話題の「Bard」、日本語対応も
関根和弘(以下、関根):話題の生成 AI をビジネスの現場でどう生かせるか、今日はお話を伺いたいと思います。先ほど Bard を使ってみましたが、当意即妙な返しをしてくれて、すごいなという印象です。具体的には、どう使えば良いのでしょうか。
葛木美紀さん(以下、葛木):Bard は Google が提供している生成 AI を活用してユーザーをサポートする試験運用中のサービスです。たとえば、旅行のプランやメールの構成など、アイデアの実現をサポートする回答を教えてくれます。
関根:生成 AI はビジネスでも使えるのでしょうか?
葛木:もちろん、ビジネスでも使えます。
Google の旗艦イベントである「Google I/O」で、今年、Google の最先端の大規模言語モデル(PaLM 2 ※読み方:パーム2)を発表しました。 これは、昨年の Google I/O で発表した大規模言語モデルをさらに進化させたモデルなのですが、PaLM 2 のテクニカル レポートでは、以前と比較して、日本語を含む多言語での高い性能が報告されています。
関根:日本語にも対応しているのですね。これは、ありがたいですね。
葛木:そうなんです。日本語の能力検定で「専門的な話題も理解しコミュニケーションできる」レベル相当の性能を見せました。たとえば日本語のダジャレを、英語を用いて、違和感のない解説を行うことができている、といったことも報告されています。
この PaLM 2 を活用したサービスやソリューションが数多く発表されましたが、Bard もその一つなんですよ。
関根:なるほど。そういう経緯で日本語対応ができているのですね。
葛木:Bard は消費者向けサービスの代表例ですが、Bard そのものは、企業の求めるさまざまな要件にすべてお応えすることはできません。
法人向けサービスを提供する Google Cloud では、企業の要件にお応えするべく、Google が長年培った AI に関するテクノロジーやソリューションを提供しています。例えば、先ほどご紹介した PaLM2 は、厳しい要件に応えながらご利用いただくことが可能となっています。
サービスを組み合わせることで、ビジネス利用の可能性が広がっています。
「検索」との使い分けでビジネスに生かす
関根:いちユーザーとして Bard を使っていると、現実に人と対話をしているように感じます。そもそも生成 AI はどういう仕組みで成り立っているのですか。
葛木:生成 AI では、ユーザーが命令文を入力すると、その文の次に来る可能性がある単語のリストを AI が考えます。たとえば「庭に咲く美しい」という文を入力すると、続く言葉について「花」や「バラ」などの候補リストを作り、それぞれの単語がどれくらいの確率で出てくるかというデータも持っています。
ごくふつうの設定では「庭に咲く美しい花」という結果になりますが、少しランダムな結果を受け入れるようにして自由度を上げると、たとえば「サギソウのような珍しい花」という回答を提案してくれることがあります。
関根:ものすごくランダムにすると、庭に動物が咲くような変な文章、的外れな回答を出してくることはないのでしょうか。質問文が長いときに、どうやって話し手の意図を理解しているのでしょうか。
葛木:たとえば「この山は高い」という文章があったら、「高い」が物理的な高さなのか、それとも値段の高さなのかを、その周辺の単語を踏まえて理解しています。これは、Google が 2017 年に発表した Transformer(トランスフォーマー)という自然言語処理のアルゴリズムによって、文章のどこに注目すべきかを AI が理解できるようになりました。
関根:生成 AI とウェブ検索の違いを教えてください。
葛木:ウェブ検索は、インターネット上の WEB ページなどのコンテンツから、ユーザーが入力したクエリに一致するものを表示してくれます。一方、生成 AI は文字通り、入力したデータから新しくテキストや画像などを生成します。
関根:検索する場合、出てきた結果の中からユーザーは自分が意図した内容の WEB ページをもう1回探す必要がありますが、生成 AI は回答をすぐに教えてくれるわけですね。両者を上手に使い分けた方がよさそうです。
まずは社内から改善 急激に進む生成 AI 導入
関根:葛木さんは企業が AI を導入するサポートをしているそうですね。ビジネスの場面で生成 AI がどう活用されているのか、具体例を教えていただけませんか。
葛木:我々も、今年に入って、生成 AI の導入は多くの業種で急速に高まっていると感じます。特に、広告の画像や文章といった成果物を生成 AI で作りたいというお話や、従業員向けの顧客応対マニュアルをつくりたいというような、社内向けのユースケースから始めていらっしゃるお客様が多いと感じます。
関根:企業の既存のシステムと生成 AI を統合することも可能なんでしょうか。
葛木:たとえば Google が企業向けに提供している Google Cloud では、API と呼ばれる機能で生成 AI をプログラミングに組み込み、企業の既存のシステムで利用することができます。
関根:企業が抱える課題は、イノベーションの創出、業務効率化、生産性向上などさまざまだと思います。AI を導入することで、どう解決に資することになるのでしょうか。
葛木:これまで多くの時間と人手を投じてやってきたことが、AI を採り入れることで、効率化や改善ができる可能性があると思います。従業員の生産性向上や、コンテンツや情報の作成、今までにない新しい方法によるエクスペリエンスの再構築、そして、顧客とのエンゲージメントの変革など、多くの大手企業が生成 AI の導入を始めようとしています。
関根:葛木さんが特に面白いと思う生成 AI の使い方や機能はありますか?
葛木:私が面白いと思うのは、画像や音声などの情報のデータをベクトルと呼ばれる数字に変換する「エンベディング」という機能です。AI が画像やテキストといった非構造化データの意味を理解できるようになり、活用できる幅が大きく広がる可能性があります。
今後は、ビジネスの現場でより利用が広がっていくと期待しています。
関根:一般的に、AI が進化して、ヒトなんか必要なくなるんじゃないかと心配する声もありますが、人間が介在することで良い結果につながるということですね。
葛木:はい、関根さんのおっしゃる通り、生成 AI の持つ可能性を、人間がうまく引き出す方向に進めば良いと思います。
関根:プロ棋士が AI と壁打ちするような形で強くなっていったのは、AI を自分の成長に役立てたというイメージがあります。生成 AI と一緒に協力していくことで、人類自体も成長していくという希望が持てそうです。
葛木:すごくいい例えですね。以前、教育現場の方から、生成 AI に聞いた結果を子どもが丸写しするのは困ると伺いましたが、考えることを放棄するのではなく、自分で考えて新しい知識を獲得するためのツールとして生成 AI を使うのはいいことだと思います。
プライバシーやセキュリティーの対策は?
関根:これからの社会は、人がしっかり介在しながら「責任ある AI 」をどう実現していくかが大事になっていくと思いますが、生成 AI を導入する企業はやはり増えそうですか。
葛木:はい。AI はハードルが高いと諦めていたお客様も、専門知識がなくても使えるということで、今までにないスピードで導入が進んでいるのを実感しています。
関根:どういう分野でニーズを感じていますか。
葛木:そうですね、先ほどの例にあげたマーケティングや社内検索はよくお客様から伺うことが多い分野ですが、最近では生成 AI を分析に使いたいというお客様も多いです。たとえば、ユーザーの行動を理解したり、サポート部門への問い合わせ内容を分類・分析したりするケースが挙げられます。データベースに保存されているログなども、SQL(データ分析を担うプログラミング言語) を生成 AI で作成することで、プログラミング言語の知識なしでも分析ができるようになりそうです。
関根:企業側からはどんな相談を受けますか。
葛木:生成 AI の導入にあたって、「責任ある AI をどうやって担保できるのか」とか、あるいは、「使いたいけれど、何に使ったらいいか分からない」というご相談をよくいただきます。
関根:やはりリスクが気になるのですね。
葛木:「会社のデータを AI に『学習』されてしまうのでは」「漏えいするのではないか」というリスクを気にされるお客様はもちろん多いです。また、地域やジェンダーなどでデータが偏っていると、差別的な結果を導いてしまうため、そこは人間がしっかり管理をする必要がある、という課題もあります。
関根:人間の側も、倫理観や道徳観、多様な視点が試されますね。個人情報を含む膨大なデータを生成 AI が収集するという点では、プライバシーやセキュリティーの対策はどういうものがありますか。
葛木:情報漏えいなどの懸念をできるだけ回避したい場合、その企業向けの生成 AI という選択肢があります。Google Cloud では、自社のクラウドにあるデータと生成 AI を連携したいような場合、お客様のプロジェクトの閉じた世界の中で、処理を完結できるため、データを外部に漏らさずに生成 AI を使えます。また、お客様のデータがお客様の同意なく AI の学習に使われる心配もありません。
関根:生成 AI でより良い結果を得るためにはどんなことに気を付ければ良いでしょうか。
葛木:生成 AI の仕組みや、リスクがあることを十分に理解したうえで、人間が適切なユースケースを考えたり、生成された結果を評価したりしながら使うことが大切だと思います。
Google は、AI に関する原則を最初に実装した企業の一つであり、それ以来、Google のソリューションとプロセスにはガードレールを率先して組み込んできました。責任ある AI の実践を世界と共有しながら、AI のコミュニティや Google のユーザーと協力して、AI の責任ある使用と実用化に今後も注力していきます。
関根:自動車が登場した時、その便利さは画期的でしたが、一方で安全運転ができなければ、自分や社会にとってリスクとなります。新しいテクノロジーのリスクをしっかり把握したうえで使うことは、便利さにつながりますし、未来への責任を果たすことにつながると感じました。