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電気自動車、歩行者に知らせる「音」を設計する奥深い世界 

ニューヨークタイムズ 世界の話題
U.S. Open tennis champion Naomi Osaka (R) and Nissan Motor's Senior Vice President Asako Hoshino pose with Nissan Leaf electric car after a contract signing ceremony at Nissan's global headquarters in Yokohama, Japan, September 13, 2018.   REUTERS/Toru Hanai
2018年9月13日、電気自動車の日産リーフとともに記念撮影に臨むテニス選手の大坂なおみ(右)と日産自動車の星野朝子・現執行役員副社長=横浜市の日産本社、ロイター。大坂はこの日、日産のブランドアンバサダーになる契約を結んだ

どんな音がいいのか。

日産自動車が2年前に米社マンメイド・ミュージック(Man Made Music)と契約して託したのは、単純な仕事のように見えた。静かに走る電気自動車が、道路にいることを発信するための「音の設計」だった。

派手な呼び物に散財しようとしたのではない。米国で2020年から始まる適用基準を満たすための準備をせねばならなかった。歩行者の安全を確保するため、すべてのハイブリッド車と電気自動車には、聞き取り可能な音を出す通報装置の取り付けが義務づけられるようになる。

この問題を担当する米運輸省道路交通安全局(NHTSA)は2019年9月、一つだけの音に限らず、一連の音のセットでもよいという新たな方針を示した。

日産は今のところ、20年から一つの通報音が出るようにして電気自動車リーフを売りに出す方針だ。ただし、通報音を組み合わせた「カント(Canto)」(訳注=ラテン語で「歌う」)の用意も進めている。歌声を高く上げていくように、車の加速に応じて音の発信頻度が増え、気づくのを早める仕組みだ。

マンメイド・ミュージックの創業者ジョエル・ベッカーマンによると、こうした音の設計は複雑な作業になる。カントの場合は、安全性を求めながら、ブランドの独自性も維持せねばならなかった。それも、3秒以内の短い発信で、誰にでも分かる特徴的な響きを出し、なおかつ受け入れられないようなおかしな音であることは許されなかった。

「うまくやり終えれば、人手をかけたことも分からなくなる」とベッカーマンは指摘する。「ごく自然な音で、暮らしと環境に溶け込んでしまうから。逆に、その音が耳につくということは、失敗作だったということになる」

マンメイド・ミュージックの音響開発チームは、普段はテレビや映画、ラジオの仕事に携わっている。日産の委託事業では、2017年の半分近くをかけて音作りに没頭した。風や弦楽器の抽出音。アナログとデジタルのシンセサイザーの音。これらをいくつも重ね合わせた。

「意外にも頼りになったのは、アナログシンセサイザーが発する『正弦波』だった」と日産プロジェクトチームのクリエーティブディレクター、ダニー・ベネは明かす。さらに、重ね合わせた音に白色雑音を少し加えると、音の形成や音色の創出にとても役立つことが分かった。「カントの開発は、建物に例えるなら礎石から築き上げたようなものだ」

ハイブリッド車や電気自動車の登場は、こうした音をゼロから作る機会をもたらした。

一方で、自動車業界には、「音の設計」の長い歴史が先行している。米国製の豪華な大型車「マッスルカー」には、それぞれ固有のうなり声がある。ハーレーダビッドソンのオートバイには、独特のリズムで「ポテト・ポテト・ポテト」と響くエンジン音がある(本当に、音はそう形容される)。

もう技術的には不要なはずなのに、あえて出すゾンビのような音も生き続けている。例えば、スマートフォン。ロックしたり、写真を撮ったりすると、「カチャ」「カシャ」と音がする。送金すると、コインやレジの効果音が響く。

Harley-Davidson
ハーレーダビッドソンの電動オートバイLiveWire(ライブワイヤー)=ロイター。2019年に本格製造に入り、まず米国と欧州で販売を始めた

ハイブリッド車と電気自動車の場合、音の必要性は単なる耳当たりのよさというレベルをはるかに超えている。安全性に関わる問題なのだ。

歩行者が交通事故にあう確率は、ハイブリッド車の方が、従来型の内燃エンジン車より35%も高いことが、NHTSAの分析で10年ほど前に分かった。これが自転車相手だと、ハイブリッド車の事故確率は従来型より57%も高かった。

米議会は2010年、歩行者の安全を高める法案を可決。ハイブリッド車と電気自動車が音を出して走るようにする規則を作ることをNHTSAに求めた。16年にその規則がまとまり、時速30キロ以下で走る際は、通報音を出すことが義務づけられた。それ以上の速度になると、タイヤの音や風を切る音などで認識されるようになると見なされた。この規則の策定は、とくに目の不自由な人たちに歓迎された。

自動車メーカー側は、若干の修正を求めた。一つの決まった音だけでなく、車の持ち主が何種類かの中から好みに合う音を選べるようにして欲しいというもので、NHTSAもこの微調整を認める方針を19年9月に示した。

通報音の義務化は、世界中の規制当局がすでに実施に踏み切ったか、導入を検討している。欧州連合(EU)では、19年7月に関連規則が施行されたばかりだ。

その結果、大手の自動車メーカーは、基準を満たす通報音の開発に取り組むようになった。

ジャガーは、(訳注=19年登場の自社初の完全電気自動車)I-PACE SUVの通報音を4年がかりで完成させたことを明らかにした。ゼネラル・モーターズは、シボレー・ボルトの2020年モデル用に通報音を社内で開発した。担当した技術責任者のトッド・ブルーダーによると、最初は「ヒュー」という静かな電気音を響かせて走り始める。

A woman sits inside the 2017 Chevrolet Bolt EV, on display during The Economic Club event in Washington, DC, U.S. February 28, 2017. REUTERS/Yuri Gripas
ゼネラル・モーターズの電気自動車シボレー・ボルトの運転席=2017年2月28日、米ワシントン、ロイター

「音の持つ狙いをきちんと感じさせ、心地よく聞こえながらも、何かが近づいているという警告にもなるようにした」とブルーダーはいう。

日産の場合、マンメイド・ミュージックは、愛車の持ち主の美学を表す音となるよう、機能的であると同時に感覚に訴える音にこだわって開発した。

「電気自動車を購入し、汚染物質を出さないクリーンエネルギーに関心を持つような人は、(訳注=車が出す音を含めて)摩擦をまったく感じさせない走りを求めるだろう」とベッカーマンは話す。同時に、その車は日産という名前をも背負わねばならない。

音に例えていえば、「これ以上はない最高の周波数との接触を、車を買った人は、そのブランドもしくはその車で体験することになる」。そして、「それが、ブランド力を真に強化することになる」。(抄訳)

(Niraj Chokshi)©2019 The New York Times

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