コロナ禍で消えたハイヒール、再び求め始めた女性たち

26歳の誕生日を迎えたクレオパック・モンローズは、パーティーを前におしゃれに余念がなかった。みんなになんてあいさつしようか。必死に考えながらも、手はパーティー用のドレスとラベンダー色のハイヒールのパンプスからほこりを払っていた。
コロナ禍で米国でもロックダウンとなり(訳注=カリフォルニア州やニューヨーク州などで2020年3月に始まった)、このドレスも靴も、長らくしまい込んでいた。
とくに、足もとは、最初はふらつく感じすらした。
「私の足にとっては、まったく新しい役割みたいだった。何しろ、きちんと履くのは久しぶりだったから」。音楽配信サービスのスポティファイで、ポッドキャストのマーケティングをしているモンローズはこのほど、そのときの感触をこういい表した。
それでも、足の感覚は、すぐ昔に戻った。
「自転車と同じ。久しぶりでも、乗りさえすれば思い出す」
ちょっと待って。そんなに簡単なこと?
かかとが細くとがったスチレットや超高層ビルのように高いヒールの靴を買う人がいなくなり、あれはもうダメって、嘆いた(立場によっては喜んだ)のは、少し前のことだったのでは。そんなパーティー用品は、ロックダウンでは不要。どこかに投げ捨てて、履きやすいスニーカーやサンダルに切り替えたはずでは……。
だから、ハイヒールは死に体も同然だった。業界筋は、「絶滅の瀬戸際」とイラつき、カリカリしていた。
で、最近の時代風景を数カ月、早送りで戻してみた。すると、確かに靴の世界では、急激な方向転換があった。履きやすさと機能第一主義から、ドレスアップの楽しみへ。1年余りもの巣ごもりの後で、高いヒールを履いてスタイルを決める遊び心をまた満たしたい、とみんなウズウズしていたようだ。
「楽とはいえ、こんなダサい履物には、もうだれしもうんざりしていた」。米テネシー州キングスポートでフリーのファッションコンサルタントをしているダニエル・ハリス(18)は、サバサバした表情だった。「1年も家に閉じ込められて、お手上げ状態だった。ようやくヒールの高い靴を気軽に履いて、また外に出られるようになったんだ」
「その通り」とファッション動向の専門家も認める。ハイヒールの値引きは、この数カ月であまり見られなくなった。お金にゆとりがあって、定価でも迷わず買う人が増えてきたことを示す兆しの一つに違いない、とシドニー・モーガンペトロは見ている。ニューヨークにある世界最大手のトレンド情報企業WGSNで、小売りと購買の動向を分析する部門を率いている。
20年は、異常な年だった。だから、本格的なブームの到来とまでいえるのかは、まだはっきりしないとモーガンペトロは慎重だ。でも、ハイヒールについては、「今、好機を迎えているのは間違いない」。
米国履物流通小売業者協会の会長兼CEOマット・プリーストは、楽観的だった。フォーマルな衣装に合わせたドレスシューズの売り上げが、かなりの伸びを見せているからだ。
「コンサートや観劇、パーティーといったイベントが再開されるようになり、私たちの業界も復活できるものと期待している」とプリースト。「むしろ、十分な在庫があるかが問われることになりそうだ」
これを裏付ける別の指標もある。グーグルの検索回数だ。キーワードの「ハイヒール」が、ここ数週間で大幅に増えている。結婚式や学年末のダンスパーティー、卒業式といったフォーマルな催しに向けて、お目当てを探した痕跡だ。
高級ファッション誌も、拍車をかける。いわば、購買意欲を促す歯車。このところ、ハイヒールに焦点を当てた記事が目立つ。
例えば、ヴォーグ誌。そのネット版Vogue.comで、ファッションジャーナリストのクリスチャン・アレールは21年4月、「視線を引きつけるために、メッセージ性のある衣装を柔軟に着こなし、心地がよくないものでも身につけるという勇気が失われていた」とコロナ禍の影響を指摘した。
その上でこれからの着飾りとして、体の線が浮き出るセクシーなトップスやコルセットの類いを勧め、靴では当然のようにスチレットをあげた。
「美しさとは、痛みを伴うもの!」。アレールは、とくに皮肉るでもなく、こう唱えたのだった。
そんな声に、押される必要もない人たちがいる。イリアナ・ザンブラーノは、その一人。ニューヨーク市内の人気イタリア料理店「モランディ」に行く準備をしながら、ジミーチュウ・ブランドのサンダルを取り出した。
「着飾って、これを履く日がくるのを待ちきれなかった。きちんと歩けなくても、気にすることなんてない」
その友人で、同僚でもあるケリー・ホームズ(47)も、最近買ったばかりというピカピカのサンダルを得意げに見せてくれた。色はメタリックの金。かかとはとても高く、先はとがっていた。
市内のレストランで店内飲食ができるようになってから、ホームズはハイヒールを履くようにしていた。
「この新しいサンダルで街を歩くと、生まれたばかりのガゼル(訳注=四肢が細く、優美な姿勢が特徴)になった気になる」
高級ブランド各社は、この上昇気流が続くと賭けている。
「女性は、ドレスアップする機会がめぐってくることを待ち焦がれていた」
自らの名を冠した英国発のブランド(訳注=愛称の一つは「靴のロールス・ロイス」)を誇るマノロ・ブラニクの口調は、熱かった。
マノロ・ブラニクの靴の大ファン、米ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」の主人公キャリー・ブラッドショーの次の世代が登場してくると決め込んでいるかのように、ブラニクは店を増やし始めている。ニューヨークでは、郊外の超高級リゾート地イーストハンプトンとマンハッタンの目抜き通りマディソンアベニューに新しい店を構えたばかりだ。
「女性は、ハイヒールなしではいられない。あきることは、永遠にないだろう」
ということで、マノロ・ブラニクの各店では、ほぼ2年ぶりに子牛皮のパンプスとサンダル、さらにはさまざまな色合いの波模様のシルクモアレ製品を扱うようになる。
ブランドを支えているのは、ヒールの高さが4インチ(1インチ=約2.54センチ)のもの。「でも、もう何年も出していなかった5インチものを復活させることにしている」とブラニクのめいで、ブランドのCEOクリスティーナ・ブラニクは明かす。
4インチ以上の「超高層ビル」ヒールは、権威を示すことにもつながる。
「副大統領のカマラ・ハリスが、そんなハイヒールを履いて議会の議場をしっかりとした足取りで歩けば、靴は男性のネクタイと同じように作用する。その道のプロであることを発信するからだ」とシャロン・グラウバードは一例をあげる。ニューヨークのトレンド予測会社MintModaの創設者で、クリエーティブディレクターをしている。
「事務所に復帰する人たちも、同じような行動をとるようになるだろう。たとえ、週2、3日の出勤であっても」とグラウバードは、ハイヒールが復活するさらなる要因をあげる。
(もっとも副大統領についていえば、20年の大統領選中は、とりわけコンバースのスニーカーを履いて親しみやすさをアピールしたことで知られている)
しかし、その逆の「軽さ」もセールスを押し上げる要因になっている、とマンハッタンの高級百貨店サックス・フィフス・アベニューの上級副社長ウィル・クーパーは語る。だから、ハイヒールについては、とても強気だ。
「この数カ月で、どんどん売り上げが増えている」とクーパー。「とくに人気なのが、クリスチャン・ルブタン、アクアズーラ、アミナモアディ、ボッテガ・ヴェネタといったブランドだ」
デザイナーズブランドも集客力になっている、と百貨店大手ニーマン・マーカスの服飾部門の上級担当マヤ・ササキはいう。とくに高さのあるサンダルや明るい色の商品は、カジュアルな服装やジーンズとの組み合わせで選ばれている、と最近の傾向を説明する。「ハイヒールは、外出用だけでなく、家にいるときも好まれるようになってきた」
著名ブランドの名を連ねてサンダル界を指す「クロックス・アンド・バークス(Crocs and Birks)」(訳注=Birksはビルケンシュトックの略)はこの間、コロナ禍に掲げた「白旗」の代名詞と受け取られるようにもなった。
テネシー州でファッションコンサルタントをしている先のハリスは、短いブーツや、(訳注=一般的にはつま先や甲が覆われ、かかと部がオープンでストラップなどの留め具がない)ミュールを個人的にもとても好んでいる。だから、巣ごもり中の「サンダル天下」には、打ちのめされた気分だった。
なんとか、自分のパーティー用の靴を持ち出せないか。あらゆる機会にトライしようとした。冬には、ついにとっておきの一足を履いてみた。ヒールの高いチェーン付きのブーツで、靴先は角張っている。半年ぶりに足を通した。
「まるでキリンの赤ちゃんだった」とハリス。「早速、このブーツでショッピングモールに出かけた。かっこいいところを見てもらいたいという思いで、いても立ってもいられなかったから」
ファッション好きという点では、冒頭のモンローズも負けてはいない。自宅でのテレワーク中にも、あのラベンダー色のハイヒールパンプスを履いて寝室を歩いてみたりした。
「この靴を外に出るために履く日を、本当に長いこと待ち望んでいた。履いたときは、少女時代に戻ったような気がした。ディズニーのプリンセスドレスが入った引き出しを開けて遊んだころのね」(抄訳)
(Ruth La Ferla)©2021 The New York Times
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