この地球上で最も驚異的な生き物のいくつかは、川や湖の底深くに隠れている。重さが600ポンド(約270キロ)以上になる巨大ナマズ、フォルクスワーゲンのビートルの長さぐらいあるエイ、ネズミ1匹をまるまるのみ込める体長6フィート(約182センチ)のマスなどだ。
いわゆる淡水の大型動物は約200種いるが、陸生や海洋生と比べ、研究者による調査は不十分で、一般にはあまり知られていない。しかも、ひっそりと消えつつあるのだ。
研究者たちは1月、中国の揚子江流域を徹底的に調べた後に、シナヘラチョウザメの絶滅を宣言した。シナヘラチョウザメが最後に目撃されたのは2003年(訳注=2007年説や2011年説などもある)だが、体長が23フィート(約7メートル)にもなり、かつては中国の多くの川に生息していた。乱獲とダムが個体群を滅ぼした。
ヘラチョウザメのケースは前触れかもしれない。科学誌「Global Change Biology」に19年8月に掲載された調査結果によると、大型淡水動物は近年、世界中で88%減少した。
「この研究は目標に向けた第一歩だ」。米ネバダ大学リノ校の水生生態学者で、今回の研究の共著者ゼブ・ホーガンは言う。「保全状況の研究だけでなく、それを超えてこうした動物の生息環境を改善する方法を検討したい」
淡水種に焦点を置く科学者は比較的少数だが、彼らにとって、最大の種が消滅しつつあるというニュースは驚くに当たらない。ホーガンは20年前に巨大魚の研究を始めて以来、多くの種の衰退を目撃してきた。そして今また、少なくとも一つの種――シナヘラチョウザメ――の絶滅を見た。
「私が研究を始めた時に希少だった種は、今や絶滅の危機にあり、以前はずっとありふれていた種が希少種になっている」と彼は指摘する。
ホーガンと同僚たちは論文で、大型淡水動物を、基本的に淡水または汽水域に生息し、成長すると重さが66ポンド(約30キロ)を超える脊椎(せきつい)動物と定義している。ホーガンらはそうした種を207種特定し、それぞれについて少なくとも二つの個体数の測定結果を得るため、学術文献を徹底的に調べた。
彼らは、126種について基準に適合するデータを見つけた。それらは主に魚類だが、ビーバー、カワイルカ、カバのような哺乳動物や、ワニ、オオサンショウウオ、ワニガメといった冷血動物も含む。
独ベルリンの「ライプニッツ淡水生態学・内水漁業研究所(IGB)」の生態学者ゾニア・イェーニヒは、もっとデータがあれば、「状況はおそらく、より悪くなるはずだ」と言っている。
研究者たちの分析によると、大型淡水動物の個体数は1970年から2012年までに世界で88%減った。最も打撃を被ったのが魚類で、94%減少した。中でも中国南部と南アジア、東南アジアが最悪で、99%を失った。
「淡水の大型動物はトラやパンダに匹敵する」とイアン・ハリソンは指摘する。「Conservation International」(訳注=米国に本部を置く非営利の環境保護団体)の淡水学者で、今回の研究には関わっていない。「そうしたひときわ目立つ種が非常に脅かされており、それが象徴する脅威は淡水系の全種にあてはまるというメッセージは強力だ」
世界自然保護基金(WWF)によると、淡水動物の個体数は一般に、陸生動物や海洋動物と比べて2倍以上の割合で減少している。そうした減少を招いている要因の多くは乱獲、汚染、生息域の劣化、分水や抽水などだ。しかし、その多くが回遊性の巨大魚類に対し、致命的な害を与えるのはダムである。
昨年5月に発表された研究によると、世界の主要河川の3分の2はもはや自然な水流になっていない。アマゾン川やコンゴ川、メコン川など大型動物が豊かな流域で何百ものダムの建設が計画されていたり、すでに建設中だったりする。
「私たちは、種の保全と人間にとっての水の必要性のバランスをいかに保つかという問題に直面している」とハリソンは指摘する。「気候変動の影響がこの問題を一層難しくさせるだろう」と言うのだ。
しかし、今回の最新研究の筆者たちは、大型淡水動物の生き残りを確実にする戦略はいくつもあり、ポジティブな変化の兆しもあると強調している。
「私たちは一般に向けて、将来に希望がもてないメッセージを送るつもりはない」とIGBの生態学者で研究論文の中心筆者フォンチー・ホーは言う。
保全戦略は可能だし、機能する。たとえば、米ウィスコンシン州のウィネベーゴ湖周辺に住む人たちは1930年代以降、ミズウミチョウザメの個体数を追跡してきた。この湖は現在、北米で絶滅が危惧されている種の最も多くの個体が生息する場所の一つになっている。
体長10フィート(3メートル余)で、空気を吸う南米の魚のアラパイマ(arapaima)は、乱獲が原因でアマゾン流域からほとんど姿を消してしまった。だが、個体数の持続可能な保全管理をしているブラジルの漁村では、アラパイマの数は10倍に増えている。
米国の場合、「絶滅の危機に瀕(ひん)する種の保存に関する法律(ESA=種の保存法)」による保護が、減少していたグリーンチョウザメとコロラドパイクミノー(訳注=コイ科魚)の個体数の安定化に役立った。
政策立案者たちはまた、特定の水域を非汚染地に指定するために「Wild and Scenic Rivers Act」という法律を活用してきた。この方法で、オレゴン州のローグ川に生息する体長7フィート(2メートル余)のグリーンチョウザメが保護され、モンタナ州のミズーリ川にいるアメリカへラチョウザメも同様に保護されている。
河川の修復やダムの撤去事業が広まっている。全米では1500のダムが解体された。
しかし、淡水域の保護は全体的にまれである。米国の陸地は約13%が保全されているが、河川の保全は0.25%以下でしかない。
一方、草の根レベルの介入は時に、政府の関心不在状況にポジティブな変化を強いる。バングラデシュやニュージーランド、エクアドルなどでは最近、市民が河川に関する法的権利を確保した。それは、裁判所はそうした水域を生命体として扱わなければならないことを意味する。
ブラジルのアマゾン川での巨大ダムの建設プロジェクトは、市民による抗議と再生可能エネルギーを求める動きで、18年に中断された。チリでの抗議は、12年、パスクワ川とバケル川をダムでせき止める代わりに、太陽光や風力で発電する決定につながった。
実際のところ、再生可能エネルギーの価格が低下するにつれて、特に大型ダムによる河川の分断がまだ起きていない途上国では、太陽光や風力が水力発電に代わり得る手段になってきている。これは、WWFの首席淡水学者ミシェル・ティームの指摘だ。
「途上国には、世界の他の地域が犯したあやまちを乗り越えて回避する真のチャンスがある」と彼女は言う。
たとえば、カンボジアは最近、60メガワットの太陽光発電所の建設を認可した。ただし依然として、メコン川の大型ダム建設も検討している。そうしたダムは、絶滅が危惧される回遊魚の動きを妨げ、絶滅危惧種のイラワジイルカにとって大切な生息環境を破壊する可能性がある。
こうした戦略はどれも単独では、世界の大型淡水動物のすべてを救うことはできないだろうが、ネバダ大のホーガンと同僚たちは、まとめれば多くの種の状況を変えることができるし、淡水生物多様性の保全に役立つと信じている。「これらケタ外れの魚類は、この地球での暮らしや経験を豊かにし、価値のあるものにしてくれる」とホーガン。「そうしたすばらしい動物たちを皆殺しにしてしまった惑星に住みたいのか、あるいは共存する方法を見つけられる惑星に住みたいのか、どっちだ?」と彼は問いかける。(抄訳)
(Rachel Nuwer)©2020 The New York Times
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