米西部では、大きな山火事があちこちで猛威を振るうようになった。そして、厳しい干ばつが続いている。
毎年の被害は、記録的な額にのぼる。なんとか出火を防ごうと、地元の当局や企業は懸命に闘っている。
その最前線で、ラニ・マームバーグ(64)は、極めて重要な役目を果たしている。持ち場は、小さな隙間に過ぎない。それでも、起業家精神にあふれる彼女は、ある「秘密兵器」を携えながら、キャンピングカーでこの前線を転戦している。
それは、ヤギだ。
マームバーグは、ヤギの群れを引き連れて炎が荒れ狂った土地を回復させている。牧草地を前よりも濃い緑に変え、炎上しにくくする――動物を使ったそんな山火事対策の先駆者なのだ。大学院生のときにこの手法を開発し、燃え広がる危険を放牧で減らす数少ない事業者の一人になった。
民間の土地所有者や地元の自治体に雇われ、雑草を取り除きながら、土地の回復力を強めている。そのノウハウは、口頭でしか伝えられないユニークな事業だ。
マームバーグは、息子ドニー・ベンツとそのフィアンセ、カイティ・シングリー、それに無給のインターンの4人でチームを組んでいる。ヤギのペースに合わせて働き、その日の仕事が終わってようやく夕食となる。
現場には、朝早く到着する。トレーラーの扉を開けてやると、ヤギたちが飛び出す。群れからはぐれないようマームバーグが見守る中で、草や葉を食べ始める。ただし、その範囲は、あらかじめチームが囲んでおいた電気柵の中に限られる。
ヤギが茂みのある一帯を食べ終えると、地面にはフンが残る。それが、有機物として土地に戻されて地力を強め、保水力を高めてくれる。
しかも、草をはむだけではない。かなり高いところにある葉や芽も食べる。牛などの大型の動物でさえ届かないところでも平気だ。こうした背の高い茂みは、ひとたび山火事が起きると、火の勢いを強める材料となり、焼失面積の拡大をもたらす。
だから、ヤギがしていることは、火を弱めるだけでなく、そもそも火事を起こさないことにもつながる。そこに、マームバーグの狙いがある。
「土地に含まれる有機物を1%増やせば、それだけで1万6500ガロン(6万2500リットル弱)も多くの水を保つことができるようになる」とマームバーグははじく。「ヘリコプターが上空から水をまいて火を消そうとしても、地面そのものにはなんの作用も及ぼしていない」
マームバーグは2020年に、NPO「ゴートアペリ(Goatapelli)財団」(訳注=ワイオミング州に登録)を設立するのに一役買った。主な活動は、ヤギを使った山火事防止の訓練。これまでに200人ほどが手ほどきを受けた。
ただし、この手法で事業として取り組むようになったのは、ほんの数人に過ぎない。ヤギの訓練はマームバーグがしてくれるが、関連資材なども含めると、初期投資には計36万ドルもかかることがある。
「ラニ(マームバーグ)は、歩むべき最初の小道を踏み分けた開拓者の代表のような存在」とブリタニー・コールブッシュはたたえる。決まった手法で放牧するこの事業で、マームバーグの助言を受けている一人だ。(訳注=ロサンゼルスの北西にある)カリフォルニア州オハイ渓谷で、農業法人「女性の羊飼いの土地と家畜たち」を営んでいる。
「私たちは、可能な限り生態系を守っていきたい。そのためには、それぞれの土地にもともとある牧草を増やすようにしたい」とコールブッシュは強調する。自分の法人では、ヤギだけでなく、ヒツジも使ってそうした牧草をしっかりと根付かせている。その方が、よそから牧草を毎年持ってきて移植するより、はるかに干ばつに強い土地ができるという。
マームバーグは、コロラド州立大学で雑草学の修士号を取得している。今は、西部のあちこちを移動して仕事をしながら、1年のほとんどを過ごしている。20年には初めて米内務省土地管理局の仕事を受注し、コロラド州カーボンデールにヤギとともに出向いた。
「急な斜面でも、ヤギならきっと要求を満たしてくれると思った」。土地管理局コロラド渓谷事務所で放牧地管理の専門職を務めるクリスティ・ウォルナーは、今回の発注についてこう説明する。「こちらの事業を進めていく上で、これからも役に立ってくれそうだ」
山火事の規模が大きくなるのを少しでも防ごうと、各州と自治体は生い茂った雑草などの処理を急いでいる。除草剤の散布。機械による刈り取り。さらには、定期的に野焼きもする。低木や枯れ木など、延焼のもとになるものを焼き払っておくためだ。
「山火事が増え、対策を急がねばならないことへの理解が進み、新たな手法がいくつも試されるようになった」と先のゴートアペリ財団の役員ジェン・バルチは現状を語る。自身も、ヤギを使って牧草地や草が伸びすぎたレクリエーション用地を復活させる事業を、米北東部で始めることにしている。
マームバーグの仕事は、1日で終わることもあれば、半年がかりのこともある。費用は、現場を下見してはじく。21年8月は、コロラド州シルバーソーンで6日間働き、9千ドル超を請求した。
一日の仕事の始めと終わりに、マームバーグは必ず現場で儀式を執り行うことにしている。まず、その土地の霊にヤギの加護を頼む。さらに、たばこに火をつけ、そこにすむ動物たちに、突然やってきたよそ者である自分を紹介する。
シルバーソーンの現場の広さは、ざっと100エーカー(40万平方メートル超)だった。電子柵で囲んだ区画ごとにヤギを移動させるため、ハイウェーを横切らねばならないときは、1日がかりにもなった。地元の警察が協力し、車を止めてくれた。
仕事にかかる日数は、現場の状況によっても左右される。先のカーボンデールでは、終了が3週間もずれ込んだ。山火事で土砂崩れが発生。州内の主要幹線道路である州間ハイウェーが通行止めになったからだった。
山火事は近年、激しさを増し、破壊力を強めている、と科学者は指摘する。そのシーズンも長くなり、気候変動が影響していると見られている。
とくに西部の山火事は、規模が大きくなり、延焼速度が上がった。加えて、より高い山地にまで広がるようになった。かつては気温が低く、雨が多いため、火勢を維持できないとされたところだ。
健康への被害も、深刻さを増している。皮膚を痛め、早産の一因にもなるという研究結果も出ている。
消火にかかる費用も、2018年は年間4億ドル超と1994年の倍になった。ただし、土地や家を失った人の損失は、これには含まれていない、とマームバーグはため息をついた。人々のよりどころである自然と住まいなのに……。
「私たちの『巣』ともいえるその大切さを、なぜきちんと評価できないのか。このままでは、時間切れになってしまう」(抄訳)
(Coral Murphy Marcos)©2021 The New York Times
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