凍土が広がる白い世界をヘリコプターから眺めても、ホッキョクグマを見つけるのは難しい。
それでも、どう見分けるか。まず、わずかな動きを素早くとらえる。さらには、微妙な色の違いを見逃さない。クマの毛皮のほんの少し黄ばんだ色合いを、雪の白さと区別できるかが問われる。
ホッキョクグマの専門家、生物学者のヨン・アーシ(Jon Aars)は、毎年の調査活動で培った眼力でそれを見分けていく。
もう一つ、手がかりがある。「足跡を先に見つけることが多い。たどっていくと、だいたいはクマがいる」
アーシは、ノルウェー極地研究所の長い歴史を受け継ぐホッキョクグマ研究者の一人だ。北極圏にあるノルウェー領スバールバル諸島に出先を持つ研究所では、そこを拠点に1987年から毎年、広大なこの地域にすむホッキョクグマの現地調査を重ねてきた。
その結果から、クマの生態をめぐる基本的な状況が、生物学的にも、生息環境の面でも解明されるようになった。
さらには、温暖化にクマがどう適応しようとしているのかを、定期的に科学の目で追う一助にもなっている。環境は大きく変わっており、すでにその行動様式にも影響が出ている。海氷の減少は著しく、中には巣穴を見つけるのにかなり長い距離を泳がねばならない個体も出始めている。
今のところは、まだ十分に持ちこたえているようだとアーシはいう。しかし、状況の悪化は避けられそうにない。それに伴う問題を早く見つけるのに、この年次調査をどう役立てようとしているかを見てみよう。
調査は、春に実施されることが多い。メスが、子グマとともに巣穴の外に現れる時期だ。海氷はまだ硬く、しっかりとしており、調査に伴う潜在的な危険性を減らしてくれる。
調査範囲を最大限に広げ、発見の確率をできるだけ高めるために、ヘリを利用している。スバールバル諸島の各地域を上空から精査し、氷上にも下りる。
「氷が薄ければ、どれだけ事故のリスクが高まるかは想像に難くないと思う」とアーシは話す。
ヘリの搭乗員は、生物学者2人、獣医師1人、操縦士1人、整備士1人という組み合わせが一般的だ。飛び立つと眼下に目をこらし、相手を見つけると上空から麻酔矢を放つ。命中すれば、ほとんどは数分でぐったりと横たわるようになる。
調査チームはヘリを降り、すぐに作業を始める。まず、クマの目にスカーフや毛布を巻き、強烈な太陽光線から守る。次に、心拍数や血中酸素濃度、体温を測る装置をセットする。
各種の身体測定にもとりかかる。体長や胴回り、頭骨の大きさを記録。歯の状況も調べる。推定年齢をはじくよい手がかりになるからだ。
「こうして何百頭か調べれば、腕はかなり上達する」とアーシは経験を語る。
メスは体重も量る。両端でバネ量りに連結している担架に乗せて、慎重に持ち上げねばならない(オスは重すぎて計量できない)。
それから採血し、毛や脂肪のサンプルを採る。採血容器は、凍らないようポケットにしまう。上着のなるべく内側の少しでも温かなところが保管場所になる。
研究室に戻れば、こうしたサンプルがその個体の生き様を再現するのを手伝ってくれる。何を食べているのか(たまには、アザラシを食べた直後らしく、かなりの血にまみれた個体もいる)。寄生虫はいるか。たくさんの汚染物質にさらされてはいなかったか……。
DNAも抽出される。遺伝子を詳しく調べ、その地域のホッキョクグマの系図を描いていく。
メスの何頭かには、衛星で追跡するための首輪が取り付けられる。海水につかると作動するスイッチもあり、泳いだ時間を把握する。
最後に、クマを識別できるようにしておく。耳票を付け、耳の後ろにマイクロチップを埋め込み、唇の内側に入れ墨をして数字を彫り込む。
さらに、もっと簡単な一時的な目印も付ける。背中に番号を書き、同じ年次の調査でダブって捕獲するのを防ぐ。毛が抜けると、番号は消える。
「同じクマに、2度も迷惑をかけたくないので」とアーシは笑う。
こうした処理を1頭にするには、1時間ほどかかる。子連れの母グマだと、もっと長くなる。作業が終わると、麻酔の効き目を消す薬を獣医師が与える。
ときには、クマが目覚めるのを待つことがある。無事に立ち上がって、歩き出すのを見届けるためだ。もちろん、距離はとってのことだ。でも、アーシはもう慣れており、クマの意識が回復してきても怖くはない。
「クマは『この野郎、殺してやる』という感じにはならない」とアーシ。「どちらかというと、自分が大丈夫なのかを確かめ、まだ頭痛が残っているような感じになる。人間のことよりも、別のことを考えているようだ」
それから、調査チームは再び空に舞い上がる。次のクマを求めて。(抄訳)
(Emily Anthes)©2022 The New York Times
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