アフリカでも武力紛争からテロへ
前回のコラム「北朝鮮は本当に孤立しているのか」は大きな反響を呼び、ツイッターなどで様々なコメントが寄せられた。
印象に残ったコメントの一つに、拙稿の「残念なことだが、北朝鮮を脅威と感じる日本国民の感覚は、世界の人々にさほど共有されてきたとは言えない」との記述に対する、「その逆もまた真。日本にとってアフリカの内戦や紛争など」というものがあった。
私のようにアフリカを知ることが仕事であれば、アフリカ諸国が直面する安全保障上の課題に関心を持たざるを得ない。だが、そんな日本人は少数だろう。誰もが、それぞれの仕事や生活で忙しい。先ほど紹介したコメントの通り、日本人がアフリカの人々の直面している脅威を自らの問題として捉えることは困難に違いない。
しかし困ったことに、世界のある特定の地域の安全保障上の脅威が長い回り道の末に世界全体の脅威と化し、日本にも影響を及ぼす場合がある。
では、今のアフリカに存在する安全保障上の脅威の中で、巡り巡って日本への脅威となるものがあるとすれば、それは何だろうか。その一つとして、ここではアフリカにおけるテロの多発という事態について言及したい。
アフリカにおける安全保障上の脅威は長年、テロではなく、武力紛争(戦争)の多発であった。ここで言う「武力紛争」とは、少し専門的な言い方をすれば「武装した集団同士の大規模な物理的暴力(武力)を伴う抗争」のことである。
アフリカの武力紛争について研究した専門家によれば、アフリカ17ケ国が一斉に独立した1960年の「アフリカの年」から2011年までのおよそ半世紀の間に、サブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠以南アフリカ)49ケ国のうち、実に38ケ国が内戦を経験している。アフリカで最も武力紛争が多発した1990年代~2000年代初頭には、20件近い内戦が同時進行していたこともあった。「内戦を経験していない国」とされる残り11ケ国の中にも、タンザニアのように70年代末にウガンダとの国家間戦争を経験した国がある。
だが、アフリカの武力紛争は近年、全体として顕著な減少傾向にある。国連平和維持活動(PKO)に陸上自衛隊が派遣されていた南スーダンのように、今なお大規模な内戦が続いている国もあるが、1990年代のような、短期間で何十万人もの犠牲者が出る大規模な武力紛争は影を潜め、紛争の担い手である各地の武装勢力の規模も小さくなった。
こうした中、大規模な武力紛争の減少と反比例するかのように、アフリカで新たな安全保障上の脅威として浮上してきたのが、テロの多発、なかでもイスラーム主義を掲げる組織によるテロの増加である。
(グラフ1)をご覧いただきたい。これは、米国のメリーランド大学の研究チームが運営しているデータベースに基づいて作成した1970年から2014年のサブサハラ・アフリカにおけるテロ発生件数の推移を示したグラフである。なお、この研究チームは、テロを「恐怖、威嚇、威圧を通じて政治的、経済的、宗教的、社会的な目的の達成を目指す非国家主体による、非合法な暴力の使用または誇示」と定義している。
サブサハラ・アフリカでは1970~2014年の間に1万1493件のテロが発生した(1993年はデータ不備により件数が0となっている)。グラフをみると、2011年以降にテロが急増したことが一目瞭然だろう。
「史上最悪」のテロ組織
近年のサブサハラ・アフリカにおけるテロには、発生件数の多さのみならず、注目すべき特徴がある。それは、中東以外の地域では発生が稀であった自爆テロの急増だ。
(グラフ2)は同じデータベースに基づいて筆者が作成したもので、サブサハラ・アフリカにおける自爆テロの発生状況を示している。サブサハラ・アフリカでは06年に初めて自爆テロが発生し、その後は年間数件のペースで推移した後、11年から顕著に増加傾向にあることが分かる。これらの自爆テロの発生はナイジェリア、ソマリア、マリの3ケ国に集中しているが、なかでもナイジェリアにおける自爆テロの増加が著しい。
ナイジェリアの自爆テロのほとんど全ては、イスラーム武装組織ボコ・ハラムの犯行によるものだ。ボコ・ハラムは、14年4月に二百数十人の女子中高校生を一度に拉致したことで、国際的に名を知られるようになったナイジェリア北東部を拠点とする組織である。
その誕生と発展の経緯を本稿の限られた紙幅で示すことは不可能なので、興味のある方は、今年7月に筆者が書き下ろした『ボコ・ハラム イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織」(新潮社)をお読みいただければ幸いである。
自爆テロそのものは国際的に見てさほど珍しい形態のテロではないが、ボコ・ハラムによる自爆テロには、新しい特徴がある。自爆犯の性別を見た場合、男性よりも女性が圧倒的に多く、おまけに子供を自爆させるケースが異常に多いのである。
米国ウエストポイントの陸軍士官学校内に設置されたCombating Terrorism Center とイェール大学の共同研究チームが今年8月に公表した調査結果によると、11年以降に実行されたボコ・ハラムによる自爆テロ434件のうち、自爆犯の性別が判明しているのは338件あった。このうち女性の自爆犯は、性別判明分の実に72.2%を占める244件に達した。共同研究チームは「ボコ・ハラムは女性自爆犯が男性自爆犯よりも多い、歴史上初めてのテロリスト・グループだ」と結論付けている。
さらに、国連児童基金(UNICEF)が8月22日に公表した調査結果によると、17年1月1日から結果公表時点までに83人の未成年が自爆テロを実行し、このうち55人が少女、27人が少年、残る1人は少女が背負っていた赤ん坊であり、性別は不明だった。
「自爆」とは言っても、多くの女性、ましてや少年少女たちは、ボコ・ハラムに殺害されていると言った方が実態に即しているだろう。自爆寸前に保護された少女の話から、ボコ・ハラムから「自爆しなければ殺す」と自爆を強要されたり、爆弾ベルトを巻かれて人混みに立たされ、遠隔操作の起爆装置で事実上爆殺された子供がいることが分かった。また、年端のいかない子供を「洗脳」し、自爆に駆り立てているケースもあるという。
模倣されるテロの手法
一般に女性や子供は犯罪者として疑われにくいため、警戒されずに人混みに紛れ込みやすい。仮に警察官や軍人が自爆用の爆弾を身にまとった子供を見つけたとしても、それが年端もいかない少女であれば、銃の引き金を引くことをためらい、結果として多数の人々を巻き込む自爆テロは防げないかもしれない。そもそも、死を厭わない者に対しては、強大な警察力・軍事力ともに抑止力たり得ないという問題もあるだろう。
子供という、この世で最も弱い立場の存在を自爆に使うボコ・ハラム指導部の非道ぶりは言語道断だが、テロ組織の「戦術」という観点からみれば、子供や女性の自爆テロは小さな「投資」で大きな「戦果」を得ることが可能な手法なのである。
私が懸念しているのは、こうした子供や女性をテロリストに仕立て上げる手法の戦術的有効性が世界中のテロ組織・テロリストに認識され、広く拡散していかないかということだ。車を暴走させて歩行者を殺傷するテロが欧州で相次いだ現実を見れば、個々のテロ実行犯同士に何ら人的関係がないにもかかわらず、テロの手法だけは次々と模倣されながら拡散していることが分かる。
ボコ・ハラムがわざわざメンバーを日本へ直接送り込み、テロを実行する可能性はほとんどないと思われるが、テロの思想に感化され、共鳴し、呼応し、攻撃手法に着想を得る者は世界中に少なからず存在する。インターネットで瞬時に情報が拡散する今日、テロは世界が等しく直面する脅威である。