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「半沢直樹」続編最終回へ リアル経済でも起きていた、息詰まるバトル

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日本航空の会社更生法適用申請と「企業再生支援機構」による支援を表明した記者会見=2010年1月19日撮影

■「時間外取引か!」敵対的M&Aで思い出す「ライブドア」の奇襲

続編の前半で描かれたのは、息詰まるM&Aの攻防。しかも、相手企業の同意なしで仕掛ける「敵対的買収」だった。

「電脳雑伎集団」がIT企業の「東京スパイラル」を買収しようと動き出した。半沢直樹(堺雅人)が勤める東京セントラル証券は当初、総額で約1500億円と見込まれる同案件でファイナンシャル・アドバイザーとなる予定だったが、電脳側からアドバイザーの契約を一方的に断られてしまった。事態は急転する。電脳は緊急記者会見で、スパイラルの発行済み株式約30%を取得したと明らかにした。半沢は「時間外取引か!」と叫んだ。

想起するのは、2005年2月。新興のライブドア(当時)が仕掛けたニッポン放送への敵対的買収。ライブドアは2月8日朝、東京証券取引所の立会外取引システム「トストネット」を利用し、わずか約30分で同放送株の30%ほどを取得し、取得済みの分と合わせ約35%を持つ筆頭株主におどりでた。まさに「奇襲」。日本ではなじみがなかった敵対的買収の先駆けとなった。

■M&Aの「黒衣」が前面に出てきた

フジテレビとの「ニッポン放送株争奪戦」のさなかに記者会見する、ライブドア堀江貴文社長(当時)=2005年3月

「電脳vsスパイラル」では、それぞれに知恵を授けたり実務面でサポートしたりする金融機関が描かれた。M&Aでは、買収する側と買収される側の双方にファイナンシャル・アドバイザーという金融機関が付く。アドバイザーになるのは主に国内外の証券会社など。ドラマでは、半沢もアドバイザーの立場で活躍した。

M&Aでは通常、金融機関が表立って動くことはないが、ライブドアvsフジテレビの攻防をきっかけに、黒衣だった金融機関が表舞台に出てきた。ライブドアは買収資金としてリーマン・ブラザーズ証券(当時)から800億円を調達した。大和証券グループの大和証券SMBC(当時)は、フジテレビのアドバイザーとしてホワイトナイト(買収防衛に協力してくれる友好的な株主)探しなどに尽力した。日興プリンシパル・インベストメンツ(当時)は両社の「和解」を仲介した。2カ月にわたる争いでは、M&Aの舞台裏を支える資本市場のプロたちが半沢のように動いていた。

ライブドアとフジテレビは資本・業務提携に合意し和解したことを正式発表。会見後に握手をする(左から)亀渕ニッポン放送社長、堀江ライブドア社長、日枝フジテレビ会長、村上・同社長(いずれも当時)=2005年4月18日

■敵対的買収の続編「楽天vsTBS」

敵対的買収でもう一つ思い浮ぶのは、ライブドアvsフジテレビの和解後にもちあがった「楽天vsTBS」だ。

05年10月、楽天はTBSの発行済み株式15・46%を取得するとともに共同持ち株会社設立を提案したと発表した。株式を取得し、それをテコに提携を要求する――。お茶の間で話題になったライブドアvsフジテレビをなぞるような展開だった。

TBSの株式取得と、同社に対する経営統合提案について説明する楽天の三木谷浩史氏(左端)=2005年10月13日

この攻防は、楽天のシナリオ通りにはいかなかった。楽天の誤算は、大方の世論が、株式取得をテコに提携を求めるやり方は「敵対的買収である」と受けとめたことだ。楽天は「ルールにのっとり株式取得したのに買ってはいけないのか」と主張したが、当時の世論は賛同しなかった。

ただ、その後、日本でも敵対的買収は珍しくなくなった。06年には王子製紙(現・王子ホールディングス)が北越製紙(現・北越コーポレーション)に対し敵対的買収を仕掛け、日本企業同士の争いとなった。伊藤忠商事は、デサントに敵対的M&Aを仕掛けた。最近では、外食大手コロワイドが大戸屋ホールディングスに敵対的TOBを仕掛けた。敵対的買収への関与をなるべく控えてきた野村証券や大和証券の国内大手でも、状況に応じて敵対的M&Aのアドバイザーを担う構えだ。

■中野渡頭取の存在感 現実世界でも「頭取」が動いた

ドラマでは、北大路欣也が演じる中野渡謙頭取が存在感を放っていた。存在感でいえば、楽天vsTBSの攻防でも大手銀行頭取(または経験者)が大きな役割を果たした。

当時、仲裁に動いたのは三井住友銀行とみずほコーポレート銀行(当時、現みずほ銀行)だった。三井住友の西川善文前頭取(当時、故人)は楽天相談役とTBS監査役だったため、和解をもちかけた。同行の奥正之頭取(当時)も、双方の主取引銀行としてトップ会談をとりもった。みずほコーポレートの斎藤宏頭取(当時)も自ら仲裁に乗り出し、同行の本店で楽天とTBSによる「休戦」の覚書調印がおこなわれた。

■危機にあえぐ「日本の翼」帝国航空、モチーフはJAL再建?

最終話までは「帝国航空」をめぐる再建がテーマで、日本航空(JAL)を想起させるエピソードが多数あった。その一つは、企業再生を担う「タスクフォース」の登場だ。

08年のリーマン・ショック以降の金融危機で航空需要は急減し、もともと経営難のJALの経営悪化に追い打ちをかけた。当時の民主党政権が再建に乗り出し前原誠司国交相(当時)は直轄の「JAL再生タスクフォース」をつくり再建に着手。政権が民間企業再生に乗り出すのは異例だった。

「JAL再生タスクフォース」の高木新二郎代表(左)から再建計画案を受け取る前原誠司国交相(当時)=2009年10月29日

ドラマでもタスクフォースが登場。白井亜希子国交相(江口のりこ)は直属の「帝国航空再生タスクフォース」を立ち上げ、帝国航空に融資する銀行に「一律7割」の債権放棄を要求した。

ドラマではタスクフォースが同航空のオフィスに乗り込んで仕事場を構えていたが、JALのタスクフォースもJAL本社に常駐した。半沢がまとめた帝国航空の再建案は人員削減や不採算路線撤退に加えて、企業年金の削減などの項目があった。これらはどれもJAL再建で焦点となった。結局、JALは10年、東京地裁に会社更生法適用を申請、銀行には総額5千億円超の債権放棄に応じてもらった。銀行にとって苦しい結末だった。ドラマでは政府系「開発投資銀行」(開投銀)が重要な役割を果たした。JALでも、日本政策投資銀行(政投銀)が奔走。中心的役割を果たした政投銀のバンカーたちは、いまも役員クラスなどに残っている。

■銀行員の「出向」は「左遷」なのか

ドラマでは、銀行員の「出向」もテーマの一つだった。続編は半沢が子会社の証券会社に出向を命じられたところから始まり、「出向=左遷」のイメージが強調された。実際にはどうか。たしかに、銀行子会社や関連会社への出向はマイナスイメージがつきまとう。多くの場合、銀行に戻れない「片道切符」でサラリーマン人生の大きな転機。ただ、銀行の場合は、役員になる一部を除く多くの人たちが50歳を超えるころからグループ企業などに転じていく。銀行の出向はほかの企業での「左遷」と意味合いが異なる。

「半沢直樹」にも出てくる東京・日本橋の「三井本館」の建物

一方、近年は銀行を取り巻く経営環境が激変し、グループ内での人材配置のあり方もじわりと変化しているようだ。大手銀行はいまフィナンシャルグループ(FG)を形成する。3メガバンクは、三菱UFJ、三井住友、みずほの各FGだ。グループには銀行のほか証券やカード、リース、シンクタンクなどを抱えている。以前は銀行が稼ぎ頭で、銀行の存在が際立っていたが、超低金利時代が訪れて預貸金利ざやが縮小し、銀行に頼れなくなると、他のグループ会社への期待が高まった。

変化は、まず経営幹部の人事にあらわれた。みずほFGは18年、グループ社長に傘下のみずほ証券社長だった坂井辰史氏が就くと発表。証券子会社のトップがFGトップになるのは異例だった。さかのぼると、2013年にも業界で話題を呼んだ幹部人事があった。三井住友FGでは、消費者金融子会社の社長だった久保健氏が三井住友銀行の副頭取に復帰。グループに転じた幹部が戻る異例の人事だった。発表後、当時の銀行首脳に聞くと「成果を出した人材を重用する。それだけのことだ」と語った。

■「派閥争い」やってる場合じゃない

ドラマでは銀行の「派閥意識」が描かれた。行員は「旧T」(旧東京第一銀行)、「旧S」(旧産業中央銀行)と呼び、自らの出身母体にとらわれた。実際の銀行でもこうした派閥争いがあったことは事実だろう。一方、派閥争いは「時代おくれ」との見方もある。大手行出身で法政大大学院教授の真壁昭夫氏は「半沢直樹の世界は、内部の権力抗争に終始しており、今という視点で見ると少し牧歌的だ。現在の銀行はどう生き残るのか、もっと必死に考えている」と、朝日新聞紙上(8月14日付朝刊)で語った。

実際の現場はどうなのか。ある大手銀行の役員は「役員同士の世代だと、お互いの出身銀行を意識してしまうことは事実。だが、部下と接するときは出身を気にしないどころか、出身を知らない場合も多い。実力のある部下を大事にしないと部署全体の業績がよくならない。出身が同じでもひいきはないし、違うからといって差別することもない」と断言する。

■「倍返しだ!」だけでない名ぜりふ、ビジネスパーソンの心に響く

ドラマの人気の背景には、組織に所属するビジネスパーソンが「何が正しいのか」を考えながら行動する姿勢への共感があるのだろう。作家の故・城山三郎氏が一貫して「組織と人間」というテーマを追求し、組織の中で「個人」がどんな志を抱き、悩み、何を貫こうとしたかを描いたことに通じる。

ドラマでは印象にのこるセリフが多かった。第4話で、半沢が部下に仕事の流儀を語るシーンはSNSでも話題になった。「ひたむきで誠実に働いたものがきちんと評価されること」「正しいことを正しいといえること」「組織の常識と世間の常識が一致していること」の三つだった。とくに最後の言葉は、多くのビジネスパーソンに思いあたるところがありそうだ。半沢と同じように振る舞うのは難しいが、少しでもそうありたいと思う人が多いからこその人気だった。