世界の二大富豪は、なぜこれほど宇宙にこだわるのか

「われわれ地球人は、この地球を越えて宇宙というすばらしい新世界にどう入っていけばよいのか。そのあり方は、われわれ地球人がもっと自らの手で律するべきだろう」
なぜ?
ここに、世界の二大富豪がいる。2人は、どうしてこれほどまでに地球を離れたがっているのか――そこから、考えてみたい。
電気自動車の世界最大手、米テスラの最高経営責任者(CEO)イーロン・マスク。それに、米巨大IT企業アマゾンのCEOジェフ・ベゾス。それぞれの個人資産は、計3500億ドルを超える。2人とも創業者として、史上最大規模の時価総額を誇るようになった企業を取り仕切っている。
しかも、地球上の事業の革新を一休みさせているときは、いずれも頭脳のかなりの部分を宇宙に向けている。人類が住む惑星を増やすという夢を実現させるためだ。
マスクにとって、それを担うのは米宇宙企業スペースXになる。こちらも自分で設立した。宇宙テクノロジーの民間分野で、その存在感は増す一方だ。
衛星の打ち上げやロケット技術の刷新だけではない。2021年中に民間人だけのクルーを世界で初めて宇宙に送り出すプロジェクト「Inspiration(ひらめき)4」をスペースXは発表している。すでに、米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士を自社ロケットで国際宇宙ステーション(ISS)に送り届けており、その上での新たな計画だ(ISSには、今後はNASAのほかに、民間の宇宙飛行士も高額料金で運ぶことにしている)。
加えて、とてつもない野心をマスクは明らかにしている。26年までに、火星に人類を送り込む構想だ。そのために、一私企業でありながら、30億ドル近い巨費を投じることになる。この神わざのような事業を進めるのに、早くも20年中に資金の全額を確保し、うち8億5千万ドルについては21年2月、米規制当局に届け出ている。
この赤い惑星に一番乗りするのは、マスク自身ではないのかもしれない。ただ、火星なら、骨をうずめてもよいと本人は思っている。「着陸に失敗してというのはごめんだけどね」と冗談を交えながら、筆者に明かしたことがある。
もう一人のベゾスはどうか。21年中にアマゾンのCEOを退く。その分、自ら立ち上げた宇宙企業ブルーオリジンを通じて、宇宙旅行への取り組みを強めそうだ。その社是には、美しきこの地球は「私たちの出発の場に過ぎない」とある。
SpaceXと同様にブルーオリジンも、積載物の打ち上げ、同じロケットの再利用という事業方式をとっている。ただし、こちらはまず、月に着陸する技術の確立を目指す。「宇宙への安価なアクセス」というベゾス式の拠点づくりとなる。これに向けて、初の有人宇宙飛行に踏み切る日が近づいていることが明らかにされたばかりだ。
ベゾスは19年に、途方もない巨大構想をぶち上げている。「スペースコロニー」計画だ。(訳注=遠心力で重力をつくるために)回転しながら宇宙に浮かぶいくつもの円筒形の移住空間。それぞれに、ありとあらゆる生活環境が整えられる。
「延々と何マイル(1マイル=約1.6キロ)も続く巨大な構造物の一つ一つに、100万人かそれ以上が暮らす」
人口負荷を減らし、地球をもっと暮らしやすくするためだとベゾスは語る。
こうして2人の億万長者が宇宙開発の技術革新を積極的に続けながら、さまざま新興企業や投資、関心をこの分野に誘い込むのは、きっとよいことなのだろう。しかし、その両者の快進撃もかすんでしまうような快挙が、つい最近、相次いだ。
21年2月に成果を示したNASAの二つの宇宙ミッションだ。スマホから吐き出される哀れな地上のニュースを見るのをやめて思わず天空を見上げ、果てしなく広がる宇宙の荘厳な美しさに畏敬(いけい)を感じるようなできごとだった。
その一つは、火星探査車「パーサビアランス(忍耐)」の高解像度カメラがとらえた一連の画像だ。
車ほどの大きさのこの探査機は、自律走行が可能だ。ジェゼロクレーターに着陸すると、すぐに写真を送ってきた。極めて鮮明で、拡大すれば、地表にある岩の穴まで見ることができる。そればかりか、その地表の感触すら伝わってくる。
遠景にも、目を奪われる。拡大パノラマは、息をのむほど異質な砂漠でありながら、どこかなじみがあるような不思議な気持ちにもさせてくれる。
筆者は、1時間もこうした光景に見入っていた。風によって芸術的に刻まれた大きな石の細部を、1億3360万マイルもの隔たりを感じずに見られることには、驚嘆するしかなかった。
27億ドルをかけたこの火星ミッションは、過去に生命が存在した痕跡を探すとともに、サンプルを収集し、「Ingenuity(創意)」と呼ばれるヘリコプターも飛ばす。
もう一つの快挙は、前者をしのぐといってもよいだろう。
主役は、先輩格の木星探査機「ジュノー」(訳注=ローマ神話の神々の女王。夫は最高神ジュピター〈木星の名の由来〉)。16年に木星の南北両極を回る軌道に入っていた。それが、これまでにないような驚くべき映像を送ってきた。
その見ばえをアマチュア天文家が整えた。公開されているNASAのデータと映像を処理すると、微妙に渦巻くジェット気流が浮かび上がった。まるで、宇宙を旅する天才画家が、水銀で描いたかのようだった。
思わず筆者も、ジュノーに乗ってその様子をもっと間近で見たくなった。きっと、すごい嵐がいくつも寄せ集まり、荒々しい雲が沸き立っているに違いない。
ジュノーは、1年前にも(訳注=太陽系最大の惑星である)木星のすばらしい映像を送ってきている。大理石でできた球体の最高傑作ともいえ、NASAは「Massive Beauty(巨大な量感美)」と名付けた。
こうした光景と比べれば、地球上の命と暮らしは、いかにはかなく見えることか。それが、あの二大富豪がここを離れる方法を探る理由の一つになっているのだろう。
しかし、忘れてはならないことがある。この2人は、何十億人といる地球人の中の2人でしかないということだ。
残る地球人にも、責務がある。この宝石のように美しい一つの惑星を越えて、どうすばらしい新世界に移り住むかということに、もっと自らの手で関わるということだ。
われわれは、自分の運命のあまりに大きな部分を、あまりにわずかな人たちに委ねてきた。それが、ここ何十年かの現実だろう。特に、カギとなるテクノロジーの分野で著しい。
地球を離れる一歩を踏み出そうとしているのに、テクノロジーの巨人たちにわれわれが頼り過ぎている状況が続いているのではないか。
ここで、改めて考えてみたい。
われわれ地球人は、インターネットを編み出した。しかし、その多くは今、テクノロジーの大物たちの手中にある。われわれ地球人は、宇宙への旅を考え出した。ところが、これもまた大物たちの手中に収まりそうに見える。
そうはならないことを祈ろう。NASAを始めとする世界の公的な宇宙機関は、探査により深く関わっていくのに、われわれの支援を必要としている。
地球というこの惑星に、すべきことがまだ山ほどあるのは、筆者も承知している。宇宙旅行に注ぎ込む資金があるなら、地球の暮らしをよくするのに使うべきだという声があることも含めて。
しかし、気候変動リスクがこの惑星に突きつけている問題を考えれば、もっと大きな図を描かねばならない。
パーサビアランスが、火星に下降していくときのパラシュートに託したNASAの技術者たちの秘めたメッセージを忘れずにいてほしい。そこには、(訳注=赤と白の二つの)色を使い分けた2進コードで「あえて困難に挑戦を」と記されていた。
広大な宇宙空間のかなたから届いたこのメッセージは、ベゾスとマスクの2人だけにあてられていたのではない。われわれみんなに向けたものだった。(抄訳)
(Kara Swisher)©2021 The New York Times
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