能力の差以上に、所得格差が開きすぎ 権限格差でゆがむ、アメリカの能力主義

米国は、他の民主国家に比べて所得格差が特段に拡大している。だが、各人の能力だけを元に所得が配分されるなら、所得の不均衡は劇的に縮小するだろう。
米国の格差が特段に広がっている根本的な理由は、組織を通じた「権限の格差」にある。左派も右派も、この権限の格差がどのように作用しているのか、その点を見逃しがちだ。
職場において本当に重要とされるスキル(技能)は、多くの人が考えているよりもずっと公平に分配されている。だが、ほとんどの低賃金労働者は、知能レベルや人格的な特性に比べて低い賃金に抑えられている。一方、高給取り――医師、弁護士、財務管理者を含め――はの多くは知能レベルや人格的な特性に比べて過分の賃金を受け取っている。
多くの人は、所得の不均衡はグローバル化と技術革新という不可逆的な時代傾向が引き起こしていると考えている。その結果、多国籍企業とその企業幹部が支配するようになった、と。
けれど、最新の学術研究は、最近の所得不均衡の拡大が主に「Sコーポレーション(S法人)」――代表的なのが、オーナーが1人か2人の小規模法人(訳注=米国における個人事業や同程度の規模の法人で、通常の株式会社と違って、税法上、法人課税は受けずに、株主に課税される)――と「パートナーシップ」(訳注=2人以上の者が出資して事業を営む形態。税法上、法人課税は受けず、「パートナー」である出資者の収益に基づいて課税される)が引き起こしたことを示している。
この種の法人は通常、小規模で地域的、専門的なサービス(法律や医療を考えてみよう)、あるいは不動産業に集中している。百万長者たちが所有し、最高益をあげている「パススルー企業」(訳注=Sコーポレーションやパートナーシップのように法人課税を受けずに、企業の出資者らが配当金や企業の純益を一本化して納税する企業)も、大別して法律サービスや財務サービス、あるいは医療機関といった分野に集中している。こうした企業のオーナーは、全米トップの高額所得者の中でも、通常の株式会社の幹部よりはるかに多い人数を占めている。
実際、過去40年に拡大した所得の不均衡は、国民所得の比率でみる限り、通常の法人企業(いわゆるCコーポレーション=C法人)からの所得収入の落ち込みと軌を一にしている。通常の法人企業による所得割合は1980年の59%から42%に落ちたのだ。
米国勢調査局のデータをみても、このパターンと一致している。所得者のトップ1%では、法人企業の最高責任者(全体の11%)より医師(同15%)の方が多い。実際、500近い職業分野別でも、医師はトップ1%の中で最も多い職業になっている。
また、弁護士と財務管理者は、高額所得者のうち7%と3%を占めている。歯科医師もトップの1%の中に入っているようだ。事実、歯科医師は高額所得者の中ではソフトウェア開発者より多い。
高額所得者は、職業が何であれ、ただ単に優れた技能を持っているから高所得なのだと言う人もいるだろう。しかし、実証的な証拠にもとづけば、技能で高額所得を説明することはできない。
労働生産性という物差しの幅は、所得の幅よりずっと狭い。経営科学による研究によると、優れた管理職や専門家は、一般的な労働者と同じ役割をこなしてもざっと50%生産性が高い。これは確かに大きなギャップだが、高給取りの専門家――例えば同じ職業グループ内で85パーセンタイルにいる人(訳注=パーセンタイルはデータを大きい順に並べて小さい方からどのくらいの位置にあるかを示す数値。ここでのデータは同じ職業の収入の多寡)――は、同じ分野の仕事でも、一貫して中レベルの労働者よりはるかに高い給料レベルにある。
いくつかのケースをみても、エリートプロフェッショナルと呼ばれる専門家たちは、国の職業認可の法律によって市場競争から守られている。そのため、より多くの収入を得ることができる。弁護士や医師、歯科医師たちを代表する各種の協会団体は、免許取得や研究発表会に高額な費用がかかる「難関」を設定できる仕組みになっている。この難関が、パラリーガル(訳注=弁護士業務を補佐する人)やナースプラクティショナー(訳注=修士レベルで診断・処方などができる上級看護師資格の一つ)、歯科衛生士たちがより安価なサービスを提供することを阻んでいるのだ。
最大限の経済性が予見できる判断材料を考えるべきだ。経験的知識にもとづいた能力、教育期間、経験と同時に、経験とは関係のない人品骨柄(たとえば誠実さとか情熱や情緒的安定性)はすべて、所得と健全性を推し量る強力な判断材料になる。総合的にみれば、こうしたすべてがエコノミストの言う「人的資源」を意味しており、一貫して職場で優れた能力を発揮できるかどうかの大きな判断材料なのだ。
新著「A Republic of Equals: A Manifesto for a Just Society(平等の共和国:公平な社会のためのマニフェスト)」を書くため、私は上記の人間的特性に基づいて給料が支払われたとすると、各人の所得はどれくらいになるのか計算した(労働統計局の全米長期調査からのデータを使った)。現在の所得の不均衡と比較すると、上記の方法で予想された所得の不均衡は、ジニ係数(訳注=世帯間の所得格差を表す指標で数値を1と0の間にとる。係数の値が1に近づくほど格差が大きい)で0・44から0・19に減少した。各人の持つ基本的な技能にもとづいて給料が支払われれば、米国をスウェーデンと同じくらい平等主義の国にすることができるだろう。
その訳は? 所得の分配より技能の分配の方がずっと平等主義的だからだ。しかも、高度な教育や技能訓練にもっとアクセスできるようになれば、社会はより平等になる。
不公平感が増すと、左派の人たちは多国籍企業に不満をぶつけようとして、市場の本質的な欠陥に目を向ける。一方、右派の人たちは、不公平は能力の違いから出てくると思い込みがちで、市場が出す結果は本質的に公平だと言いたがる。
強力な利益集団(それは地方の利益集団にもよく見られる)が、所属する会員の利益を図るためのルールを官費で作りながら、いかに市場をゆがめているか。そのことを左派も右派も見逃している。住宅所有者組合と当の組合が定期的に選出する土地規制役員会は、不動産の合法的取引を阻んでいる。それが住宅費を押し上げ、社会的な分離と孤立をもたらしている(タウンホームや2世帯住宅、それにアパートは、近隣地区の多くでは基本的に禁止対象だ)。さまざまなケースで、州議会の議員たちは地元ロビー団体に支配され、業界関連のサービス価格をつり上げている。左派も右派も、その中間にいる人々も、所得格差の拡大を本当に後押ししている者を見極めるのは至難の業にちがいない。だが、それこそエリートプロフェッショナルたちなのだ。
「公平」へのコミットメント(関与)を飛び越えて、実現可能な改善策としては、幼児教育といった分野などにおける質の高い公共サービスや貧困家庭向け地域医療サービス網を拡大することが含まれる。しかし、市場へのアクセス拡大や市場の完全性を守る必要性を示唆する実証的な証拠もある。左派も右派も妥協を迫られることになるだろう。
すなわちそれは、全ての人にとって大きな恩恵をもたらす「フェアトレード(公正な取引)」であると思われる。(抄訳)
(米ギャラップ社の首席エコノミストJonathan Rothwell)©2019 The New York Times
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