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NY出張中にホテルで見たハグや大声の会話 危機感を訴えたら、その返事は

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「私たちのコントロールできない状況を受け、この都市がニューノーマルに戻るまで一時的に休業します」。コロナ禍のマンハッタンで、休業や廃業を知らせる貼り紙が、多くの店舗で見られた

■記録的な感染拡大の中の歓喜

大歓声に大音量の音楽、鳴り響く車のクラクション。大統領選で民主党のバイデン氏の当選が確実となった11月7日(日本時間8日)、ニューヨークのタイムズスクエアは、喜びに沸く大勢の人たちで埋め尽くされた。新年のカウントダウンで知られる観光名所だが、「大みそかよりもにぎやかだ」と驚く土産店の男性の声を地元テレビが報じていた。約400メートル離れたホテルの部屋の中にいても、その興奮ぶりが音となって届くほどのお祭り騒ぎが終日続いた。

タイムズスクエアに集まってバイデン氏の当選を喜ぶ人たち=2020年11月7日、ニューヨーク、鵜飼啓撮影

勝敗が決まるまで開票作業に4日間を要する大接戦となった大統領選だけに、バイデン支持者の喜びの熱量は相当なものだ。現場でじかに味わいたいという衝動にかられたが、入国後14日間の自主隔離期間中であることと、それ以上に新型コロナウイルスに感染するのではないかという恐怖が上回り外出しなかった。

テレビ中継を見る限り、タイムズスクエアでは、ほとんどの人がマスクをしていたが、その混雑ぶりからお互いにソーシャルディスタンスをとるのは難しそうだった。マスクをせずに大声で喜びに酔う人もいれば、マスクを外して飲食を楽しむ人もいる。連れてきた赤ん坊を人混みの中で抱え上げて歓喜する母親の姿をみて、さすがに心配になった。こうした集会はニューヨークに限らず、全米の各都市で開かれた。

14日間の自主隔離期間を終えて外出してみると、マンハッタンのオフィス街は、平日の昼食時だというのに、人がまばらだった

CNNによると、この日の新規感染者数は全米で12万6742人となり、1日としては最多記録を更新した。12万人を超えたのはこの時点で3日連続。1日の感染者数が初めて10万人を超えて話題となったのが11月4日だったが、数日で12万人台まで増え、さらに12日には14万人以上と、拡大の勢いが止まらない。大統領選投票当日の11月3日を含む1週間は連日、最多記録の更新が続く最悪の状況に陥っていたのだが、報道も世間の関心も大統領選に集中した。この危機的な状況がトップニュースとして繰り返し報じられるようになったのは8日になってからだった。

米ジョンズ・ホプキンズ大学の統計によると、米国では連日7万人台の新規感染者がでて第2波となった7月中旬をピークに感染拡大は減少傾向にあったが、9月に再び増加に転じ、第3波となる今の感染急増につながっている。特にミネソタやウィスコンシン、アイオワなど中西部の州で感染者が記録的に急増しているが、その他の州でも増加傾向は顕著となってきた。11月に入り、1日の入院患者数が過去最多を記録した州は6日段階で22に及ぶといい、医療体制への懸念も再浮上している。

同大の集計では、米国内の累計感染者数は世界で唯一1000万人を超えた。死者数は、世界全体の2割近くを占める24万人以上となっている。これが毎日増加の一途をたどっている。

「新規感染者数の増加が本格化するのは、これからだと考えている」。米食品医薬品局のスコット・ゴッドリーブ元長官はCNBCのインタビューでそう強調し、何の手段も講じなければ感染者数も死者数も「爆発的に増える」と強い危機感を示した。ワシントン大学の最新の推計では、全米の累計死者数は来年2月1日までに39万4693人に達する恐れがあるとしている。

米国の急激な感染拡大について伝えるCNN。最悪の場合、来年2月までに全米の死者数が40万人近くになるというワシントン大学の推計を紹介した

■個人の自由か公衆衛生か

そんな状況の米国に出張してきた筆者自身も、自分事として危機感を募らせている。

日本から消毒液やマスク、うがい薬や解熱剤などを大量に持ち込んだ。渡米直前にPCRテストを受けて陰性の結果を得て、インフルエンザ予防接種も受け、海外旅行保険にも入った。しかし渡米初日から、米国側のコロナ対策には不安を感じることが多かった。

ニューヨークへの経由地となったデトロイトで受けた入国審査ではコロナに関わることは何も聞かれず、PCR検査の書類も求められなかった。自分から提出したら「必要はない」と言われて戻された。機内ではマスク着用が義務づけられていたが、デトロイトからのフライトは満席で機内は3密状態。到着した空港でも、チェックインしたホテルでも、州などが求める14日間の自主隔離についての言及は一度もなかった。それどころか、今に至るまで体温測定や手指消毒を求められたことは一度もない。

不安になって、ホテルのフロントスタッフにコロナ対策は大丈夫かと聞いたら、「ニューヨークは米国内でも早く感染拡大が問題となったため、ほかの都市に比べれば対策はかなり厳しい」と言われた。そこで初めて、使用した便名や滞在先などの報告が義務づけられている書類に記入させられ、14日間の自主隔離が始まった。

滞在中のホテルのフロント。感染が拡大する中でも、ホテルは混雑している。それでも約半分は空室で、観光業の打撃は極めて大きいという

フロントの説明によると、マスクを着用していないとホテルや飲食店を含む市内のあらゆる建物に入ることができない。このホテルでも、エレベーターに乗れるのは一度に4人までと制限されている。施設内のあちこちに消毒液が置かれており、消毒作業も頻繁にされている。接触を避けるため、部屋の掃除は4日に一度のみ。ホテル内のレストランは閉鎖され、朝食は箱詰めされたものを部屋で食べる。

企業などが入る周囲のオフィスビルでは、体温を自動で測定する機械を設置しているところもあるし、警備員が一人ひとりの体温をチェックするところもある。飲食店は休業や廃業に追い込まれたところも少なくなく、営業しているほとんどの店では、屋外の仮設スペースでの飲食か、持ち帰り、出前の注文しか受け付けていないという。

ニューヨークでは、新型コロナウイルスの影響で休業する店舗が少なくないが、営業していても持ち帰りや出前のみしか受け付けない店舗が多い。この中華料理店は入り口を机でふさぎ、店内に客が入れないようにしていた

コロナ感染防止に向けた決まりや取り組みはちゃんと存在していた。確かに、多くの人がマスクの着用を習慣化している。少し安心したが、数日すると、厳しい現状が見えてきた。

ホテル内のエレベーターには「4人制限」を気にせずに利用客が乗り込んでくる。缶詰状態でも平気で会話する人が結構いて、思わず呼吸を止めた。箱詰めされた朝食は閉鎖中のはずのレストラン内で食べる人が多く、全く意味がない。520室の約半分が埋まっているらしく、このホテルには常に人が多い。

ホテルの外では、ハグ、握手、大きな声での会話が日常的な風景となっている。最も危機感を抱いたのは、会話をするときに、わざわざマスクをあごまで下げてしまう人が結構多いことだった。感染防止策を徹底している人と、そうでない人との意識の差が大きくて、恐怖を覚えた。予防意識が比較的浸透しているとされるニューヨークでこうなのだから、他の州での状況が心配になる。コロナ対策の重要性を軽視しているとされるトランプ大統領の支持者にはマスクをしない人も多いというから言葉がでない。

自分の身は自分で守る。全ては個人任せの対応になっている。ホテルのフロントに危機感を訴えると、納得はできなかったが、回答は分かりやすかった。

「米国は個人主義を重んじる国なので、自由を縛り付けられることに抵抗を感じる人が多い。それよりも公衆衛生を重んじるという考え方を本当に理解できている人がどれほどいるのか、私には分からない。ただ、コロナの影響で、そういう人が増えてきていることは確かで、バイデンが選挙で勝利したことにも表れている」

そのうえで、こう言われた。

「ホテル内でのあなたの安全を守ることに私たちは最大限の努力をすることを約束します。ただ、あなたの部屋が10階にあるとしても、エレベーターが混んでいれば階段を使う。ホテル周辺でマスクをしていない人がいるなら、そこを避ける。あなたの安全ですから、自分を守る努力をしてください」

ニューヨーク滞在中のホテルのエレベーターの貼り紙。1度に4人までしか乗ることができない決まりになっているが、よく滞在客でいっぱいになる。仕方がなく階段を使う

予防するのも、しないのも、自己責任ということなの?やっぱり緩い。米国が世界で最も感染者を出している背景が、なんとなく分かった気がした。

「お願いです。私は懇願します。マスクをつけてください。あなた自身のためにしてください。あなたの隣人のためにしてください」

バイデン次期大統領は9日、ハリス次期副大統領とともにコロナ感染対策に特化したテレビ演説を行い、「効果的なワクチン開発について前進したと朗報が入った」としたうえで、「当面の間、ウイルスに対する最も効果的な武器は依然としてマスクだ」と強調。支持政党に関係なく全国民の安全のために、マスクの着用を文字どおり懇願した。

この日、コロナ対策のためのタスクフォースを立ち上げたバイデン氏は演説に先駆けて出された声明で、パンデミックを解決することが政権の最優先課題の一つであり、その対策は科学を根拠とすることを約束した。タスクフォースに参加する専門家らの助言を受けながら、安全で効果的なワクチンの早期確保や幅広い提供などを含む行動計画をつくるという。

ただ、実際に大統領に就任するのは来年1月20日の予定だ。それまで現職に居座るトランプ大統領が選挙結果を受け入れずに抵抗を続けており、コロナ対策にも興味を示さないため、まずはマスクやソーシャルディスタンスといった基本的な予防策の徹底を国民に呼びかけるしかなかったとみられる。それでもニューヨーク州のクオモ知事はABCの番組で、「コロナ感染を否定する政治的圧力がなくなったと思っている」と話し、今後は地方行政や公衆衛生当局者らがコロナ対策をとりやすくなると期待した。

この演説の翌日、筆者は14日間の自主隔離期間を無事終えた。ようやく外出して見たマンハッタンは、平日だというのに人が少なく、活気が消えていた。コロナ対策の浸透で在宅勤務などが進んでいる証しだと思う一方で、休業や廃業のお知らせを店頭に掲げる商業施設が驚くほど多く、コロナがもたらした経済的な打撃の深刻さも目の当たりにした。

コロナ対策を最優先課題に位置づけたバイデン氏だが、大統領就任まではまだ2カ月以上もある。今後の数週間が感染拡大の山場だとメディア各社が懸念する中、結局は自分自身の命は自分で守るしかないのだろう。筆者にとっても、消毒液を全身にふりかけるなどの自主予防策を繰り返す不安な毎日が続きそうだ。