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『ラブレス』ー「愛」の欠落した世界 ロシア監督描く

Cinema Critiques 映画クロスレビュー 更新日: 公開日:
©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS

ズビャギンツェフ監督 Photo:Koshida Shogo
©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS

Review01 樋口尚文 評価:★★★★(満点は星4つ)

はびこる「無感覚」の荒野

現在のロシアの富める人々の暮らしが点描される。モダンな家具に囲まれたマンションに住み、ビジネスでスマホに支配され、レストランではキメキメのセルフィーを撮ってSNSにアップする。だが、この豊かさを手にしたモスクワの上澄みの人びとの内面は、本作でもたびたび登場するロシア的な荒涼たる原野以上の酷薄な感情に占められていた。

ロシアの富裕層であろう離婚寸前の中年カップルが、悪びれることなく(!)エゴイスティックであるところが凄(すご)い。泥臭く人とつながらずに生きていける、他人を人格なき「サービス」として見てしまう時代。そんな時代にはびこった「無感覚」が、透徹したまなざしで描かれる。ラストにニュースでウクライナ危機を見ている人々は、一応いかんともしがたい表情をしてはいるが拱手(きょうしゅ)傍観の体である。そして彼らはわが子の失踪ですら、同種の「無感覚」さでとらえるしかないのである。

ズビャギンツェフ監督は、このロシアを超えた汎世界的な精神状況を、怜悧(れいり)な、そして低温の澄明な映像で凝視する。ベルイマンの『ある結婚の風景』を意識したというが、この美しさと冷たさはむしろロシアのミケランジェロ・アントニオーニという感じであった。

 

Review02 クロード・ルブラン 評価:★★★★(満点は星4つ)

「エゴイズムの罠」への抵抗

ロシアという国やそこに住む人々の精神的ポートレートを描く試みは、長らく続いてきた。19世紀と20世紀初めに何人もの作家が試みを重ね、その結果たどり着いたのが、ロシア人は陰うつだ、という考えだ。 この作品を見ると、ズビャギンツェフ監督も同じロシア観を抱き、ロシア人の運命を悲劇としてとらえていると思いたくなる。映画で描かれた社会が異常に黒く、声を失うほどだからだ。しかし、『ラブレス』はただの風刺劇ではない。テーマには普遍的な響きがある。

膨らんだエゴイズムのせいで、愛情を放棄することが人生のルールの一つになったのは、ロシアが一足早かったとしても、今やどこも同じだ。監督は並外れた技量でその様子をフィルムにおさめ、観客が映画の登場人物と同じ罠(わな)にはまらないように、心に反発や拒絶を起こそうとしている。

作品を直視すれば、抵抗の気持ちは湧いてくる。ドストエフスキーの作品で読みとれるような憤怒を監督が抱いていることも感じられる。 しかし、そこで疑問が浮かぶ。今のロシア人に抵抗する力があるだろうかと。現在の社会状況を考えると、自らの黒い運命を前にして、ロシア人はただあきらめるだけ。むしろそう考えてしまう。