カ氏100度に迫る夏 ニューヨーカーたちの熱波対策あれこれ

日傘に扇子。ゆったりとしたドレスに縁の柔らかな帽子。首にかける小型の扇風機もある。あちこちで水が活躍する。玉のような結露ができた冷たいボトル。水鉄砲は公園だけでなく、集合住宅の家の中にも登場する。スプリンクラーに化けてくれる消火栓もある。
カ氏100度(セ氏37.8度弱)に近づこうという熱波の第1陣が来て、ニューヨークっ子は今年も仕事に遊びにさまざまな対策をとった。先に挙げたのは、その一例にすぎない。
地球の温暖化は止まらず、夏が来るたびに状況はひどくなりそうだ。2022年7月の半ばもすぎた暑く、長い一日のことだ。なんでも来いという気まぐれな姿勢と、暑さで死ぬこともあるという深刻な警戒感の両方で、都市生活者はこの難敵に挑んでいた。
なにしろ、地上に出てきた地下鉄の作業員の一人が、目をしばたたかせて太陽をののしるほどだった。船を通す跳ね橋は、舗装が膨張して橋を開くこともできなかった。
ところが、ニューヨーク市ブルックリン区のフラットブッシュ地区の道路工事現場には、ノエル・ウィリス(60)がいた。なんと、「止まれ、速度落とせ」の標識をくるくる回しながら、踊り、歌いまくっていた。
「歌っていると、涼しいのさ」とウィリス。ステップを踏み、体を揺らしながら、昼前の昇り続ける太陽を無視するかのようだった。「歌って、仕事もして、自分は幸せ。歌って、ほかの人を楽しませるのが好き。踊って、仕事を進めるのも」
ウィリスはカリブ海のジャマイカ出身。クイーンズ区に越してくるまでそこで育った。故郷でサトウキビを切り出す作業と比べれば、安全帽と防護服を着用して、アスファルト道路に立っても、さほど暑さを感じないと明かす。口ずさむのは、ノエル・メロディーの名で録音もしている自作のレゲエ。「また、夏が来た。女の子たちもホットになる。そんな、あんなで歩き回る女の子たちみんなをよく見てみよう」と歌詞は続く。
同じころ、マンハッタン区北部のワシントンハイツ。電力・ガスなどの供給大手コン・エジソンの側溝工事現場で防火素材を使った重い作業着を身にまとい、2人の作業員が苦闘していた。2人は、もう7年も相棒として働いている。夏は暑くなるばかりで、もううんざり。トラックのエアコンを使いたいところだが、アイドリング防止規則でそれもできない。要は、休憩を多くとるしかないと互いに注意し合っている。
「ここ数年は、カ氏90度(セ氏約32.2度)が毎日続いた感じだった」とその一人ダニー・モナハン(42)は、スコップを巧みに使いながら話す。「カ氏10度(セ氏約-12.2度)でもカ氏90度でも仕事はやるしかない。暑いときにやりたくないが、仕方がない」
化石燃料の排出物が地球を暖め続け、世界はこれまでで最も暑い夏を21年に記録した。それは、都市にとっても脅威が増大していることを意味する。
欧州では22年7月の後半に入ると、かつては砂漠や熱帯地方でしか考えられなかったほど温度が上がった。そんな地域のいくつかの都市では、向こう数十年でもう住めなくなるとの危惧が強まっている。
貧しい地域ほど暑さがひどく、もともと脆弱な人々を危険に陥れる。だから、労働者の保護を求める団体は、対策の強化を呼びかけている。
そして、ニューヨーク市内で記録的な暑さとなった7月20日。屋外で働いたり、自宅に十分な空調がなかったりした人々は、市内全5区にわたって創意あふれる取り組みを繰り広げた。
ジェローム・サンフォード(36)にとっては、暑さがもう一つの危機に積み重なることになった。新型コロナウイルスの移動検査をしているからだ。ブルックリン区にあるプロスペクト公園で噴霧送風機にでもあたりたかったが、冷房のきいた図書館にさっさと入って休むことにした。
その図書館の日陰には乳母のロザリン・キャンベル(63)がいた。日時計の動きを読むかのように、陽光の動態を観察しているという。ちょうどビルの影が伸び、木々やスプリンクラーのある遊び場に涼しい一角を作り出していた。すると、世話をしている一人、シヤ(9)が自分なりに考え出した答えを叫んだ。「水鉄砲と水風船の出番よ」
エジプト系移民のイハブ・サレム(46)には、暑さを避ける選択肢がほとんどなかった。ブルックリン博物館近くで歩行者を相手にするハラール料理の屋台は、日光をまともに浴びていた。青白いガスの炎での焼き物。すごく熱い揚げ物鍋も扱わねばならない。
バスケットボール大の油まみれの扇風機ではほとんど涼しくならない。「たくさん水を飲むし、小さな扇子も別にあるから、自分は大丈夫」
乾燥機付き洗濯機を修理するケモイ・ウォーカー(30)は、その日の水分補給計画を練っていた。前の晩に冷凍庫に入れた水のボトルが6本。「修理1カ所につき1本」との計算で……。
昼になるとブルックリン区のフラットブッシュ地区にいた。空いたボトルが、作業用ワゴン車の席にすでに2本。カップホルダーには解凍中の1本が。あとの3本は、さほど空気の冷えていないダッシュボードにあった。「この車の中にいるのなら、大丈夫だけど」とウォーカー。「一歩外に出ると、ひどいことになる」
真昼の太陽は市内中でギラついていた。マンハッタン区ワシントンハイツにあるハイブリッジプールでは、監視員のオレンジ色のパラソルとエレクトリックブルーの水の照り返しがまぶしかった。
笛の音にまじって、キャーキャーと叫ぶハンナ・グリア(44)のおいっ子たちの歓声が聞こえた。マドックス・ディアス(4)とアレックス・ディアス(10)、それにニコラス・ウィリアムズは、大きな公営プールでピョンピョン跳びはねて存分に遊んだ。
暑くてたまらない日を迎えた朝は、グリアは自分が子供のころから実践してきた「緊急対策」を発動することにしている。
「朝ごはん、プール。朝ごはん、プール。朝ごはん、プールね」
しかし、監視員の一人アンソニー・アルモンテには大きな懸念があった。監視員として迎えた31回目の夏。人手不足で監視員の数が足らず、乳幼児用のプールも改修中なため、プールの深いところは閉鎖せざるをえなかった。「この夏は、本当に厳しくなりそう」とアルモンテは唇をかんだ。
それでも、これだけ多くの人たちが集まれるようになったのはよいことだ、とロレイン・ビレガスは日焼けを楽しみながら話した。コロナ禍で3年もできなかったが、「今年はようやくみんなで集まれるようになった。毎日、生き生き暮らすことができる」。
7月20日は夕方だというのに、まだカ氏90度を下回らなかった。夜に冷えなければ、熱波は最も危険な状況になる。
しかし、ブロンクス区のフォックスハースト地区では2本の消火栓が特別な役目を果たしていた。
それぞれの根元をタイヤにすっぽり収め、立てかけられた板に消火栓の水をあてて通りにしぶきを飛び散らしていた。近くでタイヤ業を営むマーリン・フロー(34)が考案した。「みんなのためにこさえてみた」とフローはスペイン語で話した。「みんなが涼しくいられるようにね」。アナ・リベラ(33)と2人の幼い子供たちは、早速びしょぬれになった。互いにクスクス笑い、しぶきをまき散らした。
マウロ・ザンボン(28)は、そのしぶきで自分のトラックを洗った。空調のないこの車で、FedExの宅配200件を済ませたところだった。「車の使用料も払わないといけないし」
マンハッタン区のハーレム地区にあるマーカス・ガーベイ・プール(訳注=屋外公共で無料)は、利用者を喜ばせてくれた。利用時間を夜8時まで延長したのだ。引っ越し業を営むテリー・チャン(44)は、子供たちとやってきた。自宅では空調をめぐってけんかばかり。ここなら、プールでみんな楽しくすごせる。「だから、家の中も洪水のようにびしょびしょになる」とチャンは苦笑いする。
日が沈むと、ハドソン川には夕涼みの家族連れが繰り出した。コン・エジソン社が大停電を避けるため、空調自粛を呼びかけたことが大きかった。
ダミアン・ピーター(43)は、子供たちと3時間も歩いた。アイスキャンディーのポプシクルをなめながらだったので、口はけばけばしい青色に染まっていた。家に帰り着いたのは、夜のとばりが気温を十分に下げてからだった。
暗くなってから若者が集まってきたのが、マンハッタン区北西部のマンハッタンビル・コミュニティー・センター。空調がきく公共施設の一つで、地下のコートではバスケットボールが行われていた。空調は完全にはきいていなかった。それでも、複数の扇風機を回してなんとかしのいでいた。
「扇風機と冷たい水で、ストレスもなし」と指導員の一人チャールズ・バックナー(20)。これで暑さをしのいでいる。それだけではない。もう一つ、秘策を練っていた。上の階の担当クラスを夜に訪れることだった。「あそこはエアコンをがんがんきかせているからな」(抄訳)
(Anne Barnard, Nate Schweber and Téa Kvetenadze)©2022 The New York Times
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