米大統領ドナルド・トランプのフェイク(偽者)がジャーナリストや政敵を次々と殺す――そんな残虐なビデオが2019年10月、トランプ支持団体の会合で上映された。創作したのは、ホワイトハウスと直接つながっている右翼の挑発者たちの緩やかなネットワークの一部だ。
正体不明のビデオ創作者は「The Geekz Team」の名前で活動。ツイッターで「自由主義的な政策に断固として立ち向かう元気いっぱいのアメリカ人」と自己宣伝してきた。多くのアマチュア扇動家と同様、GeekzTeamは親トランプのネットコンテンツ作りを専門にしている。特に、人気の映画やテレビ番組の場面に大統領のイメージを入れて練り直したクリップをよく使っている。
他の扇動家の一人、ローガン・クックは自分のウェブサイトMemeWorld(ミームワールド、訳注=「ミーム」はインターネットを通じて共有され、爆発的に広がっていく画像や文章などの情報を指す)にビデオを流している。彼は、7月にホワイトハウスで開かれたソーシャルメディア会議に参加した。その際、ホワイトハウスのソーシャルメディア部長のダン・スカビーノに付き添われて大統領執務室に入った。自分の子どもたちを大統領に会わせるためだった。
ホワイトハウスと扇動家のこうしたつながりは、いかに大統領が「フェイクニュース」と呼ぶメディアへの攻撃を強めて、極端な言葉や映像で大統領を守るために極右勢力の一部を側近に引き上げているか、その実態を浮き彫りにしている。
10月14日、大統領は矢継ぎ早のツイートで、ホワイトハウスの元報道官ショーン・スパイサーに「Dancing with the Stars」(ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ、訳注=テレビの人気ダンス勝ち抜き番組)での幸運を祈るとつぶやいたり、シリアからの米軍撤退を正当化したり、大統領の弾劾(だんがい)調査を進める民主党を攻撃したりした。しかし週末に上映されたビデオについては触れなかった。
ホワイトハウス報道官のステファニー・グリシャムは、トランプはビデオを非難したと語った。ビデオは親トランプ派の組織「American Priority(アメリカ優先)」が、トランプの所有するゴルフリゾート、トランプ・ナショナル・ドラル・マイアミで開いた「言論の自由、自由な連合、アメリカ文化」を祝う会合で上映された。会合には数百人が出席した。
上映されたビデオは、14年に公開されたスパイ映画「Kingsman: The Secret Service」(邦題「キングスマン」)のシーン――スパイのハリー・ハートを演じた俳優コリン・ファースがキリスト教原理主義者の教会で虐殺を繰り広げる――を切り取って、巧妙に細工した映像だった。
そもそもこのビデオ、最初のバージョンでのターゲットはCNNだけだった。トランプの顔をファースに重ね合わせ、殴られたり撃たれたり刺されたりした人びとの顔がCNNのロゴで覆われていた。
そのロゴを着けた女性に銃口を向けた「トランプ」が「お前はフェイクニュースだ」と口走る。
この最初のビデオを作ったアンドレス・ヒューズは、3年前に右翼のサイト「Infowars」が主催したミームコンテストに2万ドルの懸賞金を期待して出した、とサイトで語っていた。
それが18年の7月に細工が加えられてYouTubeに投稿された。会合で上映されたこのバージョンでは、新たなターゲットとしてPBS(公共放送サービス)、NPR(米公共ラジオ局)、Politico(米政治ニュースメディア「ポリティコ」)やワシントン・ポスト紙も付け加えられた。
さらに「下院議員マキシン・ウォーターズ(カリフォルニア州)」、「上院議員ジョン・マケイン(アリゾナ州、訳注=18年8月に死去)」、「上院議員バーニー・サンダース(バーモント州)」、元大統領の「バラク・オバマ」や「ビル・クリントン」、また「ヒラリー・クリントン」やその他の政敵を次々と殺傷する「トランプ」が映し出されている。
ビデオは10月13日夜の時点では、再生数は1千にも満たなかった。しかし、14日正午には20万近くに急上昇した。著作権でクレームが出たため、その2、3時間後に削除された。13日にはGeekzTeamがビデオの成功を祝福し、ツイッターに新しいビデオを投稿した。そのビデオでは、CNNのロゴが「Trump memes(トランプミーム)」の文字にぶつかった途端に破裂していた。
American Priorityの会合の「主役」は、フロリダ州知事のロン・デサンティスと元報道官のサラ・ハッカビー・サンダース、そして大統領の息子のドナルド・トランプ・ジュニアの3人。いずれもビデオに描かれた暴力は許されないと言った。ビデオは、リゾートにあるドナルド・J・トランプ専用の宴会場の隣の会議場で、仲間内で上映された。小さなテレビスクリーンが二つ用意され、人びとは入れ代わり立ち代わり会場に入った。会合に出席して写真を共有した一人によると、映像は壁面に映し出されたという。
今回上映されたような陰湿なビデオを作ったり共有したりするオンライン・コミュニティーは、大統領の足元を活性化させ、敵対する人びとを怒らせ、主流メディアの関心を引くためにspicy memes(スパイシーミーム)と呼ばれるものを使う。メディアもしばしばこの作戦に乗ってしまい、ビデオのメッセージ拡散に一役買っている。
これらのミームメーカーのいくつかは、寄付の勧誘やYouTubeの広告で利益を得ている(ソーシャルメディアの統計データを集めているサイトSocialBladeによると、GeekzTeamの収入は2018年、2千ドルに満たなかった)。他のスパイシーミームはただ悪評――あるいはせいぜいのところ大統領にリツイートされるために――を巻き起こすためだけに出している。
GeekzTeamはここ数年間、「Captain MAGA」や「Trump: The Punisher(トランプ 仕置き人)」といった題名のビデオをYouTubeやウェブサイトRedditの親トランプフォーラム r/the_donaldに投稿するなど、多くのミームを手掛けてきた。
19年の初め、このアカウントはクックが組織化した情報集中保管庫のMemeWorldにビデオを提供し始めた。クックはCarpe Donktumのオンライン名で通っている。
クックのサイトは、攻撃的なミームやビデオの交換場所で、利用者が自作ビデオを投稿できるようにしている。ビデオはトランプを「十字軍の兵士」や「スーパーヒーロー」に仕立てて、暴力を使って報道機関や個々のジャーナリストや政敵をやっつけるようなシーンがしばしば出てくる。
10月14日、クックのサイトは政治的な暴力を否定する声明を投稿した。とはいえクックは、ビデオで「トランプ」が銃撃したり敵を刺したり殴ったりしている場面は「明らかに風刺だった」とGeekzTeamをかばった。
クックが自作したビデオは、彼のサイトにあるワンストップ・ショップ同様、ホワイトハウス・ソーシャルメディア部長のスカビーノの大事な情報源になっている。スカビーノは、しばしばトランプと情報を共有する。4月、クックは細工されたビデオを巡る論争の中心人物になった。問題のビデオは、元副大統領のジョー・バイデンが複数の女性と接触したと述べた、というものだった。
細工が施されたビデオでは、バイデンのアニメ像がバイデンの後頭部に鼻を押し付けようとしている。トランプはこのビデオを即座にツイッターで6千万のフォロワーにシェアした。
「ホワイトハウスのトロール(多くの反応を得るために仕向けた挑発的な投稿)」。クックは7月11日、インスタグラムに写真を載せ、大統領執務室で家族と一緒に面談した説明として、そう書き込んだ。
親トランプのミームメーカーや他の極右系のメンバーたちを招いたホワイトハウスのソーシャルメディア会議で、トランプは会議場を埋めたコンテンツ創作者たちを「スカビーノと一緒に働いてきてくれた」と言わんばかりにたたえた。要するに「彼らは金と宣伝の手間を浮かしてくれる」と考えているのだ。
「彼はアイデアを考え出すだろう。あなたたちもアイデアを思いつくだろう」。トランプはスカビーノと出席者たちをそう褒めたたえ、「そして彼(スカビーノ)は私の執務室に駆け込んできて、これをご覧ください、ってね」と語った。
そのうえで「君たちの何人かはとてつもない人だ。全員がとはいわないが、何人かはとてつもない。やっていることが信じられないほどだ」とトランプは言った。
そもそもクックがホワイトハウスのソーシャルメディア会議に招待されたのはどういう理由なのか?
報道官にコメントを求めたが、返答はなかった。
ビデオ創作者GreekzTeamのYouTubeチャンネルに記載されているアドレスにメールしたが、即答はなかった。American Priorityは、会合で上映されたビデオは「組織運営者の承認も、認可も受けておらず、組織運営者は目も通していない」と非難し、いかなる暴力も容認できないと強く批判した。しかしAmerican Priorityの創設者であるアレックス・フィリップスは、クックと長年にわたる関係を持っており、彼のオンラインでの仕事を支持してきた。
この6月、フェイスブックに投稿されたビデオでは、フィリップスとクックがこの種のコンテンツがヘイト(憎悪)と暴力をあおりかねないとする見方を見下してみせた。クックはビデオで「ヘイトスピーチはでっち上げられた言葉。言葉を並べたところで暴力は引き起こせない」と語っている。
フィリップスも同意見だと述べ、「真実は、時に痛みを伴うことがある」と答えるとともに「(真実に)対抗せよ」と語った。(抄訳)
(Annie Karni,Kevin Roose and Katie Rogers)©2019 The New York Times
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