汗をしたたらせながら、最後まで食らい続けた。その数は、10分間で75個(パンも含めて)にもなった。
毎年7月4日の米独立記念日の恒例行事となったニューヨーク・コニーアイランドでの「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」。2020年の男子部門は、米国人のジョーイ・チェスナットが自己の世界記録を更新して13回目の栄冠を手にした。
女子部門では、日本人の須藤美貴が48.5個の新記録で7年連続の優勝を果たした。
20年の選手権は、コロナ禍のせいで(訳注=会場が屋外から屋内に変わり、観客なしの)ネット中継となった。それを食い入るように見つめ、記録を破れと応援する人がいた。
ノースカロライナ州にあるハイ・ポイント大学の教授ジェームズ・スモリガだ。獣医師であり、トレーニング方法を中心としたスポーツ医学の専門家でもある。この数カ月間というもの、10分の制限時間内に人間が食べることができるホットドッグの最大数をはじく数量分析に取り組んできた。
「その答えは、83個」とスモリガはいう。
分析結果を論文にまとめ、このほど(訳注=英科学誌「バイオロジー・レターズ」で)発表した。この最大数は、最近39回のネイサンズ早食い選手権の記録と、厳しいトレーニングによる能力向上を見込んだ人的パフォーマンスの数量モデルをもとに算出された。
「素晴らしい論文だ」とミネソタ州に本部がある総合病院メーヨー・クリニックの医師で、人的パフォーマンスの専門家でもあるマイケル・ジョイナーは語る。
トレーニングをすると、人間の能力は一般的に途中までは大幅に伸びる。しかし、高度なプロのレベルに達すると、伸びは鈍化する。今回の分析でも、早食い能力の向上はこうした推移を見せた。スモリガが(訳注=遊び心を持ちつつも)真剣に取り組んでいる点がとくによいとジョイナーは評価する。
スモリガの計算では、体重の違いを調整すると、世界の最高水準にある早食い選手は、一定の時間内なら、熊の中で最大級のハイイログマやオオカミに近いコヨーテよりも多くのホットドッグを平らげることができる。
ハイイログマは、1分間にホットドッグ8個相当を食べられる。チェスナットだと、(訳注=75個の10分の1の)7.5個になる。ただし、クマの方は、このペースで6分以上は食べ続けることができない。チェスナットと須藤が、こうした動物より優れているのは、食べる速さの維持にある。
それでも、上には上がいる。大型オオカミのハイイロオオカミは、1分間にホットドッグ11個相当を食べ切る。ビルマニシキヘビだと、人間は足もとにも及ばない。一度に最大で体重の75%ものエサをのみ込むことができるからだ(訳注=大きいものだと体重は75キロにもなる)。これを体重132ポンド(60キロ弱)の須藤にあてはめると、99ポンド(45キロ弱)ものホットドッグを1回で食べるという計算になる、とカリフォルニア大学アーバイン校の進化生物学者でヘビに詳しいジェームズ・ヒックスは話す(もっとも、ニシキヘビが10分間でどれだけホットドッグをのみ込むかを見る科学的な実験はまだなされていない)。
ただし、食べる速さや量が分かっている他の動物と単純に比べても、早食い競争でどこまで能力を発揮できるかを予測する最善の手法とはいえないかもしれない。
「人間と動物との比較は面白いけれど、調べる目的にきちんとかなっているのかどうか」とベルギーのヘント大学の動物栄養学者アンネリース・デカウペルは首をかしげる。野生の動物が食べる量は、普段の生態からはじき出される。一方、早食い選手の記録は、非日常的な摂取方法の結果だ。「動物も(訳注=通常とは違う食べ方で)人間と一緒に同じ大会に出たら、誰が勝つのか分からない」というのだ。
スモリガも、ペース配分を十分に考慮していなかったことを認める。「もっと短い時間内なら、チェスナットのようなトップ選手はオオカミと似たような割合で平らげることができるのかもしれない」
人間(もしくは動物)が、一度に食べることができる量を制限している最も大きな要因は、胃がどれだけ膨らむかという拡張性だ。
男性2人の消化管の対応能力を調べた実験が、2007年に行われている。1人は、早食いの選手。もう1人は、比較対象にボランティアで応じた普通の人。模擬のホットドッグの早食い大会を、研究室で開いた。比較対象者は7個でやめた。「これ以上は、一口でも気分が悪くなる」と訴えた。一方の早食い選手は、36個を済ませていた。
2人の間の最も際立った違いは、早食い選手の胃の驚くべき拡張性だった。実験の間、食べたものは胃にとどまり、腸には行かなかった――この結果を論文にまとめた主な執筆者の一人、ペンシルベニア大学病院の教授デービッド・メッツは、こう説明する。
この拡張性が、どれだけ先天的なものなのか、あるいは訓練で向上できるものなのかは、完全には解き明かされていない。しかし、ネイサンズの早食い選手権に出たトップレベルの選手の大多数は、記録を上げている。「下がった選手は一人もいない」とメッツはいう。
こうした記録が描くパフォーマンスの曲線は、早食い選手の胃が元の大きさに戻らなくなっていることを示唆している。「大きなたるんだ袋が、元の胃の代わりに残っているようなもの」とメッツは例える(しかも、健康上の懸念は、これだけにとどまらない。これまでの早食い大会では、少なくとも7人が窒息死している)。
膨らんだ胃を須藤(訳注=1985年7月22日生まれ)はとくに気にもせず、さまざまな食べ物を大量に摂取するトレーニングを続けている。スープや丸ごとのブロッコリー。それに、「馬も死にそうなぐらいの量のケール」も。
20年のネイサンズの選手権を前に、須藤はパートナーのニック・ウェーリー(本番の20年の男子部門では39.5個を食べて3位になった)とともに90個のホットドッグを食べ合いもした。2人は、毎日のようにジムに通って体を鍛えている。「体重が軽くて体調が万全なほど、記録もいい」と須藤は語る。
スモリガによると、ネイサンズの選手権で最初のころに優勝したのは肥満体の男性だった。しかし、記録は下がるようになり、もっと細身の勝者が増え始めた。その理由の一つとして考えられるのは、肥満体の胃の周りについている余分な脂肪がベルトのように作用し、胃があまり膨らまないということだ。
ネイサンズの選手権では、ホットドッグもパンもこの40年間は変わっていない。にもかかわらず、トップクラスの早食い選手のパフォーマンスは約700%も向上している(訳注=1980年の優勝者が食べたのは9個、翌81年は11個)。「この1世紀余の間に、記録がこれほど伸びたスポーツはない」とスモリガは指摘する。
こうした華々しい記録の伸びとは裏腹に、記録を生む構造はとくに異例というわけではない、と先のメーヨー・クリニックのジョイナーはいう。
ある大会が、より広く知られるようになる。すると、「それが誘因になり、名声や賞金を目指してみんなトレーニングに励むようになる」。出場者の数が増え、能力も向上し、新記録が出るというパターンだ。
スモリガの「10分間で83個」の予測が、実現不可能のように思えるなら、こんなことも考えるべきだろう。
先のペンシルベニア大学病院のメッツが07年に実施した実験では、早食い選手がホットドッグ36個を食べたところで、研究陣がストップをかけていた。このまま続ければ、胃に穴が開くのではないかと心配したからだ。
13年後に、チェスナットはその倍以上も平らげた。それは、本当の限界は誰にも分からないだろう、ということを示唆しているのではないか。最後の最後に、そこにたどり着くまでは。(抄訳)
(Christie Aschwanden)(C)2020 The New York Times
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