ファン・チエンホアは昨年、三女をもうけた時、中国の産児制限違反で罰金を科せられるのではないかと心配した。
彼女は、白血病を患っている6歳の子の治療に多額の借金を抱えていた。新生児を警察に届け出た時、7500米ドル相当の罰金を払わなくて済み、安心した。
「実にうれしく、やっとホッとすることができた」と34歳のファン。湖北省丹江口市の中心部に住む専業主婦だ。
中国の政権を握る共産党はゆっくりと、のらりくらり長年続けてきた出産や女性の体に対する制限を緩めている。地方自治体の一部は、カップルが3人以上の子どもを持つことを暗黙のうちに認めている。北京の政府は、公務員はそうした義務違反で解雇されることはなくなるだろうと言っている。党指導部は、人口政策をもっと包摂的にすると約束した。これは規則がさらに緩和されることのシグナルであると受け止めている。
中国では、代議員や学者、当局者らからの産児制限の廃止を政府に求める声が膨らんでいる。出生率の急激な低下から反転を望むなら、党はより積極的な行動をとる必要がある。5月11日に発表された10年に1度の国勢調査の結果によると、昨年の出生数は毛沢東が共産党主席だった時代以来、最低に落ち込んだ。低い出生率は労働者の減少と需要の減退を意味し、世界で2番目の規模を誇る経済の成長を阻害することになる。
だが、党は統制の放棄に慎重で、産児制限の全面的な廃止に抵抗している。代わりに、北京の政府はかつて強力だった家族計画の官僚機構をゆっくりと解体し、免除措置を積み重ねていく小刻みな調整策をとってきた。多くの地域で、警察官や雇用主、市当局が(それぞれの裁量で)規則をどれだけ厳格に、あるいは緩く適用するかを決めているのだ。
このことはつまり、ファンの場合のように一部の人にとって、より多くの子をもうけることについて自由度の広がりを意味する。ただし、リスクの不確実さも生み出し、より多くの子を持つことを躊躇(ちゅうちょ)する気持ちが増すことになる。
この戦略は、広範な文化的変化が進む中ではうまくいかない可能性もある。教育費、住居費、医療費の高騰への懸念が今は社会に深く広がっている。多くの中国人は少人数の家族を選ぶ傾向にあり、2016年に導入された二人っ子政策を含む政府の出生率向上措置はほぼ失敗に帰している。
「家族計画の制限が解除されず、その一方での出産奨励は自己矛盾だ」とホワン・ウェンチョンは指摘する。北京に拠点があるシンクタンク「中国全球化智庫(CCG)」の人口統計学の専門家だ。彼によると、産児制限の撤廃は重要なメッセージになる。「私は、そうした措置を講ずる必要があると思っている」
北京の政府は、1980年に一人っ子政策を導入して以来、世界で最も厳しい産児制限を維持してきた。この政策は、国家家族計画委員会に強力な権限を付与し、人びとの生活の最も私的な側面を掌握し、カップルから罰金を取り立て、時には女性に中絶や不妊手術を強いてきた。
チェン・ホワユン(33)の話によると、彼女が幼いころ、江西省東部の郷里の当局者が各戸の洗濯物を干すロープを調べ、赤ちゃん用の服をチェックしていた。公務員だったチェンの両親は、学校が休暇中は彼女を隠すか祖父母のもとに送り込んだりしていた。彼女が2人目の子だったからだ。
「(2人目の子は)違法な出産とみなされるから絶対に公言しなかったので、罰金は科せられなかった」とチェンは言う。「私という存在を両親の同僚が知ったのは、両親が引退してからだった」
中国社会の急速な高齢化がはっきりしてくるにつれ、一人っ子政策の再検討が公然とささやかれたが、すぐに退けられた。政府がすべてのカップルに子ども2人をもうけることを許す措置をとるまでに長い時間がかかった。
現在、中国の人口は、米国を含む多くの先進国よりも急速に高齢化が進行しており、政府には産児制限の措置を続ける余裕はないとの主張が一部に出ている。
「居住者の一定数が出産を望んでいるという事実を生かすべきだが、許可されていない」と中国人民銀行(中央銀行)は4月14日発表の報告書で述べている。「誰も出産を望む人がいなくなってから(制限措置を)解除しても、役に立たないだろう」
中国の労働年齢人口は、2010年時点には4分の3(75%)を占めていたが、50年には60%にまで落ち込むと推定され、これは国家の生産力をそぐことになろう。
北京の政府は、そのことに耳を傾けていることを示そうとしてきた。「合計特殊出生率は警告ラインを割り込み、人口の推移は重大な移行期に入った」と昨年12月、民政部長のリー・チーホン(李紀恒)は書いている。彼によると、政府は育児と教育にかかる家庭の負担をもっと軽減する措置をとるだろう。さる1月には、党の統制下にある立法府は地方自治体に対し、産児制限違反に「過度の厳しい罰則」を科すのをやめるよう要請した。
北京の政府が産児制限の廃止を躊躇している理由の一部には、中国人の誰もが子どもを何人もうけるべきかを理解しているかという点に信頼がおけないことがある。
「中国西部の貧困地域では、人びとは今もなお、もっと子どもを持ちたいとの思いに取りつかれている」。国が支援する「中国人口協会(CPA)」の副会長ユワン・シンは、党の英字機関紙「チャイナ・デイリー」に語り、こう付け加えた。「だから、家族計画政策の緩和は、彼らにはより多くの子をもうけることを意味する可能性があり、そうなると貧困から抜け出すのが一層困難になる」
中国の最西端地域の新疆ウイグル自治区では、当局は家族計画の規則をより厳格に施行している。北京の政府はそれを宗教的な過激主義との戦いとしてとらえているのだ。このキャンペーン(組織的な運動)は、近年ではイスラム教徒の支配的な地域で不妊手術や避妊――時には強制的に――の増加をもたらした。
中国の家族計画政策は長い間、地方の当局者たちにとって統制上の強力な武器になってきた。その武器を奪い取るのは難しいか、大きな犠牲を払うことになるかもしれない。縮小が始まる前、家族計画機関は村レベルにまで約800万人を雇い、女性たちを囲い込んで子宮内避妊器具を装着したり中絶を強要したりした。
当局者は規則に違反したカップルから高額の罰金を取り立てた。中央党学校のある上級研究員は、2015年には年間30億ドルから50億ドルが徴収されたと推計する。
最近、政府は家族計画の従事員たちを人口調査や新型コロナウイルスに取り組むよう割り振ってきた。しかし、地方自治体は、それぞれが適切とみなす産児制限を強要する権限を保持しており、矛盾が生じている。
北京の政府は昨年5月、公務員は産児制限に違反しても職を失うことはないと公言していたが、その数カ月後、浙江省杭州市東部の村民委員会は第3子を出産した女性を解雇し、国民の激しい抗議を招いた。
結局のところ、中国の家族計画政策はほとんど変化をもたらさないかもしれない。高等教育を受けた女性たちの世代は、他の理由で結婚と出産を先延ばしにしている。女性は育児や家事の責任のほとんどを担うべきだとする伝統的な態度への拒絶も、そうした理由に含まれる。
北京で児童書の編集者をしているリウ・チン(38)は、結婚し、子どもを持つことは将来けしてないだろうと言っている。個人の負担が大きすぎるからだと言うのだ。
「望むモノのすべてを、それが理想であれ、野望であれ、犠牲にしなくてはならない」とリウは話していた。(抄訳)
(Sui-Lee Wee)©2021 The New York Times
※元記事は5月21日配信
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