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中東を逃れ、今度はヨーロッパで立ち往生 この移民危機を作っているのは一体だれだ

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森で助け出したモロッコ人移民とスマホを通じて意思疎通を試みる地元住民=10月28日、ポーランド東部ハイヌフカ、村山祐介撮影

【前の記事を読む】国境の両側から「来るな」と拒まれ、行き場失う移民たち なぜこんな危機が?

■EUを不安定化させる「ハイブリッド攻撃」か

――ベラルーシにやってくる移民たちは、イラクやトルコの旅行会社にきちんとお金を払って観光ビザを取得し、ミンスク経由で入ってくると聞きますが。

そうです。観光ビザを持つ旅行者としてベラルーシに入国、タクシーでポーランドの国境近くまで来て森に入る。多くがそういうパターンです。

私が取材で聞いたシリア人は、2190ドルを支払ったと話していました。ビザ代とフライト代を合わせた額ですが、かなり安い方だと思います。ネット上には、ベラルーシのツアー広告が飛び交っています。相場は観光ビザが1300~1500ドル。そこにベラルーシからの招待状と旅行保険、ホテル代などが含まれる場合もあります。それに加えて、飛行機代が約1500ドルかかります。

総合すると、3000~4000ドルというのが、よく言われる金額です。ふつうの観光客として入国するので、ベラルーシ政府は移民たちを観光客として受け入れているという建前です。

森の中で保護を求めるシリア人4人。ベラルーシのビザを含む渡航費用として一人2190米ドルを払ったという=11月6日、ポーランド東部ナレフカ郊外、村山祐介撮影

――ベラルーシ側が観光ビザをわざと発給し、欧州に移民として流れ込むのを黙認しているのではないか、そういう指摘もありますね。

今回の移民危機の焦点は、そこにあります。

2015年に中東やアフリカなどから欧州に移民・難民が押し寄せた危機は、やって来てしまった人にどう対処するか、というのが中心課題でした。今回は、ベラルーシが移民らを連れてきているのかどうかがひとつの焦点になっています。

EU側は「連れてきている」という前提で、これは「ハイブリッド攻撃」であると主張しています。つまり、移民をわざと連れてきて、EU域内外の国境を密入国させ、ヨーロッパを不安定化させていると、EUとしてはそう見ているわけです。人間を「武器」として使っているという認識ですね。

森の中で7日間過ごしたシリア人3人。ポーランドに難民として受け入れてほしいと訴えた=11月4日、ポーランド東部ナレフカ郊外、村山祐介撮影

――ベラルーシは、「ハイブリッド攻撃」だというEUの主張を否定していますが、村山さんはどう考えていますか?

現場で取材している限り、何らかの意図をもってこの異常な状況が作り出されたとしか、私には思えません。

合法的に観光ビザを取得して入国しているとしても、ベラルーシ当局がどうして簡単に発行するようになったのか。なぜそれがアフガニスタンやシリア、イラク、イエメンといった地域に広まったのか。そこに仲介業者が都合よく現れて利益を得るようになったのか。すべて自然発生したとは思えない、何らかの政治的な意図があることはほぼ間違いない、と私は考えています。

トルコのクルド人2人が保護された現場の状況をカメラの前で伝える村山祐介氏=12月3日、ポーランド東部ナレフカ郊外

ただ、それをベラルーシが認めてしまうと、ハイブリッド攻撃であると認めたのも同じですし、それによって生じている現象に責任を負わなくてはいけなくなるので、彼らは絶対認めないでしょう。これは山火事にも例えられると思います。

――山火事、ですか?

中東アフリカは潜在的に難民希望者が多い地域です。そんなカラカラに枯れた状態の場所に火を付ければ、すぐに燃え広がる。ベラルーシのビザ発給は、そこにガソリンをまいて煽っているみたいなものです。

「だけど、ガソリンはヨーロッパ各国も売っているでしょ。それはどの国でもありますよね」というのがベラルーシ側の理屈です。ただし、いったい誰が火を付けたのか、それは分からない。そういう立場なのです。誰かが火を付けたことでわっと燃え盛った。ベラルーシの立場からすれば、自分たちはその消火活動をしているんだ、というわけです。

実際、ベラルーシ側は、帰国を希望する移民の送還も始めました。部分的に譲歩の行動も見せつつ、ドイツに対しても避難所にいる約2000人の受け入れを求めています。EU側からすれば、火を付けた張本人のくせに、何を言っているんだ、ということになりますよね。だから、そもそもハイブリッド攻撃なのかどうか、というところに論点が集約されてきているわけです。

森の中で保護を求めるトルコのクルド人2人を囲んでインタビューする報道陣。スマホでつないだトルコ語通訳を経由してポーランド語でやり取りされた=12月3日、ポーランド東部ナレフカ郊外、村山祐介撮影

――なるほど。いずれにせよ、火の役をさせられている人々はたまったものじゃないですね。

そうなんです。シリアやアフガニスタンで命の危機にさらされている人々にしてみれば、ベラルーシからEUに入れる、森の中を歩いていくだけで安全だという噂が出回ったことで、希望の光が差し込んだ。彼らの立場からすれば、ボートに乗って地中海を渡って沈没する危険は避けられますし、武装集団に拉致されるといったリスクも避けられます。

――これだけ報道されて危険な状況だと知られたら、増えることはないのでしょうか?

流入ルートもだいぶ遮断がされてきています。ミンスク行きの飛行機にシリア人やアフガン人は搭乗させないといった措置もとられていますので、移民たちもベラルーシに入るのが難しくなっています。

問題はいまベラルーシ国内に残っている数千人規模とみられる移民をどうするかですが、彼らからすれば、EU・ドイツとベラルーシ、ロシアなどが外交交渉を進め、何とか道が開けるのを願うしかない状況でしょう。いまも森の中で見つかる人はいますが、もう寒さは限界に来ており、ポーランドも部隊を動員して押し返す態勢を敷いていますから相当厳しいと思います。かといって、内戦や紛争で荒廃した母国にも帰りたくない。ドイツや他のEU諸国に救ってもらえたら、と願いながら一縷の望みにかけている人も多いと思います。

■見えない落としどころ

森で救助されたイラクのクルド人家族16人。うち9人が子どもで、生後4カ月の赤ちゃんもいた=11月9日、ポーランド東部ナレウカ郊外、村山祐介撮影

――今後の見通しを村山さんはどう見ていますか?

ルカシェンコ大統領の腹一つのところがあります。彼が撃ち方止め、といえば、それで収束するんだと思いますが、今の時点では見通せません。ドイツやEU側は「ハイブリッド攻撃」と位置づけており、ルカシェンコ氏の要求に応じて移民らを引き受けたら相手方の思うつぼになってしまいます。この先もベラルーシ経由でEUを目指す人が現れかねない。だから、簡単にうんとは言えません。

また、EUにしても難民・移民危機だと位置づけて対処しにくい面もあります。もともと非常にデリケートな問題で、解決しようとすれば必ず立場の違いが表面化します。どの国がどれだけ引き受けるかで、EU内の足並みの乱れが出るのは明らかです。そこは「ハイブリッド攻撃だ」と突っぱねたいんだと思います。そうなると、両者の間でいったいどこが落としどころになるのか、容易には見通せません。

国境周辺の森はすでに雪で覆われているが、いまなお保護を求める移民は後を絶たない=12月1日、ポーランド東部ハイヌフカ郊外、村山祐介撮影

長期化する可能性もあると私は見ています。ルカシェンコ大統領はロシアから自国経由で欧州に送られている天然ガスの供給停止に言及して揺さぶりをかけたり、ロシア軍と合同軍事演習を繰り返したりと、エネルギーや軍事の安全保障と絡める言動を繰り返しています。隣国ウクライナ情勢も、ロシアが軍を増強し、進攻する可能性が取りざたされるなど緊迫しており、地域情勢全体でさまざまな要因が絡み合ってきています。

ルカシェンコ氏は移民らを「兵器」と捉え、その使い道を考えているのかもしれません。厳寒の冬の間は多数の凍死者が出かねないので放出はできないとしても、暖かくなってきたらまた違う局面があるかもしれません。

――村山さんはこれまでアメリカや中南米で移民問題を取材されてきましたが、今回新たに感じたことはありますか?

これまで中南米を経由してアメリカに渡ろうとする移民・難民の取材を続けてきました。それに続く課題として、アジアや中東、アフリカを含めた世界規模の人や物の流れを取材したいと考え、今年8月オランダに移り住みました。ベラルーシ発の移民・難民危機が報じられて大騒ぎになったのが、ちょうどその頃でした。

移民・難民問題への対応は大きく二つあって、一つは移民になってしまった人たちをどうするのか、緊急対応、いわば「止血対応」の重要性です。いまこの瞬間も流れている血をどうするのか、ということ。二つ目は長期的な取り組みとして、難民・移民にならなくても生きている社会をどうやって作っていくのか、ということだと思います。

森で救助を求める移民への支援物資を集めたセンターがオープンした。ポーランド赤十字幹部は「人道危機」と訴え、医療専門家すら立ち入り禁止区域に入れない状況に危機感を示した=11月5日、ポーランド東部ミハウォボ、村山祐介撮影

一つ目の方は、人命を優先するという人道的な観点から対応が求められます。二つ目の移民にならなくていい環境をつくるのは一朝一夕にはいきません。貧困や内戦、テロ、仕事がない、ありとあらゆる問題が絡んできます。

これは腰を据えてやっていくしかないとは思いますが、実はすでに答えは出ていて、SDGsに全部つながっているんです。環境も雇用も貧困の問題も全部そう。そういう環境を世界的に作っていくことで、移民にならなくてもいい社会が作られていくんだと思います。それが進むことで、移民がやってきて対応しなくてはならないという受け入れ国の負担も軽減されていくのだと思います。

しかし、今回を「ハイブリッド攻撃」とみると、ベクトルとしては真逆の、最悪の方向に向かっているんだと思います。移民問題ですらない、攻撃だというんですから。移民を「兵器」と見なせば、ものすごい効果を発揮するんだということを世に示してしまった、とんでもない悪例になります。他の強権国家と呼ばれる国々が同じような手法をとるようになりかねない。そういう意味で後々まで影響を与える悪い事例になる恐れがあると思います。

村山祐介記者のYouTubeチャンネル「クロスボーダーリポート」から ベラルーシルート#4

村山祐介(むらやま・ゆうすけ)
ジャーナリスト。1971年、東京都生まれ。立教大学法学部卒。1995年、三菱商事株式会社入社。2001年、朝日新聞社入社。2009年からワシントン特派員として米政権の外交・安全保障、2012年からドバイ支局長として中東情勢を取材し、国内では経済産業省や外務省、首相官邸など政権取材を主に担当した。GLOBE編集部員、東京本社経済部次長(国際経済担当デスク)などを経て2020年3月に退社。米国に向かう移民の取材で、2018年の第34回ATP賞テレビグランプリのドキュメンタリー部門奨励賞、2019年度のボーン・上田記念国際記者賞、2021年の講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞した。