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「みんな使ってるから」は危ない 必要な、新しい「お金のリテラシー」

World Now
パッタナント・ペチャチュー教授。「IT時代の技術革新は、通貨の世界でパワーゲームを引き起こしている」と主張した=山本大輔撮影

世界各地で破壊的な変化をもたらしたIT革命は、通貨の姿も変えようとしている。私たちの知る通貨は今、全く異なるものになろうとしている。

金融システムは50年ごとに革命期を迎えると言った経済学者がいたが、いまはIT時代となる今後の50年に向けた端境期に立っているように感じる。デジタル通貨の登場で、むしろ金融システム自体が変わらざるを得ない状況に置かれたといってもいいかもしれない。

転換期には、様々なイノベーションが生まれる。そして従来のシステムを維持しようとする勢力と、新しい技術で変えようとする勢力の間で、パワーゲームが起きる。通貨とは単なる富の象徴に限らず、経済の支柱であり、権力の根源であり、覇権の象徴でもあるからだ。革新的な技術によって新たな通貨が生まれると、これまでの力の均衡が乱れることになりうるため、権力者には深刻な問題になる。

ブロックチェーンを使ったビットコインなどの仮想通貨は、革新的な技術がもたらした最たるものだが、これは銀行が発行する従来の貨幣とは全くの別ものだ。タイではTrueMoneyというペイアプリが普及している。そして、世界的にはフェイスブックが仮想通貨リブラ構想を発表した。いずれも銀行の頭を越えてデジタル通貨が飛び交う新時代の金融システムといっていい。

スマートフォンを使ったデジタル決済が当たり前になっているという20代のタイの女性たち

これに頭を悩ませているのが、各国の政府や中央銀行だ。金融システムの中心には必ず銀行があり、政府の機関や中央銀行が全ての銀行を監督・監視していた。それによって、政府や中央銀行が国全体の金融政策をつくったり実施したりしてきた。

マネーロンダリングといった不正行為の防波堤にもなっている。この枠の外で、国が発行していない通貨がやりとりされ、それが世界中の人々にインターネットを通じて普及したら、どうなるか。政府が危機感を抱くのは当然だ。リブラ構想に対し、各国政府から懸念の声があがっている現状が、それを物語っている。

通貨とは情報でもある。そして、情報も権力である。銀行にどれだけの資産があるのか、どれだけの額がどんな頻度で銀行から出し入れされているのか。あるいは、どれだけの収入を得ているのか。銀行を通じたお金の動きは、その人の日常の動きを照らし出す重要な個人情報となっている。脱税といった金融犯罪を解決する根源的な情報にもなる。

犯罪などの取引が行われる「ダークネット」を監視するイスラエルのKELAの専門家=テルアビブ、星野眞三雄撮影

もし仮にリブラが世界中に普及して国際通貨的な存在となった場合、フェイスブックは国境を超えた世界規模の銀行となる。同時にフェイスブックが握る個人情報は膨大なものとなる。いち民間企業が、一国の政府を上回る権力を持つことになりえるというのは、看過できない問題だ。

ただ、強調したいのは、この流れは止められないということ。IT革新のペースは極めて速く、政府の対応は常に後手後手になる。対応を検討しているうちに、さらに技術革新は続き、現時点では予想すらできない仕組みが新たに浮上してくる。流れにあらがうよりは、うまく取り入れて、金融システムを適切に変えていくしかない。

そう感じているからこそ、各国政府の多くは仮想通貨に強い警戒感を示しながらも、水面下でブロックチェーン技術などを使った次世代金融システムの研究・開発を独自に続けている。この変換期にどう向かい合うかで、50年後の各国のパワーバランスは変わってくるだろう。

もう一つ大事なことは、デジタルリテラシーの向上だ。技術革新のスピードに追いついていないのは、政府だけではなく国民も同じ。仕組みをよく分からずに、ただ誰もが使っているから使うというのでは、様々な危険が伴う。

ブロックチェーンとはなんなのか。ペイアプリはどのような仕組みで運用されているのか。デジタル通貨を使うにあたって、どんな危険がひそんでいるのか。デジタルに対する理解を深めていく必要がある。通貨が価値を持つ根拠は信頼である。信頼には、その通貨に対する知識や理解が必要だ。政府や教育機関は、デジタルリテラシーの向上にもっともっと投資するべきだと思う。

技術革新とは国民にとってよいものであると考えている。ただ、そこには不正がないように監視をし、問題が起きたときに適正に対応できる監督者の存在が欠かせない。デジタル通貨が世界唯一の通貨になっている将来はありえるかもしれない。銀行は絶対に消滅しないという専門家も多い。

ただ、それはあくまでの現時点での知識に基づいた臆測だ。IT時代の技術革新は人間の予想すら追いつかないほど社会を破壊的に変えている。あらゆる可能性を見据え、この急激な変化にどう向きあうのかを前向きに考えていく必要がある。

Pattanant Petchchedchoo 経済学者。私立ドラキット・パンディット大学(DPU)内に設置されている、IT時代の革新的なビジネス学と会計学を教えるスクール「CIBA」の最高責任者。学生にQRコードを作成させるなど、デジタル通貨をいち早く講義に採り入れ、デジタルリテラシーの向上にも力を入れていることで知られている。

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