人は何世紀にもわたり、ベタ(訳注=淡水魚の闘魚で、スズキ目キノボリウオ亜目)の美しさに魅了されてきた。その細い体、シルクのように広がる特大のヒレは、自然界ではめったにみられない明るく刺激的な色彩を放つ。
ところが、シャム(訳注=タイの旧称)の闘魚としても知られるベタは、その魚が自然のままで生きた芸術作品になったわけではない。ベタの精巧な色合いと長く流れるようなヒレは1千年にもわたる慎重な品種改良の産物なのである。魚類の進化と種分化を研究している豪シドニー大学の博士候補イーカイ・ティーは「文字通りイヌの家畜化に匹敵する魚である」と言う。
プレプリント(査読前の論文)の発表媒体「BioRxiv」に4月、新しい研究がアップされた。ゲノムの解析によって人がベタを少なくとも1千年前には飼いならし始めたことを示している。千年にわたる慎重な選択によって、今日生存している飼育種のベタに驚くべき多様性が生じたわけで、野生のベタと飼育されているベタの双方に大きな遺伝子上の変化がもたらされた。魚の遺伝子を調べることで、研究論文の筆者は、野生動物の遺伝子が飼育化によっていかに変化するかについて多くのことを学べると論じている。
ティーはこの研究に関与していないが、魚における「この驚くべき現象の遺伝子基盤を解明する最初の本格的な研究」として高く評価したいと言っている。
ベタの全73種はいずれも東南アジア原産だ。しかし、ペットショップやフリーマーケットの露店で売られているユビキタス種(汎存種=世界中どこにでも生息する広域分布種)はベタ・スプレンデンスだ。この種の飼育化されたベタは大半の野生種よりもはるかにカラフルである。
「野生のベタは観賞用とは大きく異なって見えることがある」とヨン・ミ・クォンは指摘する。米コロンビア大学の研究者で、今回の研究論文の筆頭筆者だ。「野生種はヒレが短く、色がくすんでいて、観賞用の種に見られるような際立ったヒレがない」
飼育されているベタはまた「とても攻撃的」と彼女は言う。「オスのベタを2匹、同じ水槽に入れると、お互いに攻撃し合い、死ぬまで戦う」と言うのだ。
野生のベタはさほど攻撃的ではない。観賞用は「闘鶏のように、まず戦闘用に飼いならされた」ためであるらしいとクォンは言っている。
ブリーダーたちは19世紀の終わりまでに、西洋で非常な人気を博していたこの魚の観賞用種づくりに力を注ぎ始めた。「この歴史が、今日私たちが目にしている観賞用のベタ、つまり気性が激しく、まことに美しい魚を作りあげてきたのだ」と彼女は言っている。
この歴史が今日私たちの知っている観賞用ベタをどのように形づくったのかを正確に判断するために、クォンと科学者チームは野生種のベタと飼育種のベタからDNAのサンプルを採取し、ゲノム解析をした。
「ベタがどれほど長く人類の歴史の一部になってきたかを知って驚いた。少なくとも1千年前から飼育されてきたのだ。これまでに知られている魚の飼育では最古の一つである」。そうクォンは言っている。
この研究は、なぜブリーダーが何十種類ものベタをつくることができたかについても光を当てた。赤、黄、青のベタ、大きなヒレや小さなヒレを持つベタ、さらにはタイの国旗に似たベタもいる。およそ想像しうるかぎりの種類は、たいがい存在する。
「ブリーダーが選択する特質の多くは、大きな影響を及ぼすごく少数の遺伝子によって制御されている」とクォンは指摘。「このことは、魚に求める特性を得るために、広範囲にわたる交配を必要としないことを意味する」と言うのだ。
予想通り、研究者たちは飼いならされたベタは野生種の親類とは遺伝的に異なることを突きとめた。ところが研究者たちは、過去や近年において、飼育されたベタが野生のベタと交配していることに驚かされた。この交雑は、飼いならされたベタが野生に放たれた結果の可能性が高く、野生種の保護活動を徐々に台無しにしかねない。
「野生化した飼育種は――野生種と比べより環境に適応している場合――野生の個体を駆逐する可能性がある」とクォン。ベタの多くの野生種は、主に生息域の消滅のため、絶滅の危機に瀕(ひん)している。
魚の進化の歴史をより詳細に調べることで、研究者たちは、飼育化が種の遺伝子をいかに変化させるかについて理解を深めたいと考えている。
飼育化がベタにどう影響を及ぼすかについて、学ぶべきことがまだ多くあるが、このプロセスは、他の方法ではけして存在しなかったであろう幻想的な色彩や形態を持つ美魚を大量につくりだしたのである。
飼育種と同じくらい派手なベタは、「野生では出現しそうにない」とティーは言う。「それはちょうど、あのチワワが、人が関与することなしに野生に自然に存在することを期待するようなものだ」(抄訳)
(Annie Roth)©2021 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから