あまりに多くの時間をスマートフォンやソーシャルメディアに費やすと、特にティーンエージャーの間で、不安神経症、うつ病などメンタルヘルス(mental health=精神衛生)上の問題の急増につながるとの説が常識になっている。
しかし、そうした常識は間違っているとする研究成果を出す学者が増えている。
心理学の教授2人が1月17日に発表した最新の研究は、ソーシャルメディアの使用と青少年のうつ病や不安との関連性についての約40件の研究を徹底的に調べた。教授たちによると、関連性はわずかで、一貫性がないという。
「この問題についてそれほどパニックを起こしたり、あわてふためいたりするような根拠はないようだ」とキャンディス・オジャーズは指摘する。米カリフォルニア大学アーバイン校(UCI)の教授で、学術誌「Journal of Child Psychology and Psychiatry」(児童心理学・精神医学ジャーナル)に発表した論文の主著者だ。
私たち、とりわけ子どもたちがスマホを見つめることの有害性に関する議論は、おおむね、私たちが持ち歩くマシンがメンタルヘルスに重大なリスクをもたらすという前提に基づいている。
スマホに関連する懸念は、スマホの集中使用による影響を調べる法律を議会に採択させ、投資家が大手テクノロジー企業に圧力をかけて若い顧客への取り組み方を変えるよう促した。
世界保健機関(WHO)は昨年、1歳未満の幼児をスマホ画面にさらすべきではないし、2歳から4歳の子どもは毎日「座り込んでのスクリーンタイム(画面を見る時間)」を1時間以上過ごすべきではないと指摘した。
シリコンバレーでさえ、テクノロジー企業の幹部たちは彼らが開発した機器やソフトウェアから自分の子どもを遠ざけることを重視している。
だが、一部の研究者たちは、そうした恐れを正当化できるか疑問視する。彼らは、スマホの集中的な使用に問題はないと主張しているわけではない。携帯電話を使い過ぎる子どもたちは運動など貴重な活動の機会を逃しかねない。それに、スマホの使用過多にはメンタルヘルスに問題を抱える子どものような特定の脆弱(ぜいじゃく)な人たちの問題を悪化させる可能性があることを研究は示している。
しかしながら、研究者たちは、スマホの画面がティーンエージャーの間で不安や睡眠不足の割合を増加させているといった広範な社会問題の原因とする見方の広がりに疑問を投げかけている。彼らによると、多くの場合、スマホは、子どもがスマホ無しでも抱えている問題を映し出す鏡にすぎないのだ。
子どもをスクリーンから遠ざけることに重点を置くことで、低所得者――彼らはスマホをより使う傾向がある――がスマホをもっと有効に使うにはどうすればいいかとか、オンラインで生活を共有するティーンエージャーのプライバシーをいかに守るかといった問題について、より有意義な会話を交わすのを難しくさせている。それを研究者たちは懸念する。
「スクリーン問題で子どもたちを怖がらせる人の多くは、社会の注目を集め、それに乗じようとしている。しかし、それは社会にとって極めて悪いことだ」とアンドリュー・プジビルスキは言う。英オックスフォード・インターネット研究所(OII)の研究部長で、このテーマで数件の研究を発表している。
UCIのオジャーズとグリーンズボロにある米ノースカロライナ大学のマイクライン・R・ジェンセンの新しい論文は、英ケンブリッジ大学の研究者エイミー・オーベンの分析結果の発表から数週間後に発表された。米スタンフォード・ソーシャルメディアラボ(SML)の創設者ジェフ・ハンコックによる似たような研究の発表予定より少し前の時期でもある。双方とも、同じような結論だった。
「携帯電話とウェルビーイング(well-being、訳注=健康で幸せなこと)に関して目下、支配的になっている言説は、誇大な宣伝と懸念に満ちている」とハンコックは言う。「でも、携帯電話の影響は適切な食事や睡眠、あるいは喫煙と比べれば、はるかに小さい」
スマホユーザーのウェルビーイングを調べた226件の研究についてのハンコックの分析は、「ウェルビーイングのあらゆるさまざまなタイプに注目すると、影響の実際の規模は基本的にゼロである」
スクリーンタイムとメンタルヘルスに関する論争はiPhone登場の初期にさかのぼる。米国小児科学会(AAP)は2011年、医師たちに「フェイスブックうつ」を警告する論文を発表した。この論文は広く引用された。
ところが16年までに、さらに他の研究が出てくると、AAPは声明を修正した。フェイスブックうつについての言及を削除し、それとは食い違うエビデンス(訳注=科学的な証拠)やソーシャルメディアを使うことの潜在的な利点を強調したのだ。
修正された声明の中心筆者の一人であるメーガン・モレノは、元々の声明には問題があったとし、「強力なエビデンス無しにパニックを招いたためだ」と言っている。
米ウィスコンシン大学の小児科教授モレノは、彼女自身の医療行為を通じて、メンタルヘルスの問題を抱えながらもソーシャルメディアに助けられる子どもたちの多さにしばしば驚いていると述べた。ソーシャルメディアが提供する資源や繋がりがそうした子どもたちの役に立つからである。
スマホとメンタルヘルスの関係についての懸念は、心理学者ジーン・トウェンギが米総合誌「The Atlantic」に書いた2017年の記事とその関連のような注目の研究でも指摘された。トウェンギは、ティーンエージャーの間で近ごろ増えている自殺やうつ病はスマホの登場と関連性があると主張したのだ。
彼女は「スマートフォンはひとつの世代をダメにしたか?」という論文で、2012年以降、10代の不安やうつ病、自殺が急増したとの報告をスマホやソーシャルメディアの普及の結果であると関連付けた。
トウェンギを批判する人たちは、彼女の研究はスマホの登場とメンタルヘルス問題の実際の増加との相関性を見いだしたが、スマホが原因であることを立証していないと指摘する。
うつや不安の潜在的要因が他にも数多くあるときに、うつ病の増加とティーンエージャーの過度のスマホ使用を結びつけるのはいかにも安易、と研究者たちは主張する。さらに言えば、スマホがより普及している欧州の大部分で、不安や自殺率の上昇はみられない。
「電話以外で、アメリカの子どもたちの心配事は何か?」とハンコック。「気候変動はどうか? 所得格差は? 学生ローンによる借金問題は? 多大な影響を及ぼすいくつもの大きい構造的な問題があるが、それらは目に見えないし、見ようともしていない」と指摘する。
トウェンギは、依然として従来の見解を維持しており、ソーシャルメディアの使用とメンタルヘルスの不調には特定の関連があるとする学者による数件の最近の研究に言及。ある論文は、大学生のグループがソーシャルメディアの使用を3週間やめたら、孤独感や抑うつ感が低下したことがわかったとしている。
オジャーズ、ハンコック、プジビルスキは、いずれもテクノロジー業界から研究資金を得ているわけではなく、プライバシーや企業の透明性の欠如といったメンタルヘルス以外の問題についても業界に率直な批判を呈してきたと言っている。
オジャーズは、人びとが自分の研究結果を受け入れるのに苦労しても驚かないとも付け加えた。
彼女は、2人の息子たちにiPadを使う時間をもっと与えるのは躊躇(ちゅうちょ)していることを認めた。だが最近、息子と一緒にビデオゲームのFortniteで遊ぼうとして、これは思いがけずポジティブな体験だと思った。
「私たちが育った環境ではないから、骨が折れる」とオジャーズ。「時々、少し怖いことがある。私にも、そういう時がある」と話していた。(抄訳)
(Nathaniel Popper)©2020 The New York Times
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