人生の目的に悩みはじめる。

エイミーがアフリカの子どもたちのために西アフリカに学校を作ろうとする、そのプロジェクトに主人公は興奮し、学校設立に奔走する。個人的にも自分の半分のルーツ(ジャマイカ経由ではあれ)、黒人世界に近づけるという関心と、アフリカ独特のダンスに触れることができるという好奇心。だが、半分のルーツとはどっちつかずのルーツでもある。近づけたようで合致はしない。一種のアイデンティティーの危機におちいる主人公。

この間、主人公とトレーシーは離ればなれで再会はしていなかった。さてそのトレーシー、ダンサーの夢破れてシングルマザーになっている。トレーシーのアパートのバルコニーを見上げる主人公。そこには2人の子どもと踊る昔の親友の姿があった。

本書のタイトルは1936年、フレッド・アステア主演の映画『Swing Time』(邦題『有頂天時代』)から。フレッド・アステアは主人公のヒーローだったわけだが、彼女のここまでの半生が他人の生き様に右に左にとスウィングさせられてきたことの象徴なのだろうか。トレーシーが踊る姿を眺める最終シーンは7歳の自分に振り子が戻った瞬間でもあるし。

『The Dry』。オーストラリアの大干ばつの被害を被った町が舞台。20年前、主人公のアーロン・ファルクは父親と共に、故郷の町キエワラを立ち去った。エリー・ディーコンの自殺が、実はアーロンによる殺人だという噂がたったためである。少年時代の親友ルークの葬儀のために故郷へ戻るアーロン。彼は今ではメルボルンの警官だ。干ばつのために経済的に破綻したルークは、妻と息子を射殺して自分も命を絶った、というのが公式なストーリーだったが、ルークの両親はそれを信じておらず、アーロンに調査を依頼する。地元の警官と仕事を進めていくうちに、その公式説明が次第に疑わしく見えてくる。と同時に、20年前無実の罪を着せられそうになったエリーの事件の不可解さも浮上してきた。

著者の処女作にしてオーストラリアで大ヒットの本作、すでにヨーロッパでは英仏独でベストセラー。


英国のベストセラー(ペーパーバック・フィクション)
8月5日付The Times紙より



※ 『』内の書名は邦題(出版社)

1. The Underground Railroad
Colson Whitehead コウルソン・ホワイトヘッド
アメリカ南部の奴隷の大脱走物語。本年度ピュリツァー賞受賞作。

2. The Dry
Jane Harper ジェーン・ハーパー
オーストラリアの大干ばつの中で起きた殺人事件の解明に、故郷へ帰る警官アーロン。

3. Cast Iron
Peter May ピーター・メイ
フランス西部の干ばつで干上がった湖から14年前に殺された女性の死体があがる。

4. Swing Time
Zadie Smith ゼイディー・スミス
2人の少女がダンスのクラスで出会い競い合う。20代で潰えた友情。その再訪。

5. The Power
Naomi Alderman ナオミ・アルダーマン
空想物語。電力パワーを体内から発する女性たちが世界を支配し始める。

6. The Couple Next Door
Shari Lapena シャリ・ラビーニャ
赤ん坊を置いて隣のパーティーに参加した夫婦。万全の予防も空しく誘拐される。

7. The Whistler
John Grisham ジョン・グリシャム
不正裁判官とその金蔓たるカジノ、マフィア組織をあばく弁護士の活躍。

8. The Handmaid's Tale 
『侍女の物語』(早川書房)
Margaret Atwood マーガレット・アトウッド
男性優先社会でもがく女性達。トランプ以降『1984年』と共に脚光を浴びる古典。

9. The Girlfriend
Michelle Frances ミシェル・フランシス
貧しい家庭の美貌娘が裕福な医学生に恋をする。不安げに見守る医学生の母。

10. Hot Milk
Deborah Levy デボラ・レヴィ
母親の病気を治すためにスペインへ付き添う娘。奇妙な医者が病気の謎を明かす。