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スーパーインド人だけじゃない 世界中に3200万人、インド系住民の支え合い力

World Now 更新日: 公開日:
シンガポールのリトル・インディア=西村宏治撮影

インドは、中国などをしのぐ世界最大の移民送り出し国だ。多くのインド人が世界で活躍できるのは、各地にインドコミュニティーがあり、支え合う態勢ができているからだとも言える。世界に散らばるインド系の人々は、祖国を支える役割も担う。コロナ禍でインドが窮地に陥った今年、移住者の力をシンガポールで目の当たりにした。(西村宏治)

世界で活躍するインド人たち。それを支えているのは、各国に広がるインド系市民のコミュニティーだ。

インドは、世界最大の移民送り出し国だ。国連の統計によると、2020年時点の移住者は総計約1787万人。2位メキシコ(約1119万人)、3位ロシア(約1076万人)、4位中国(約1046万人)との差は大きい。

移民の2世、3世を含めるとさらに数は増える。インド政府によれば、最新の統計で、世界に3210万人のインド系住民がいるという。

「インドからの移民は大きく2種類に分けられます」。そう指摘するのは、ディアスポラ(祖国を離れた人)を研究するシンガポール国立大学准教授のラジェシュ・ライ(48)。自身もインド系移民3世だ。

ひとつが英語や数学、専門知識を武器に働く人たちで、1990年代以降に特にITや金融の世界で目立つようになった。米国をはじめ、カナダや英国、オーストラリアなどの英語圏に多い。

だが移民の大半は、建設作業員や運転手、店員、メイドなどとして働く人たち。オイルマネーを原資としたインフラ建設が活発だった湾岸諸国への移住が典型だ。国内外の賃金格差が縮んだことで減る傾向にはあるが、大学を出ても就職先がなく、国外での肉体労働を選ぶ若者もいる。スーパーインド人とは、厳しい競争に勝ち残ってきたごく一部の実力と幸運の持ち主だと言える。

店先で花を売るシンガポールのリトル・インディア=西村宏治撮影

一方で、世界に散らばるインド系市民たちは、祖国の発展を支えてもいる。

世界銀行によれば、インドは世界で最も移民からの仕送り額が多く、2020年の推計では831億ドル(約9兆1630億円)。2位中国の595億ドル(約6兆5450億円)を大きく上回る。

さらに寄付や人道支援も無視できない。シンガポール国立大のライは「厳密な統計はないが、仕送りと同じか、上回る規模の可能性もある」という。

それには宗教的な理由もあるが、ネットの影響も大きい。かつては移住から時間がたつにつれて祖国との関係は薄れたが、いまではSNSなどでインド情報が即時に、詳しく手に入る。「祖国とのつながりは維持されるだけでなく、場合によっては更新され、強化されるのです」

その力は、コロナ禍でも垣間見えた。

シンガポールのリトル・インディアでは、コロナ禍のインドに手を差し伸べるための募金箱が置かれていた=西村宏治撮影

国民・永住者の9%がインド系で、加えて移民労働者も多いシンガポール。5月、甘いお香と、カレーのスパイスの香りが漂う中心部のリトル・インディア地区では、買い物客が次々と街頭の募金箱に立ち寄っていた。タミルナドゥ州から来て5年、警備員のタミ・サリバン(24)は「戻って助けるわけにもいかない」と紙幣を差し込んでいった。

自分のネットワークを駆使して祖国を助けようと動いた人も多かった。

パンジャブ州から移り住んで25年、貿易業を営むグルタジ・パッダ(53)もそのひとりだ。同級生のSNSで「酸素濃縮器が足りない」との情報を目にしたのは3月終わり。すぐにつてをたどって中国で200台調達した。ところが直後に中国がインドへの直行便を停止。輸送ルートがなかったが、ここでも仕事の経験を生かして香港を経由し、知人を介してデリーの寺院などになんとか届けた。

その後は濃縮器の価格が高騰し、届けることはできていない。それでも「大海に水を一滴垂らすようなものだが、大事なことはできることを精いっぱいやることだ」と言う。

シンガポールのリトル・インディアで、コロナ禍のインドのために募金をする人=西村宏治撮影

グルタジが強調したのは、「救いのなさ」(Helplessness)に応えたいという思いだ。巨大国家インドでは、どんな時にも支援が行き届かない人たちがいるのが現実だ。「私も多くの助けを受けて、いまがある。それをほかの人に渡さなくてはいけないのです」

多くのインド人が海外に活躍の場を求めるのは貧困、格差、競争など、国内環境が厳しいことの裏返しでもある。救いのなさを見てきたからこそ、助けがあることの強みとありがたみを実感できる。スーパーインド人たちの活躍を支えているのも、そんな思いなのかもしれない。