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短歌と国際協力、二つの世界がつながった 俵万智さん×北岡伸一・JICA理事長

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短歌と国際協力について対談した俵万智さん(左)と北岡伸一・JICA理事長=伊ケ崎忍撮影

――俵さんは、1980年代に「サラダ記念日」を出版されてから、日常の情景を主題にされてきました。東日本大震災やご自身の出産、コロナ禍もあり、社会に目を向けた作品が増えたと思います。この30年で変遷はありましたか?

俵万智さん(以下、俵さん):短歌は、日々の暮らしの中から紡(つむ)いでいくものですが、社会的な事件や事象に出合ったり、子どもが生まれたりしたことで、社会とのつながりがどんどん広がり、自然と社会に向けた歌が増えてきたと思います。ただしスローガンでは、歌はつまらなくなってしまうので、日々の実感の中で社会との接点を探り、そこに歌が実を結ぶという感じがあります。

――北岡さんは奈良県で生まれ育ちましたね。日本古来の文化が身近にあったと思います。

北岡伸一JICA理事長(以下、北岡さん):奈良には確かに日本古来の文化が身近にありましたが、日本文化への関心が育まれたのは、もっと大人になってからです。万葉集は、日本の一番の文化財産だと思っています。万葉集は4516首ありますが、天皇から庶民まで、性別や身分の差なく歌を詠んでいる。世界にこんな歌集はないですよ。パキスタンに行った時、子どもに「日本文化のおすすめは何ですか?」と聞かれたので「万葉集だ」と答えたことがあります。

俵万智さん=伊ケ崎忍撮影

俵さん:海外で短歌について話すと、とても驚かれますね。1300年以上前から、こういう詩の形があって、歌集として残っていて、いろんな立場の人が歌を詠んでいる。いまでも多くの人が学校でも短歌を習い、暮らしの中で作っている。詩作を職業としていない人たちの作品が載っている一般紙の歌壇・俳壇欄を見せると、「日本はある意味、詩の大国ですね」と驚かれます。世界に誇れる日本の文化の一つだと自負しています。

これまで以上に海外の人たちと接する機会が増えているので、世界に自慢できる日本の文化の一つとして、若い人にもぜひ親しんでほしいですね。SNSで、短い言葉で発するトレーニングができているためか、ここのところ、あまり敷居を感じずに短歌を作る人たちの広がりを感じています。

あの有名な桜の短歌、海外での反応は?

――海外で短歌について話す際、共通の文化的バックグラウンドがないなか、どのように日本独特の文化を伝えているのでしょうか?

俵さん:理解してもらうというよりは、違いを知ってもらうという感じですかね。デンマークの学生たちに「私たちは短歌を通して、100年前、1000年前の人とも心を通い合わせることができる」と話したことがあります。在原業平の「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」は、「この世に桜がなかったら、春はのんびり過ごせるのになぁ」という歌です。いまの私たちも、毎年、桜が咲くとわくわくして、咲いたら咲いたでいつ散るかはらはらします。そう説明すると、「なぜあのような花がそんなに気になるのか」と言うわけです。薄ぼんやりした桜の中途半端な色が、あまりきれいに感じられないらしいんですよね。

「春になると、桜前線を毎日のように報道するんですよ」と言うと、「花が咲いたかどうかをニュースにするなんて、ある意味心豊かな、しかし、なんてのんきなお国柄なんだろう」という感じで。桜に対する思いを説明するのは難しいですが、短歌を通して日本人の独特な桜への思いを伝えることはできます。

北岡伸一・JICA理事長=伊ケ崎忍撮影

北岡さん:インドやフィリピンにも行っておられますよね?

俵さん:インドでは、私たちが実感している貧富の差は誤差だなと感じ、「一億総中流となり中流の我ら貧富の誤差にこだわる」と詠みました。カルカッタで出会った人力車を引く男性は、自分の人生に不満や疑問を持っていなくて、たまに食べるおいしい食事を楽しみにしていました。「生まれ変わったら、人力車に乗る側になりたいな」と言うけれども、「貧富の差のない社会に生まれたいな」とは言わない。貧富の差があるのは当たり前という受け止め方です。そこで「いやいや、本当は人間は生まれながらに平等で」などと言うのもおかしな話だし、悩ましかったです。

北岡さん:フィリピンの子どもたちと話して、学校に行くのは素晴らしいことだと気づいたという歌を詠んでらっしゃって、素晴らしいと思いました。

俵さん:働かずに学校に行けるのはすごく幸せなことで、子どもたちも学校に行くことをとても喜んでいて。日本は教育環境としては恵まれていますが、いやいや勉強している子どもが多いので、考えさせられました。

北岡さん:それぞれの国にはそれぞれの文化や価値観があり、幸せはそれぞれなんですよね。だけど、先進国と比べれば、途上国では平均寿命が短いし、学校に行けない子が多い。

イスラム教の国では、女性は出歩くと危ないから、家から離れた学校には行かない方がよいという考えがあるんですよ。パキスタンへのJICAの協力で、私的な学校を作って、子どもや女性を集めて勉強してもらう仕組みを作ったら人気があって、みんな喜んで集まって来ています。

それぞれの文化は尊重するけれども、なるべく健康で長く生きてほしいし、男女の格差はなくしたいし、勉強したい人は勉強できるように、時間をはかかるけれど、取り組むことが大事だと思います。

共通するキーワードは「想像力」

――JICAのミッションのひとつに、「人間の安全保障」があります。

北岡さん:人間は誰しも、恐怖からも欠乏(飢え)からも自由に、尊厳を持って生きる権利があるので、それを実現するために、国境を越えてサポートしましょうという考え方です。JICAが一番重視しているコンセプトです。「人間の安全保障」の基礎は平和です。部族対立がある南スーダンで、我々はスポーツ大会の開催に協力しています。みんなで一緒に走ったり、サッカーをしたりすると仲良くなって、ひとつの国民なのだから、争うのはやめようという機運が生まれてきています。

紛争による難民など人道的危機への対応から、近年では、例えば、デジタル経済が進み、ITを身につけないと格差が広がるばかりなので、格差縮小のために教育協力を行うなど、3年ほど前から「人間の安全保障」の概念を拡大して推進しています。

――短歌と国際協力に共通するキーワードに「想像力」があると思います。短歌は、三十一文字(みそひともじ)という限られた字数での表現を、読む人に想像させる力があります。国際協力では、文化が異なる人たちに対してどう想像力を働かせるかが大事ではないかと思います。

俵さん:短歌は本当に短い詩の形で、全部を説明しきれません。読む人の想像力に託して受け取ってもらうのですが、そこにはすごく大きな信頼があります。でないと、怖くてこんな短い詩を書けないです。想像力への信頼なくしては成立しない詩の形だと思いますね。

北岡さん:国際協力は双方向だと思います。相手との信頼関係が一番大事で、信頼の基礎には当然、相互理解があるわけですよね。違う文化の人を理解する基礎は文化で、文化の一番の基礎は言語と宗教だと思います。例えば、私はアフリカ協力に携わっていますが、アフリカの文化はまだまだ知らないことがあります。相手の文化をもっと知りたいし、時間をかけてでも学んでいかないといけないと思います。

俵さん:自分が知っている人がいる国って、想像力を働かせやすいですね。息子がアメリカに行った時に、中国人と仲良くなったと聞いて、すごく貴重なことだなと思いました。これからは中国のニュースを聞いた時に、「あの張くんがいる国だ」って思える。抽象的なものでなく、具体的に思い浮かべる人の顔があるのは大事なことだと思います。

北岡さん:私も今まで行った国は110カ国ぐらいありますが、教え子である留学生を通じて知る国もあるんですよね。海外に赴任するJICAの職員にも海外協力隊員にも、「みなさんを通じて日本は理解されるんだから、日本は良い国だなと思われるように頑張ってください」と言っています。

堀内隆GLOBE+編集長=伊ケ崎忍撮影

――コロナ禍で、「ホスト万葉集」の活動はどのような影響を受けましたか?

俵さん:開店前のホストクラブで、夕方の早い時間に集まって歌を作っていました。コロナ下でもZoomで歌会を続けて、たくさんたまってきた歌を歌集にまとめようという機運が高まりました。ただちょうどその頃、歌舞伎町のホストは、悪いもののように見られていたので、どうかなぁと思ったのですが、「一人ひとり顔を持つ人間が、それぞれ確かに生きていることを伝える意味がある」と歌集を出しました。結果としてすごく良かったです。反響も大きくて、一人歩きしていた「歌舞伎町ホスト」という漠然とした悪いイメージを変えられました。短歌の力ってそういうところにもあると感じた一冊ですね。

国際協力で文化が持つ力の可能性

――コロナ禍もあり、自分と違う文化的バックグラウンドを持つ人との接触自体が非常に少なくなっています。

北岡さん:日本にとって非常に大きなマイナスですね。2021年6月時点で日本に住んでいる在留外国人は約282万人ですが、我々の推計では、2040年に政府が目指す経済成長を達成するには674万人の外国人労働者が必要です。労働機会を求めて日本に来る人の母国の多くでは、人口の伸びは止まりつつあり、南インドやアフリカまで視野に入れないととても達成できない。そのために、選ばれる国にならないといけない。「日本は良い国だ」「日本に行けばみんな親切で、ほどほど給料が稼げる」と思えないと来てくれないんですよ。

人道的な見地からも、広く外国人を受け入れるべきだと思います。在留資格認定を受けながら、水際対策で日本に入国できない外国人留学生は約15万人いますが、(このままでは)よその国に行ってしまいます。

俵さん:私も、せっかく日本を選んで留学しようと思っている人たちに門戸を閉ざしすぎじゃないかと心配です。

――国際協力をしていくなかで、文化の持つ力の可能性はどういうところにありますか?

北岡さん:相手との信頼関係が一番大事だと思いますが、信頼の基礎には当然、相互理解があるわけですよね。理解の基礎にあるのは文化です。時間をかけて文学を読み、音楽を聴き、絵や彫刻を見て文化を知ることをやっていかなくてはいけない。文化はつまるところ、言葉、宗教ですね。それらを大事にしたいです。

私は中南米の日系人支援には相当力を入れています。日本人らしさや日本語を継承するサポートをしたい。世界には多様な文化があったほうがいいと思います。そして互いに理解し合う。また、国として一定の経済水準を維持する必要があります。我々は、国際社会と協力して、相互理解、信頼を積み重ねていきたいと思っています。