海に潜ってみよう。深く、深く。太陽の彩り豊かな世界を離れるまで。
1千~2千フィート(約300~600メートル)もすると、太陽光線のうち青い波長しか届かなくなる。そこは、アメリカナヌカザメとクサリトラザメのすみかだ。陸の世界を見慣れた人間の目には、茶色やベージュ、灰色のなんということもない魚に映る。
では、青いフィルターを通してのぞいてみよう。このサメが、互いを見るのと同じような世界になる。
すると、見まがうばかりの美しさに変身する。緑色の蛍光を発する衣をまとっているのだ。
この2種類のサメが、人間とはまったく違う世界を見ていることが分かったのは、つい最近のことだ。色の識別は、青から緑のスペクトルに限られる。それでも、体の色をあえて変えるときは、他のサメに何かの暗号を送っているということになりそうだ。一つはオスとしての、もう一つはメスとしての発信なら、繁殖期の合図になるだろう。
だが、周りには青い波長しか届いていない。そんなどうしようもない色彩環境の中で、青い光をどうやってネオンのような緑の光に変えるのかは、大きな謎とされてきた。
その仕組みを解いた論文が2019年8月、オープンアクセスの学術誌iScienceで発表された。
サメの皮膚が光に反応し、青い光子をとり込んで緑の光子に変換し、外に発する。その過程でカギを握るのは、うろこにある微粒子だった。
これは、「生物蛍光」と呼ばれる現象だ(訳注=化学反応などによって動物自身が光を発する「生物発光」とは異なる)。サメの事例で解明が進んだことは、同じ現象を引き起こす他の海洋生物についての研究がもたらした成果とあわせて、科学的な映像の世界の幅を広げることに寄与するだろう。
生物蛍光を発する海洋種は、少なくとも200以上ある。ただ、今回の2種類のサメが蛍光に使ううろこの微粒子は、他には見られない特殊なものだった。
「これは、(訳注=うろこを含む)サメの皮膚が持つ驚くべき特性のリストに、これまでは知られていなかった一項目が加わったということだと思う」。ニューヨーク市立大学の海洋生物学者で、この論文の執筆者でもあるデービッド・グルーバーは語る。
「この2種類のサメには、(訳注=米テレビのディスカバリーチャンネルが毎夏放映するサメの特集番組)シャークウィークに出るほどの迫力と怖さはない。それでも、よく見ると、そこにはまだ謎と隠れた美しさが埋もれている」
サメの皮膚は神秘的で、歯状突起と呼ばれる歯のようなうろこで覆われている。その皮膚が、アメリカナヌカザメとクサリトラザメの場合はネオンのように光る。そんな「隠れた美しさ」を、どう説明したらよいのか。グルーバーは、エール大学の生化学者ジェイソン・クロフォードらとともに追った。
クロフォードは、細胞内で起きる連鎖的な化学反応(代謝経路)を突き止めることを手伝ってくれた。
顕微鏡で見ると、何種類かの神経細胞の樹状突起(訳注=刺激を受け取り、電気信号に変える機能を持つ)が認められ、青い光に反応しながら、その大きさによって明るさの異なる緑の光を発していた。樹状突起のいくつかは、光を一つの焦点に集め、ごてごてした光ファイバー表示のように外に向かって発信していた。
皮膚をさらに詳しく調べると、必須アミノ酸の一つであるトリプトファン(人間の場合は睡眠や情緒の維持・安定に欠かせない物質)から派生した一連の微粒子を発見した。その中には臭素(訳注=人間だと、精神の興奮を鎮める作用を持つが、毒性がある)が含まれ、微粒子(つまり皮膚)が光にどう反応するかを左右していた。例えば、明るい色の皮膚にある微粒子は、青い光をよく緑の光に変え、他のサメが見るあの緑のネオンを発していた。
蛍光性がある海洋動物の多くは、光を変換する技法をそれぞれ独自に進化させたようだ。最もよく知られているのは、緑色の蛍光たんぱく質が使われることだ。浅い海なら、クラゲやサンゴなどがこれで虹色のネオンをつくり出す。
しかし、深海ザメの技法は、これらとはまったく違っていた。
今回のサメの皮膚にある微粒子は、暗く青い世界で繁殖相手を見つける必要性があって保持されているのかもしれない。一方で、そのいくつかには抗菌作用があることも知られている。だから、海底には多くの細菌がいるにもかかわらず、きれいな皮膚を維持することができる。
サメの皮膚の機能については、こうして分かってきたこともあるが、残る謎も多い。なぜ、アメリカナヌカザメとクサリトラザメは蛍光を発するのに、似たような他の種はしないのかといったことだ。
「壮大なミステリー小説のようなものだ」とグルーバーは例える。「海洋には、もっと多くの蛍光特性を持つサメがいるに違いない。私たちが、まだ出合っていないだけなんだ」(抄訳)
(JoAnna Klein)©2019 The New York Times
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