デザインコンサル「IDEO」に聞く
――今年2月に、表参道交差点を見下ろすビルに移転した新しいオフィスは、これまでの2倍にあたる約800平方メートルの広さがあります。その特徴を教えてください。
以前のオフィスとコンセプトは変わりませんが、部屋の数が増え、広さも倍増しました。約30人のスタッフにしては広いと言われますが、スタッフはクライアントや友人を連れてきます。それに、我が社が日本企業と合同で2016年末に立ち上げたベンチャーキャピタル「D4V」が同じフロアに入居しました。D4Vは今年3月までに、投資家から約53億円の資金を集め、31のベンチャー企業に投資を始めています。彼らがIDEOのデザイナーたちの助言を求めて新オフィスを訪れます。IDEOのオフィスは、いわば「デザインハブ」なのです。
――職場というのは、どのような意味を持つのでしょうか。
職場の環境は、何か新しいものを生み出すのを助けます。職場だけが創造性を生む要素ではないですが、重要な要素の一つです。だからこそ、この新オフィスは改装に5カ月もの時間をかけました。いま遠隔勤務がこれだけ世界中で普及し、家やカフェなどでの仕事を認める企業も珍しくなくなってきました。職場には、そこにわざわざ来るだけの理由が必要です。だから、私たちは、社員が自分1人ではできないことを経験できる場を作りたい。職場にいるときに、最もクリエーティブでインスピレーションを得られる環境を作りたいのです。そのような場所に職場をデザインする重要性は、かつてないほど高まっています。
――具体的には、そのような環境はどのように作ったらよいのでしょうか。
重要なポイントがいくつかあります。まず、このオフィスでは、中央部分にキッチンがあり、すべての動線がキッチンにつながっています。その理由は、ここでチームの垣根を越えた出会いを生み出したいからです。よいアイデアは雑談(サイド・コンバセーション)から生まれることが多い。一生懸命仕事に取り組み、プロジェクトルームにいるときだけいいアイデアが浮かぶとは限らないんです。社会的な要素が、ひらめきには重要です。
また、職場には、働く「モード」を変える役割もあります。IDEOのオフィスには固定席がありません。スタッフは、どこで仕事をしてもいい。チームで作業するときはプロジェクトルームで、ある時は電話ブースで、ある時はロフトにある静かなスペースで。一日中同じ席に座ることを強いるのは、クリエーティブな環境ではありません。
役員の個室もありません。ヒエラルキーは、往々にして、創造性を阻害するものだからです。スタッフ全員が職場のすべての場所を使うことができます。
――快適な職場は、長時間そこに滞在することにつながりませんか。
オフィスに長時間いて欲しいのではありません。いる時間を最も創造的に過ごしてほしいのです。実際、午後6、7時になるとオフィスにはほとんど誰もいなくなります。一方で、週末でも社員は自由にオフィスを使うことができ、プライベートで近くに来たときに子どもとともに過ごす人もいます。
IDEOにとって、「人」が何よりの資産だからです。職場は、ただ働くため以上の場所である必要があります。楽しんで仕事をすること、充実感を感じることは、創造性に寄与します。
――日本企業も職場のデザインに関心を高めていますか。
関心は高まっています。でも、IDEOのオフィスをまねて形だけ同じものを作っても、よい職場にはなりません。物理的なスペースのあり方と同様に、企業文化も重要だからです。それは、働き方やヒエラルキーに対する考え方などで、一朝一夕に変えられるものではないかもしれません。しかし、少しずつでも変えていく意味があります。現在、ビジネスは急速に変化し、顧客も変化しています。そのスピードに追いつくには、デザイン思考のような、人を中心に考えるアプローチ、マインドセット(考え方)が必要なのです。
――2020年の東京五輪は、ビジネスを加速させるきっかけになりますか。
日本企業やスタートアップは20年までに何かを立ち上げようと尽力していますが、私たちは21年が大事だと思っています。東京五輪は始まりの地点であり、その日のためだけに何かをするのではない。21年以降に持続できるものを作りだそうと、IDEOは触媒となって日本から最大限のひらめきを生み出すために、企業やスタートアップを支援しています。
Michael Peng
1981年、米国生まれ。カリフォルニア大学バークリー校で認知科学と脳神経学を学ぶ。ニューヨークオフィス設立に尽力した後、IDEO Tokyoを立ち上げるため、11年に来日。18年から同社のパートナー。
Davide Agnelli
1973年、イタリア生まれ。コンピューターサイエンスとインタラクティブデザインを学びIDEOへ。共同代表の一人。