ミャンマー・シャン州のジャングルに覆われた丘陵は、グローバルな貿易ルートの前哨基地には見えないだろう。ところが、世界の合成麻薬の取引の多くはこの遠隔地が起源になっている。そこは民族紛争で疲弊し、通常の取り締まりでは邪魔されないのだ。
国連によると、シャン州で2カ月にわたり麻薬の取り締まり作戦が展開され、東南アジアの記録では最大量の合成麻薬が差し押さえられた。
ミャンマーの軍と警察が2月20日から4月9日にかけて計44回の急襲をかけ、メタンフェタミンを2億錠、結晶性メタンフェタミン1120ポンド(約500キロ)、ヘロイン630ポンド(約285キロ)、生アヘン約300ポンド(約140キロ)、アヘン用のケシ640ポンド(約290キロ)、メチルフェンタニル990ガロン(約3750リットル)を押収した。
「この作戦はかつてない量の麻薬の押収につながった」とシャン州警察の広報官ウィンテインシャンは語った。「今後はさらに力を入れていきたい」
麻薬は、クトカイ地区の森林地帯に隠されていることが多い遠隔地のラボで量産されており、ミャンマー当局によると、今回の価格は2億ドル余りだが、西側諸国の末端価格ならそれをはるかに超える額になる。
「シャン州の麻薬取引は、新型コロナ禍の広がりの中、よりおおっぴらになっている。警察が忙しいからだ」とティンマウンテインは言う。シャン州北部のチャウクメの町にあるミャンマー麻薬対策協会の地区会長だ。「あらゆる種類の薬物価格が下がっているが、これは新型コロナで取引が容易になったことを意味している」と言い添えた。
米国で過剰摂取の危機を引き起こした合成オピオイドに関連するメチルフェンタニルが大量に見つかったことが、とりわけ麻薬取り締まり当局者を心配させている。彼らは、ミャンマーでこれほど大量に生産されていることがわかったのは初めてだと言っている。数年前、組織犯罪の専門家たちは東南アジアの犯罪シンジケートがメタンフェタミンの取引を支配し始めたので注目していた。
ミャンマーがラオスとタイと隣接する「ゴールデン・トライアングル(黄金の三角地帯)」は今や、メタンフェタミンの世界最大の生産地になったとみられている。中国が合成刺激剤の違法製造に転用されていた医薬成分を取り締まった後に、そうなった。
米国では何万もの人が過剰摂取で死亡していると非難されるフェンタニルは、メタンフェタミンよりはるかに致命的である。麻薬専門家は、薬物の合成に必要な前駆体成分(訳注=化学物質が合成される前の段階の物質)の多くに中国の製造業者が関与しているとみている。米大統領ドナルド・トランプは2018年末、中国国家主席の習近平との会談で、この薬物問題を持ち出した。
米国の対中貿易交渉にフェンタニルが関わり出すと、中国はグローバルな圧力に直面する中でメタンフェタミンに対して講じたのと同じように、その取引を抑制し始めた。そう薬剤の専門家は指摘する。昨年、中国当局はあらゆる形態のフェンタニル成分の規制を宣言した。
ところが、中国の取り締まりは他の場所に好機をつくり出しただけだと麻薬のアナリストは言っている。
「組織犯罪や麻薬シンジケートは、政府が機能不全だったり、政府の制御に限界があったり、また化学物資を入手しやすかったりするところに、ビジネスの場を求める」。国連薬物犯罪事務所(UNODC)の東南アジア地域代表ジェレミー・ダグラスは指摘する。「シャン州は、すべての点でピッタリだ」と言うのだ。
今年のミャンマーでの麻薬取り締まり作戦で、中国、インド、タイ、ベトナムから入ってきた前駆体成分が見つかった。そうダグラスは述べながら、シャンのラボで使われている多様な国からの化学物質を提示し、国境を越えた犯罪シンジケートの関与を示唆した。
ミャンマーの当局者は当初、メチルフェンタニルの正確な用途についてはっきりわかっていなかった。それは、もっとなじみのあるメタンフェタミンの錠剤や結晶性メタンフェタミンの袋と一緒に見つかったのだ。当局によると、メチルフェンタニルがどこへ運ばれるのかもまだ確信が持てていないが、その量の多さから、最終目的地は麻薬の最大市場がある北米の可能性が高いと踏んでいる。
ダグラスが言うには、メキシコのフェンタニル生産は西側世界の新型コロナ封鎖で妨害されているようだが、シャンのシンジケートは前駆体成分を備蓄する傾向があり、供給不足に直面しているようにはみえない。
「アジアの犯罪組織が新型コロナをビジネスの好機ととらえてメキシコのシンジケートに入り込み、彼らのフェンタニル製品が北米など世界に運ばれることをとても心配している」とダグラス。「そうなれば、私たちの公衆衛生が直接脅かされる」と言っている。
シャン州は絶望的なほど貧しく、住民の多くは反政府民族組織とミャンマー軍との70年間にわたる交戦に巻き込まれてきた。非営利組織「国際危機グループ(ICG)」が昨年発表した報告書によると、同州の公式上の経済は違法薬物の生産と密輸で縮んでいる。
シャンの住民は何世代にもわたってアヘンの生産で生計を立ててきた。アヘン用のケシを原料にしたヘロイン生産では、ミャンマーはアフガニスタンに次いで世界第2位だ。
しかし、農業は時間がかかるし、思いがけない自然の変化にやられる可能性がある。メタンフェタミンやフェンタニルのような合成薬物は、当局による監視の目がない限り、生産はずっと安上がりで簡単だ。
ミャンマーの多くの民族ゲリラ勢力は、長い間、少数民族の権利を踏みにじってきた中央政府からの自治権獲得のために戦ってきた。その軍資金を麻薬取引に頼ってきたのだ。米財務省は麻薬取引をめぐって「ワ州連合軍(UWSA)」と関係を持つ個人に制裁を科してきた。ワ族はミャンマー最大の民族軍を有しており、シャン州北部にある拠点はミャンマー政府の統制が利かない。
ミャンマーの軍隊は資金難に陥りながらも、アジア最大の常備軍の一つを展開させている。ようやく子どもを抜け出したくらいの年齢で、装備が整っていないことも多い兵士たちは、少数民族が集中する国境地帯での戦闘に巻き込まれている。
今回の記録的な麻薬の押収量でさえ、地域の専門家たちは、それがシャン州にあるジャングルの要塞(ようさい)で量産されている麻薬のほんの一部にすぎないと懸念する。
「しばらくの間、何かがあると思っていたが、今回の規模のようなものではない」とUNODCのダグラスは言う。「これは巨大なビジネスで、もっと大規模になるのはほぼ間違いない」と付け加えた。(抄訳)
(Hannah Beech、Saw Nang)(C)2020 The New York Times
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