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『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』 世界が共感した前作から3年、魂の「新作」

World Now 更新日: 公開日:
インタビューに答える片渕須直監督

「まずは前作の『この世界の片隅に』という映画がある。今回の『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』という映画は、また新しい映画だというつもりでつくりました」

11月4日、第32回東京国際映画祭であった特別先行上映試写会。会場となった映画館「TOHOシネマズ六本木ヒルズ」の520を超える座席が埋め尽くされた「スクリーン7」で舞台あいさつに立った片渕須直監督(59)は、今回の作品が、前作の単なる長尺版ではない「新作」であることを強調した。

11月4日、東京国際映画祭で先行上映された片渕須直監督の新作『この世界の さらにいくつもの 片隅に』のポスター

「前作で描かれた色んなシーン、色んな表情、色んなセリフは、今回たくさんの新しい場面を加えたことで、本当はこんなことを心に抱いていたのかもしれない、あんなことを思いながらしゃべっていたのかもしれないと思い描けるようになっているのではないかなと思う。(主役の)すずさんの人格、すずさんという人の存在がより多面的になった」

■複雑な人間関係

物語の大きな展開は前作を踏襲している。1944(昭和19)年、絵を描くのが好きな18歳のすずが、広島県呉市に嫁ぐ。夫・周作やその家族に囲まれ、見知らぬ土地で暮らし始めるすずの生活は、次第に戦争の影響を色濃く受ける。食べ物や物資が少なくなる中、工夫を重ねた日々を過ごすが、とうとう45年の夏がやってくる。広島に原爆が落とされ、終戦を迎えた年だ。

主人公のすずと、夫の周作©2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

舞台で片渕監督が観客を前に説明を続けた。「前作は、すずさんと(夫・周作の姉の)径子さんの2人の葛藤、2人の関係がどう変わっていくかで、すずさんの進んでいく道を示していた。今回はもっと複雑。人間ってそんな簡単なもんじゃない。もっとたくさんの人に出会って、たくさんのことにさいなまれて生きていかなければいけない」

複雑になった人間関係の中で存在感を示すのが、遊郭で働くリン。前作では、道に迷ったすずに話しかけるだけだったリンが、新作では何度も登場し、すずの人生に大きな影響を及ぼす存在だったことが分かる。そして、リンは夫・周作とも秘密を持っていた。

複雑な人間関係が加わる中で、前作とは異なるすずの姿が浮かび上がる。すずの声を担当した女優ののんさんは、舞台あいさつでこう説明した。「すずさんが呉に来て、知らない家族の中にお嫁入りして、そのお嫁さんの義務を果たすことで自分の居場所を見つけなければいけない中で、リンさんはすずさんに絵を描いてほしいと初めて言ってくれた人なんです。(絵を描くことが好きな)自分の中にあるものを認めてもらえた。それをすごく心のよりどころにしているんだと思い、本当に大きな存在だなと思った。その中で周作さんとの秘密。どこに感情を置けばいいのか戸惑い、色んな感情が入れ代わり立ち代わり出てくる。すごく複雑な気持ちだなと思いました」

11月4日の先行上映で舞台あいさつする(右から)片渕須直監督、リン役の岩井七世さん、すず役ののんさん、音楽家のコトリンゴさん

■「前作と別の映画」と語る意味

すずとリン、リンと周作の人間関係は、実は原作となったこうの史代氏の漫画『この世界の片隅に』(双葉社)で最初から描かれている。上映時間などを考慮し、こうした部分をカットしてつくられた前作を、原作通りに作り直したと言えば、それまでなのだが、片渕監督は先行上映後の筆者とのインタビューで、こう答えている。「原作にあったことも踏まえて、もともとあったけど切ったところを復元するだけではなく、それをさらに増補改訂しようと思った。それをやっている中で、これは単純に拡大しているのとは違う気がしてきた。新たなシーンを入れると、それぞれのセリフの意味合いが違って見える。前作で確立された登場人物像が違う解釈になる。違うものに見えるのだとすれば、別の映画として2本がそれぞれ存在し続けることに意味があると思った」

主人公のすず(左)と、新作で新たなキーパーソンとなったリン©2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

すずは、けなげでおっちょこちょいで鈍感でおとなしくて頼りなく、彼女の周りだけ人の何倍も時間がゆっくりと流れているような存在。それだけに、見ていて無性に助けたくなる。リンはどこか物事を達観したような大人っぽさがあり、周作は真面目だが不器用なところも。さらにはすずの家族や周作の家族、遊郭で働く女性たちなど様々な登場人物の人間らしさが泥臭く交差し続ける。それぞれの登場人物の声優たちの演技が見事にマッチしていて、臨場感がものすごい。音楽を担当した音楽家コトリンゴさんの歌声がせつなく、各シーンとの融和が絶妙で観客の感情をかき立てる。

主人公のすず。新作では前作とは違った人間像が見えてくる©2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

時代背景となっている戦争を主役にせず、どこまでも人間ドラマとしているからこそ、登場人物への感情移入がしやすい。だからこそ、すずやリン、周作らを苦しめる戦争のむごさをより実感できる。そこには片渕監督の特別な思いが込められていた。「政治的に中立となるように心がけた。声高に戦争反対という映画もつくれるが、そうした時点で、特定の戦争に限定されてしまう。見てもらって、戦争とはこういうことなんだと。どこにいても一般庶民が一番ひどい目にあうってことが伝わらないと意味がない」

インタビューで、そう明かした片渕監督の言葉には説得力があった。そして、その思いは海外の人たちにも届いたと、嬉しそうに語り始めた。

■世界の観客、自分の体験を重ねる

11月4日の先行上映で舞台あいさつする(右から)リン役の岩井七世さん、片渕須直監督、すず役ののんさん、音楽家のコトリンゴさん

前作は米国や韓国、ベトナムやドイツなど46カ国・地域で公開された。

米国のカリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)での上映後、20代の学生が片渕監督に近寄り、「これは僕の子どものころの戦争とよく似ています」と言ったという。イランからの留学生だった。フランスでの上映会では、カンボジア系の男性が「父がポル・ポトから逃げ出した時のことを思い出した。まだ平和だったころ、父が祖父に街に連れられ、甘い物を食べさせてもらったという話がよみがえりました」。アラブ首長国連邦のエミレーツ航空が機内配信した際には、すずの1歳下の妹すみの入浴シーンがカットされたが、それでも上映は続けられた。

この入浴シーンは片渕監督にとっては重要だった。すみは原爆で被爆し、原爆症で床に伏せる。すずが見舞った際、すみの伸ばした腕に紫色のあざ。「あのお風呂の中にいた女の子の若い健康な体が、原爆でむしばまれているのがよく分かりましたという声がよくある。そういうことなんです」。ただ、カットされてでも上映されたことに意義がある。「紛争は今でも世界で続いている。むしろ戦争や紛争を体験していればこそ、すずさんを見た時に感じる共通認識みたいなものになる」

前作でも新作でも、アメリカが敵国だったことは強調されていない。これは原作の漫画でもそうだ。すずが住民と一緒に竹やりで訓練する場面。「原作のこうの史代さんは、竹やりが突くわら人形に『鬼畜米兵』と書くような漫画なら描かないという趣旨のことを言っていた。それはすごく分かる。そういう風に表現するべきだと思った」

だからこそ米国でも上映できた。前作をみた米国人たちの表情をみながら片渕監督は、「旧敵国だから、戦争の相手だからではなくて、人類史的な悲劇がそこにあるという見方でみてくれているような気がした」という。

■実際の災害のシーンも

先行上映された新作は、まだ完成ではなかった。前作から30分長くなった2時間39分の上映だったが、さらに三つのシーンが加わる予定で、最後は2時間47分の長編になる。ネタバレになるので詳しくは書けないが、追加するシーンの一つは、終戦後に実際に起きた災害だという。その理由は?「『戦争しおってもセミは鳴く。チョウチョウも飛ぶ』と言いますね。戦争が終わっても人は死ぬんです」と片渕監督。中立性を保ちながら戦争を表現するという難題を抱えながら、それでも史実の詳細部分は研究を重ねて限りなく忠実に押さえる。そうした中で必死に生きようとする人間のリアルな姿にこだわった片渕監督の信念が、新作に加わったシーンの全てにつまっていると感じた。

主人公のすずと、義姉径子の一人娘の晴美©2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

仕事で行った先行上映で、同業者に囲まれながら、こらえ切れずに涙があふれ出た。前作で涙が出たのと同じシーン、義姉径子の5歳の一人娘、晴美が時限爆弾の爆発で命を失うシーンだった。すごく切なくて、それでも優しくて心に響く作品。戦争を繰り返してはいけないという思いとともに、人間の根本に訴えるストーリーだからこそ、今の時代の人間模様にも重なってみえる新鮮な映画だ。先行上映には間に合わなかった新たなシーンも含め、12月20日の公開が待ちきれない。