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新型コロナが直撃したF1ビジネス、オーストラリアGPで見た混乱

World Now 更新日: 公開日:
F1オーストラリアGPの中止が決まった後、コースには赤いシグナルが灯っていた=2020年3月13日、メルボルン

レッドブル・ホンダやフェラーリ、メルセデスなど華やかなF1チームのウェアに身を包んだ大勢のファンから、大きなブーイングがわき上がった。

3月13日に初日の走行が始まるはずだったF1開幕戦オーストラリアGP。入場開始時間を過ぎてもゲートは開かず、中止の決定が発表されたのは、1時間余り後の午前10時過ぎだった。前夜、名門チーム「マクラーレン」で新型コロナの感染者が判明。感染拡大のリスクから、予定通りの開催は難しいとみられたが、主催者からの発表は遅れ、ファンにとっては遅すぎるタイミングとなった。

レースの中止決定後、開かなかったゲートの前で抗議をするファンの男性=2020年3月13日午前、メルボルン

ただ、ファンの表情に浮かんでいたのは、怒りというよりは戸惑いだった。シドニーから来た男性は、昨年は日本でラグビーワールドカップやF1を観戦。今年は地元で楽しむ予定だった。「せっかく準備してきたのに……」と無念の表情を浮かべた。わざわざ外国から訪れたファンも多い。英国から来たギャビン・ハーディ(40)は「2週間前なら中止の決定も理解できるけど、我々はもうここに来た。無駄足になってしまった」。大阪から観戦に来た水口俊也(36)はスマホを見て中止を知ると、「あっ」と言って天を仰いだ。妻の恵理子(40)は「もっと早く決めてくれれば別の場所に行けた」と不満な表情を見せた。

レースの中止が決まり、ピットの人影もまばらだった=2020年3月13日、メルボルン

実はF1開幕への懸念は、すでに2月下旬には浮上していた。中国に続いてイタリアで感染者数が急増。第2戦が行われる中東のバーレーンがイタリアからの入国者に14日間の自主隔離を求めるなど、圧倒的な人気を誇るフェラーリなどのイタリア勢が参加できない恐れが出ていた。4月の中国GPはいち早く延期が決定。バーレーンGPも史上初の無観客レースにすると決めていた(その後、延期を発表)。

だが、オーストラリアGPについては、F1側も地元の主催者側も強気の姿勢を崩さなかった。その背景にあるとみられるのが、主催者がF1側に払った数十億円規模の開催権料の取り扱いだ。中止になれば、返還するのか、しないのか。F1ジャーナリストのルイス・バスコンセロスは「F1側も主催者側も自らの責任となって費用を負担するのを嫌がり、相手が言い出すのを期待していた」と指摘する。

レースの中止が急に決まり、片付けをするチームのスタッフ=2020年3月13日、メルボルン

メルボルンの特設コースにチームや関係者、メディアが入ってからも、新型コロナへの警戒感はそれほど高くなかった。記者は3月12日に会場を訪れたが、マスク姿の人はほとんどおらず、通路やプレスルームなどに置かれた消毒液を使う人も見なかった。心配されたイタリア勢も無事に入国。フェラーリ広報は「みんな到着できた。問題ない」と強調。プレスルームでもイタリア人記者が「イタリア人だけで固まろうか」などと談笑する姿を見かけた。

一方で、F1で6度王座に輝くドライバーのルイス・ハミルトンは同日の記者会見で「僕らがここにいることに、本当に、とてもとても驚いている」と不満を表明。「トランプ(米大統領)は欧州から米国への国境を閉じ、(米プロバスケットボールの)NBAは延期になったのに、F1は続いている」と心配していた。

だが、感染の疑いが浮上すると、会場の雰囲気は一変。隠れていたウイルスへの恐怖が一気に表に出てきた。ドライバーは会見を欠席し、ファンイベントも次々と中止に。感染が確定した後は、一部のドライバーがすぐに帰国。中止決定後の記者会見は屋外で開かれ、メディアはかなり離れた距離から話を聞いた。トイレに入ると、ウイルスを流そうと、頭から首、腕を懸命に洗う人もいた。

中止後の記者会見は屋外で開かれ、メディアは遠くから話を聞いた=2020年3月13日、メルボルン

F1の開催地はもともと欧州が中心だったが、最近はアジアや中東の新興国などに地域を拡大。今年は初開催のベトナムを加えて史上最多の22カ国で開かれる予定だった。しかしF1は、チームやメディアなど約3000人が集団で世界各国を移動し、観客も国境を越えて毎回10万人規模で集まる。感染防止の決め手はなく、わずかでも感染者が紛れれば、一気に広がる恐れがある。

5月3日時点で6月下旬の第10戦までが中止や延期になったが、もはや感染拡大が落ち着いても、すぐに新型コロナへの恐怖が消える状況ではない。無観客レースで7月や8月に開幕する案も出ているが、さらにずれこむ可能性もある。

「カオスのF1」。地元紙は軒並み、1面でF1の混乱ぶりを伝えていた=3月13日、メルボルン

混乱が長引いて、懸念されるのが参加チームの財政悪化だ。1チームの年間予算は数百億円規模で、開催権料やテレビ放映権料の分配金、スポンサー料が収入の柱。レースが減って減額されれば、破綻(はたん)するチームが出てくる恐れもある。もともと過密日程のため、延期されたレースも、代わりの日程を見つけるのは容易ではない。

現代のF1はハイブリッドシステムを採用するなど開発費が高騰。以前に比べて優勝へのハードルが上がり、いまは参加10チーム中、実質的にメルセデスとフェラーリ、レッドブル・ホンダのトップ3チームだけにチャンスがある状態だ。昔より新規に参入するチームも少なくなり、有力チームでも撤退の噂が飛び交っている。上位チームと下位チームの差を縮めようと、21年からは年間予算の上限を決めるバジェットキャップを初めて導入する予定だったが、その矢先に新型コロナの危機が直撃した。

フェラーリ抜きでもF1と呼べるのか。そんな疑問が出るほどの人気を誇るフェラーリ=3月12日、メルボルン

08年のリーマン・ショック後は企業業績の悪化で、ホンダやBMW、トヨタがF1から撤退した(ホンダは15年に復帰)今回の危機はその時よりもさらに深刻で、今年の世界経済は1929年からの大恐慌以来の景気後退になると予想されている。F1にとっても、ほかのグローバルイベントにとっても、今年は大きな転機を迎えることになりそうだ。