本田和秀
凸版印刷北京事務所首席代表
ON
凸版印刷は2000年、中国・北京で故宮(紫禁城)の宝物や建築物をデジタル技術で保存・アーカイブ化し、VR(バーチャルリアリティー)技術を用いて公開する共同プロジェクトを始めました。13年から北京に駐在し、そのPRと現地での見学対応などをしています。
故宮は、映画「ラストエンペラー」の舞台として日本でもよく知られていますが、03年、当時は一般に立ち入りが禁じられていたエリアに「故宮文化資産デジタル化応用研究所」を設立し、研究所内に高さ4.2メートル、幅13.5メートルの大型スクリーンを使ったVRシアターを設けました。明・清時代の宝物、皇帝の部屋などを立体的にデジタル映像で再現し、関係者向けに公開しています。
プロジェクトを始めてから、日中間では、01年からの小泉純一郎元首相の靖国神社参拝や10年の中国漁船衝突事件、12年の日本政府による尖閣諸島の国有化などがあり、関係が急速に悪化しましたが、このプロジェクトは故宮側と、政治の影響を受けるべきではないとの思いで一致していたためか、途切れることはありませんでした。
中国人の研究者やスタッフと一緒に、設計図などを手がかりに当時の姿を類推し、歴史に埋もれた芸術品をよみがえらせる作業には夢があり、それを紹介していく仕事にやりがいを感じます。
中国でビジネスをする上で最も重要なのは、やはり人脈。とくに中国で「おつきあい」を広げるには、お酒を酌み交わすことが大事です。白酒(パイチュウ)という中国独特のお酒はアルコール度数が50度を超えることが普通で、とにかく日本人にとっては強烈。中国では宴会の途中で何度も乾杯し、飲み干すことが「礼儀」とされるため、ガンガン酌み交わし、記憶を失って帰宅することもあります。白酒は味が濃く、油っこい北京料理と相性がばっちりなので、最近、おいしさが分かるようにもなりました。
ただ、50歳を超えて中国語もできない中での中国初赴任は、苦労もあります。仕事では日本語が堪能な中国人アシスタント2人が通訳をしてくれるので何とかなるのですが、タクシーに乗る時や買い物では中国語が必須。週に1回は中国語のレッスンに通い、勉強しています。
さらに、北京といえば、深刻な大気汚染問題があり、暖房を使う冬場は特にひどいです。微小粒子状物質PM2.5が、健康に影響を及ぼす可能性があると日本の環境省が注意喚起する基準の約6倍にあたる400マイクログラム(1日平均値1立方メートルあたり)を超えることも珍しくなく、マスクが欠かせないほか、自宅と職場では空気清浄機がフル稼働しています。
実は過去の米国駐在で、1992年のロサンゼルス暴動や94年のロサンゼルス大地震、01年のニューヨークなどでの同時多発テロ、炭疽(たんそ)菌騒ぎなど大災害や事件を体験し、生き延びてきました。この「サバイバル力」なら、重度の大気汚染の北京でもやっていけるだろうとの理由で、会社は私を北京に送り込んだのだと思っています(笑)。
OFF
趣味は読書と映画鑑賞、コンサートでストレスを解消することですが、いずれも北京では接する機会が少なく、悩んでいました。ところが16年9月、世界展開しているジャズクラブ、ブルーノートが北京にできたので、時間があれば足を運んでいます。
また、仕事の傍ら、北京千葉県人会の会長、北京日本人学校理事なども務めています。特に日本人留学生との交流を大事にしています。日中関係が悪い中で北京に留学に来て、日中の将来をまじめに考えている学生が多く、彼らの相談に乗っています。故宮との取り組みを紹介するためVRシアターに招くこともありますが、質疑が多岐にわたり、北京での「お父さん」のようになっています。
(構成 GLOBE記者 倉重奈苗)
北京
北京 人口約2170万。世界の約2割を占める人口約13億7000万の中国の首都。政治の中枢でもあり、故宮のすぐ西側には習近平国家主席をはじめとする最高指導部メンバーが居住する中南海がある。
Kazuhide Honda
1961年、東京都生まれ、千葉県育ち。83年に明治大学商学部卒業後、凸版印刷に入社。米国駐在が長く、2011年から凸版米国上級副社長。13年から中国・北京事務所首席代表。故宮博物院の宝物や紫禁城の建築物を最新のデジタル技術で保存・公開するプロジェクトなどに携わっている。