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人を刺さないクラゲに群がる観光客 南の湖で起きている命の危機

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
**EMBARGO: No electronic distribution, Web posting or street sales before 3:01 a.m. ET Monday, Nov. 4, 2019. No exceptions for any reasons. EMBARGO set by source.** Mastigias Papua, the most common of the four species of stingless jellyfish in Kakaban Lake, on Kakaban Island in Indonesia, Oct. 12, 2019. For divers, the millions of harmless jellyfish in an Indonesian lake are must-see novelties. For scientists, the warmer, more acidic and less oxygenated water is “a projection of our future climate.
カカバン湖で最も多く見られるオレンジ色のクラゲ=2019年10月12日、Adam Dean/©2019 The New York Times。この湖には計4種のクラゲがおり、いずれも人を刺すことはない

死をも覚悟したように大きく息を吸い込んで湖に入ると、すぐに何百匹ものオレンジ色のクラゲに取り囲まれる。もし、刺されたら……。

次の動きには、細心の注意が必要となる。死につながるかもしれないからだ。

といっても、ここではそれはクラゲにとってのこと。人間から受ける一撃は、死の宣告にもなりかねないのだ。

環状サンゴ礁の島の中にできた、「マリンレイク」と呼ばれる珍しい湖の一つが、インドネシアにある。(訳注=カリマンタン〈ボルネオ〉島東方の)デラワン諸島の一つ、カカバン島。その北西部にある手おのの形をしたカカバン湖だ。

ここにいるクラゲの種は四つ。海から隔離されて進化したため、外敵を刺して撃退する能力を失った。そんな「無害クラゲ」の数は数百万とも推定され、観光スポットになったこの湖の目玉になっている。

一方で、生態系は壊れやすく、クラゲの生息基盤はもろい。脅威となるのは、一つには温暖化。もう一つは、こんな秘境にまで来る観光客が増えたことだ。なにしろ平気で生息域に侵入してくる。

加えて、クラゲそのものも繊細だ。接触したりぶつかったりすると、傷つきやすい。湖には小さな魚もいて、弱ったクラゲは格好の餌食になる。このため、ここで泳ぐときは、足ひれの使用は禁じられている。泳ぎ方も、できるだけゆっくり、優しくするように指導されている。しかし、あまりにもクラゲが多く、傷つけないようにするのは至難の業だ。

**EMBARGO: No electronic distribution, Web posting or street sales before 3:01 a.m. ET Monday, Nov. 4, 2019. No exceptions for any reasons. EMBARGO set by source.** Visitors swim with stingless jellyfish on Kakaban Lake on Kakaban Island in Indonesia, Oct. 12, 2019. For divers, the millions of harmless jellyfish in an Indonesian lake are must-see novelties. For scientists, the warmer, more acidic and less oxygenated water is “a projection of our future climate." (Adam Dean/The New York Times)
カカバン湖でシュノーケリングをしながらクラゲを観察する観光客=2019年10月12日、Adam Dean/©2019 The New York Times

観光客の増加ぶりは著しい。カカバン湖の岸辺に設けられた木製デッキは、ときどき黒いウェットスーツ姿であふれる。その様子は、米サンフランシスコの有名な埠頭(ふとう)、ピア39でひなたぼっこをするアシカの群れのように見えるほどだ。

しかも、環境に優しい人だけがやってくるわけではない。 最近、インドネシア税務当局の80人超の団体がここを訪れた。目的は、チーム作りの訓練。北カリマンタン州のタラカンから、船で3時間かけてやってきた。

湖に入ると、手をつないで大きな輪を作った。多くは救命胴衣を着けていて、水の中は見ていない。足を思い切りばたつかせ、周りの生き物のことは念頭にないようだった。

メガホンを手にしたリーダーが、大声で指示を出した。水に浮かんだ横断幕を誰かが広げると、ドローンで空中撮影が始まった。

これを見ていたダイビングガイドの一人は、この撮影のために数百匹のクラゲが死んだと見ている。

この地球上には、約200のマリンレイクがある。塩水湖もあれば、淡水湖もある。その一部では、クラゲは進化して刺さなくなった。海にいる天敵と出会うことがなくなり、身を守る手段を使う必要もなくなった。いや、正確には刺しはするが、感じられないほど弱くなってしまった。

**EMBARGO: No electronic distribution, Web posting or street sales before 3:01 a.m. ET Monday, Nov. 4, 2019. No exceptions for any reasons. EMBARGO set by source.** Kakaban Lake on Kakaban Island in Indonesia, Oct. 12, 2019. For divers, the millions of harmless jellyfish in an Indonesian lake are must-see novelties. For scientists, the warmer, more acidic and less oxygenated water is “a projection of our future climate." (Adam Dean/The New York Times)
カカバン島にあるカカバン湖=2019年10月12日、Adam Dean/©2019 The New York Times。周りの海から隔絶された「マリンレイク」と呼ばれる湖の一つだ

科学者にとって、隔離された環境にあるマリンレイクは、実験室の水槽のようなものだ。温暖化で海水の温度が上がるとどうなるのか。それを先取りして観察できると考えられている。

「マリンレイクは広い海と比べて、より水温が高く、酸性度が強く、酸素が少ない状態にある。そこには、将来の気候条件があるともいえる」とインドネシア科学院の海洋気候の専門家Intan Suci Nurhati(以下、インドネシアの人名は原文表記)は語る。

何千年も前は、カカバン湖は海とつながった礁湖だった。しかし、島全体が隆起する中で、広さ92エーカー(37万平方メートル余)の現在の湖が生まれ、周囲は高さ130フィート(約40メートル)を超える丘に取り囲まれるようになった。

湖水は、塩水と雨水(淡水)が入り交じり、水温は周辺の海よりはっきりと高い。地下部分の亀裂から海の水がしみ込んではくるが、生き物が入ってくることはない。

**EMBARGO: No electronic distribution, Web posting or street sales before 3:01 a.m. ET Monday, Nov. 4, 2019. No exceptions for any reasons. EMBARGO set by source.** Tourists gather on a wooden dock, preparing to swim with stingless jellyfish, on Kakaban Lake on Kakaban Island in Indonesia, Oct. 12, 2019. For divers, the millions of harmless jellyfish in an Indonesian lake are must-see novelties. For scientists, the warmer, more acidic and less oxygenated water is “a projection of our future climate." (Adam Dean/The New York Times)
カカバン湖の岸辺に設けられた木製デッキは、刺さないクラゲを見にきた観光客でにぎわう=2019年10月12日、Adam Dean/©2019 The New York Times

カカバン島は、ほとんどが無人の約30の島々から成るデラワン諸島の一つで、カリマンタン島からは約35マイル(60キロほど)離れている。セレベス(訳注=インドネシアでは「スラウェシ」)海の一角にあり、世界でも屈指のダイビングスポットになっている。海水の透明度が高く、オニイトマキエイやウミガメ、ジンベイザメと出会うことができる。

「クラゲの湖」として最も有名なところは、太平洋に浮かぶパラオにあった。ところが、2016年にクラゲの数が急減した。エルニーニョ現象による干ばつと、それに伴う塩分濃度の上昇が原因とされている。それは、クラゲが環境の変化にいかに弱いかを裏付けてもいる。

一方のカカバン島。幸いクラゲはまだ健全な状態にあり、生息数も多い。それに比べて島に住む人間となると、2人しかいない。Suari(28)とおじのJumadi(48)だ。親族が、木製デッキがある岸辺の一帯を所有している。

多いときには、数百人にものぼる観光客が帰った後は、孤独さがこの島を支配する。「本当に静けさそのものになる」とSuariはいう。

近くのマラトゥア島には、約4千人が住んでいる。デラワン諸島では最大の人口で、多くはイスラム教徒だ。そのほとんどは、フィリピンから8世代前にやってきたバジャウ族。潜水にたけていることで有名だ。

この島の村の一つで村長をしたこともあるDarmansyah(60)によると、今でも漁業を営む島民は多い。「バジャウ族は、農業には関心がない。向かう先は、海と決まっている」

といっても、自分はもう漁業で暮らしているわけではない。他のほとんどの島民と同じように、盛んになってきた観光で生計を立てている。島に空港ができ、ダイビングのリゾート地がいくつも開発されるようになったおかげだ。観光客がもっと来ることを見越して、ホームステイ方式で宿泊できる施設の建築が増えており、自身も二つ建てている。

マラトゥア島には、少なくとも2カ所にマリンレイクがある。その一つ、ハジブアン湖にはかつてカカバン湖に匹敵する数のクラゲがいた。ところが、湖を所有するHartono(62)が手っとり早くひともうけしようとして失敗し、ほぼ全滅してしまった。

**EMBARGO: No electronic distribution, Web posting or street sales before 3:01 a.m. ET Monday, Nov. 4, 2019. No exceptions for any reasons. EMBARGO set by source.** Hartono, 62, who owns Haji Buang, a lake whose population of stingless jellyfish has been almost wiped out by turtles introduced into the water, on  Maratua Island in Indonesia, Oct. 11, 2019. For divers, the millions of harmless jellyfish in an Indonesian lake on Kakaban Island are must-see novelties. For scientists, the warmer, more acidic and less oxygenated water is “a projection of our future climate." (Adam Dean/The New York Times)
カカバン島に近いマラトゥア島のマリンレイク、ハジブアン湖を所有するHartono(62)=2019年10月11日、©2019 Adam Dean/The New York Times。この湖にも多くの刺さないクラゲがいたが、タイマイを放って育てる事業に失敗。タイマイにほぼ食べ尽くされたクラゲを復活させて観光の目玉にしようと考えている

ウミガメのタイマイを育て、(訳注=べっこうの材料になる)甲羅を売って稼ごうと、30匹以上を湖に放った。ほどなくして、タイマイは絶滅の恐れがあり、保護の対象にされているため、違法行為になることを知ったが、後の祭りだった。タイマイはクラゲを常食としており、ほとんど食べ尽くしてしまったのだった。

「後悔してるよ。カカバン湖より多くのクラゲがいたんだが、観光資源になるなんて思ってもみなかった」とHartonoは肩を落とす。なんとかタイマイを捕まえて海に戻し、クラゲの数を回復させたいと考えている。

地元の観光当局は、4万ドル以上をつぎ込んで、この湖の岸辺に木製の橋やデッキ、日陰の下で座れる施設を作ろうとしている。

自然保護そのもののために自然を守ることには、Hartonoは関心がない。でも、こうして自分の土地に公的資金が入ることは、ありがたく思う。だから、当局の意向にそって、湖畔では木を伐採したり、家を建てたりしないようにしている。

「本当は家を建て、ここを発展させたい」とHartonoはいう。たばこの吸い殻を湖に投げ込み、「このまま放っておいたら、今と何も変わらないからね」と話すのだった。(抄訳)

(Richard C.Paddock)©2019 The New York Times

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