ネオ(Neo)は、床掃除が大好きだ。大きなビルほど、力を発揮する。
高さ4フィート(122センチ弱)、重さ1千ポンド(453キロ強)のハイテク清掃ロボット。2016年に市場に登場した。誰かが見ていなくても、自分で動き回って仕事をこなす。
開発したのは、カナダの新興企業アビドボッツ。共同創立者で最高経営責任者(CEO)のフェイザン・シークによると、販売台数は発売開始から毎年、ほぼ倍増してきた。
20年は、それが急加速した。コロナ禍で3月にロックダウンが始まると、引き合いがたちまち100%もはね上がった。任せきることができる清掃をひんぱんに、徹底して繰り返す必要性が、何にも増して問われる課題として前面に躍り出るようになった。
「それまでは、自分のところの施設が実際にどう清掃されているのか、大企業の経営トップが知っているわけではなかった」とシークは語る。「そういう業務があれば、専門業者に委託され、そこから再委託されることもあるぐらいの事案だった」
今は違う。どう掃除をするのか。作業の進め方は。安全性や効率性は。経営者自らが、こんな質問を浴びせるようになるほど関心が強まった。「それが、この作業の自動化の検討につながることがよくある」
商業不動産の世界では、まさに清掃ロボットが時流になっている。
今回のパンデミックで、清掃作業の重要性は格段に増した。その課題を克服する解決策として、清掃ロボットのメーカー側は売り込みを図っている。費用対効果は、十分に見合う。清掃回数をどんなに増やしても大丈夫。労賃のように費用が膨れ上がることもない。要求された基準を隅々まで満たしたことを示すデータを提供できる機種もある。
こうした自走ロボットは、今は床とカーペットの掃除を中心に考えられている。しかし、メーカー側は、さらに多くの関連作業を加えようとしている。
例えば、ロボットの開発・設計を手がける米マサチューセッツ州ウォルサムのボストン・ダイナミクス社。広報担当によると、消毒・除菌装置を四足歩行ロボットのスポット(Spot)に載せて使うことを他社と提携しながら研究している。
監査法人最大手のデロイトの2018年のリポートによれば、ロボットは定型的な管理事務から人手を解放するためにも利用されている。スマートテクノロジーを活用するビルが増えているだけに、(訳注=ビルの管理とロボットの運用という点で)データの収集・変換がより重要になってくるだろう。
ニューヨークの新興企業ソマティクは、噴霧技術を使ってトイレを掃除する自動ロボットの開発・製造に取り組んでいる。CEOのマイケル・レビィによれば、人間にやらせないことで、菌が拡散するリスクを減らすことができる。
しかも、このロボットは、プログラミングされた業務を常にきちんとこなす。
「消毒・除菌をするのは薬品だけれど、定められた衛生基準の順守はこの業界では厳しく求められる」とレビィは語る。「薬品を効かせるのに36秒必要だとロボットに指示すれば、毎回必ず36秒を守って作業する」
清掃ロボットという発想自体は、とくに新しいものではない。すでに1970年代にその試みは始まっている、と先のシークは説明する。ただ、業務をこなすだけの技術が未発達だった。しかも、ロボットの製造には法外なコストがかかった。
一方のネオ。一度現場を回れば、その施設の地図を自分で作る。その上で、顧客はアビドボッツ社と清掃プランの作成に入る。曜日ごとに異なる内容にすることもできる。
「ひとたびプランを決めれば、スタートボタンを押してそこから離れればよい。あとはロボットが、こなすべき道順を自分で見つけていく」
ネオは、最低8万平方フィート(7432平方メートル強)の床面積がある施設を対象に設計されている。価格は1台5万ドル。さらに、業務実績を記録し、リポートを作成するソフトウェアの使用料に毎月300ドルかかる。それだけの費用を負担する顧客にとって、損益分岐点は12~18カ月後になるとシークは見ている。
レンタルも可能だ。最低3年の契約で、維持費とソフトの使用料を含めて毎月2500ドルの料金になる。
実際の使用例を見よう。米シンシナティ・ノーザンケンタッキー国際空港。タイル張りの広大な床の掃除に、ネオが毎日3、4回投入されている。
「ネオは、人工知能の機能をよく発揮してくれている。想定進路に基づいて動いていても、何かがあれば、ちゃんと迂回(うかい)する」と空港の業務革新の担当責任者ブライアン・コブは評価する。「翌日も同じ障害物があれば、ネオは自分の作業地図にそれを書き込むだろう」
この空港では、ネオが20年1月に稼働するまでは、清掃員3人が夜間の床掃除を担当していた。毎日平均24時間の労働時間のかなりの部分を、ネオは引き継いだことになる。清掃員は不要になったわけではなく、光沢を出すための床磨きや再塗装といったより難しい仕事に振り向けられた。
さらに、コロナ禍対策にも貢献した。人の接触がひんぱんな区域の清掃回数を増やす作業に、要員を注ぎ込まなくても済んだとコブはいう。
日本の巨大な多国籍企業ソフトバンク。その傘下にあるソフトバンクロボティクスは19年11月、コンパクトなロボット掃除機ウィズ(Whiz)を米国で売り始めた(訳注=ウィズの高さ:ハンドル収納時で65.3センチ。本体の重さ:バッテリーなしで約30キロ)。同社のブランド戦略コミュニケーション担当のカス・ドーソンによると、今では世界中で1万台を超えるウィズが動き回っている。
この製品に目をとめたのが、コネティカット州エンフィールドにある清掃会社スパークル・サービスの社長ジェフ・ティングリーだった。地元州から近隣のニュージャージー、ニューヨーク両州にかけて、大規模商業施設を対象に事業を展開している。
もともとロボットの活用には、関心があった。しかし、技術面や費用対効果に満足できず、採用を見送ってきた。
「清掃作業では、掃除機をかけることに最も時間をとられる。ウィズなら、(訳注=人手をかけるのと比べて)実質的にその時間を90%も減らせる」とティングリーは話す。「それでも、机やイスの下の清掃にはまだ要員が必要だが、労働時間を大幅に削ることができた」
ウィズのリース料は、維持費やデータ収集の費用を含めて月500~550ドル。提供されるデータは、顧客にとっては「清掃証明にもなる」と先のドーソンは胸を張る。
ウィズのソフトウェアを開発したのは、カリフォルニア州サンディエゴにあるブレインコーポレーション。主に清掃業や倉庫業の関連メーカーと提携。同社の自動運転テクノロジーBrainOSは、テナント、ミニットマン、ケルヒャーなど各社の清掃ロボットにも組み込まれている。
20年の第2四半期で見ると、BrainOSを使った清掃ロボットの利用度は前年同期比で24%増えた。日々の使用時間の中央値も、2.15時間から20%増の2.58時間になった――同社の販売部門幹部クリス・ライトは、こう数字をあげる。しかも、増えたのは日中の時間帯が多く、清掃スケジュールが大きく変わっていることをうかがわせている。
「清掃は、各種の業務の中でも、最初の方に持ってこられるようになった。清潔さが、企業イメージにとって重要になったからだ」とライトは指摘する。「今は、誰しもビルに入るのに、ためらいがちになる。そんな不安をすぐに取り払う方法の一つは、きちんと清掃されていることを見てもらうことだ」
スパークル・サービスのティングリーも、ある事務フロアをウィズが掃除しているときにそんな状況を目撃している。
ウィズは、誰かが前に来ると止まる「優しいロボ」だ。方向転換するときには、点滅灯をつけて注意を促す。それを見るみんなのまなざしが、温かかったというのだ。
「これほど用心しなければいけないようになって、ビルの中では不安なまなざしによく出会う。ときには、しかめ面すらある」とティングリーは話す。
「そこにウィズが通りかかると、空気がなごんで笑みが浮かぶ。まるでペット。みんな、名前を付けたがっているよ」(抄訳)
(Lisa Prevost) ©2020 The New York Times
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