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選挙予測を出し抜く 番狂わせの舞台裏で暗躍するデータサイエンティストたち

World Now
ケンブリッジ・アナリティカの元CEOアレクサンダー・ニックス氏(左)とトランプ米大統領(デザイン:木村デザイン事務所、写真はAP)

「どんな有権者が投票に行くのか、人々は根本的に見当違いをしていた。それが多くの予測調査が外れた理由だ」

英国の選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカ(CA)の元部長マシュー・オクズコースキー氏は、米大統領選後のイベントで、世論調査機関やメディアをこうこき下ろしつつ、胸を張った。「我々は(性別や年齢など)個々の属性より、その人の『性格』の方が、はるかにその行動や動機付けに影響を与えることを知っていた。我々はこれを政治の世界で使った」

米フェイスブック(FB)から最大8700万人分の個人情報を不正流用し、トランプ勝利に貢献したCAとは、どんな会社なのか。

1990年創業の親会社「戦略的コミュニケーション研究所(SCL)」は、データ分析で様々な事業を手がけ、英国防省や米諜報(ちょうほう)機関などからアフガン戦争などで「心理誘導作戦(PSYOPS:サイオプス)」を請け負っていた。デジタルを駆使して意図的に情報を流し、感情や行動に影響を与えて作戦を優位に進める。戦時中に情報操作のために敵国の空中からばらまく「宣伝謀略ビラ」(伝単)のいわばデジタル版だ。その手法を政治にも持ち込んだ。

94年からの6年間で、ナイジェリアや南アフリカ、インドネシアなどから23件の「仕事」を受注した。これに目を付けたのが、米共和党の「メガ・ドナー」(大物献金者)として知られるロバート・マーサー氏と、後にトランプ陣営で選対本部長を務めたスティーブン・バノン氏。SCLと連携し、米国でも「心理誘導作戦」を仕掛けようと13年に設立した子会社が、CAだった。

■心理学×ビッグデータ×広告

心理誘導作戦とは――。大統領選前、当時の最高経営責任者(CEO)、アレクサンダー・ニックス氏がビッグデータを使った手口の一部を明かしている。その特徴は「計量心理学」の活用だ。1949年に提唱された「OCEAN5(オーシャン・ファイブ)」と呼ばれる手法で、「Openness(開放性)」「Conscientiousness(誠実性)」「Extraversion(外向性)」「Agreeableness(協調性)」「Neuroticism(神経質性)」の五つの要素がわかれば、その人の性格を正確に推定できるとされ、CAはそれを使って「米国の一人一人の性格を推測できるモデルを完成させた」(ニックス氏)。

ケンブリッジ・アナリティカ(CA)元幹部が新たに立ち上げた米国のデータ分析会社のプレゼン資料に、CAの手法が書き込まれていた。「どう作用するか」と題し、「行動マーケティング」+「データ」+「ターゲット化」=「行動の変化」と書かれていた(米国で開催された2019年のFinancial Brand Forumでの講演資料より)

CAの分析を支えたのは、英ケンブリッジ大学の研究者がFB上にアップした、OCEAN5を使った性格診断アプリ「thisisyourdigitallife」の約30万人のユーザーやその友人から不正に得た個人情報。更に商品購入やネット閲覧履歴、所有する車や購読誌、通う教会や政治的思考まで様々なデータを入手し、有権者1人につき5000件の関連データをひもづけていたという。

こうして把握した有権者の性格や嗜好に応じたメッセージを、特定の個人を狙い撃ちして大量に送る。その内容も、心理的な効果を最大限に与えるよう考え抜かれていた。ニックス氏は、こんな例え話をしている。「あなたが幸運にも個人所有のビーチを所有したとして、そのビーチに一般の人が近寄らないよう促すには、どんな方法がよいか」

まず考えつくのは「この先は私有地につき、侵入禁止」。だが、事実に反していても「警告! サメの目撃情報あり」と脅す看板の方が、「心理学的にはよほど効果がある」。

2017年3月、ドイツ・ハンブルクでのイベントでスピーチするアレクサンダー・ニックス氏=AP

通常の大統領選では、経済や安全保障などが争点となるが、トランプ氏への少額献金者の分析から、支持者は「移民」や「貿易」などに反応。これを踏まえたメッセージを積極的に打った。

英テレビ局は、CA幹部が「不正なヒラリーを打ち負かせ」運動の一環で、「様々な種類の創造的広告を作り、それをオンラインにばらまいた」と発言している映像を暴露。クリントン氏と手錠を組み合わせたロゴを提案し、トランプ氏の政治団体を通じて流した動画広告では、クリントン氏を「現代で最も腐敗した政治家で、当選したら最初に監獄に入る大統領になるだろう」と中傷した。こうした広告は、FB上の一般的なページには表れず、ターゲットを絞った対象者の画面にだけ現れるよう細工していた。

英国個人情報保護監督機関(ICO)によると、英国のEU離脱にもCAが一役買っていたとされる。ICOによれば、EU離脱を主導した政治団体「Leave.EU」は運動の初期、CAと接触していたと指摘。また元CA幹部は英議会で、外国の権威主義的指導者の選挙運動にも複数関与し、フランスの極右政党「国民連合」のルペン氏からも協力依頼があったが、そことは契約しなかったと明かしている。

CAとSCLはその後、個人情報の不正入手などが問題となって、英国の司法の捜索も受け、昨年5月に廃業に追い込まれた。だが、元幹部は廃業と前後して別会社を設立。オクズコースキー氏はデータ分析会社「Data Propria」を創設した。CA社員を再雇用し、20年の大統領選に向けトランプ氏に協力している、と米メディアは伝えている。

■世論調査は情報の「民主化」

16年の米大統領選では、民主党候補クリントン氏だけでなく、選挙予測調査もビッグデータに打ちのめされた。全米での得票総数は、クリントン氏がトランプ氏を280万票以上も上回った。それでもトランプが逆転できたのは、得票総数での勝敗ではなく、1票でも多ければ、その州の選挙人全てを獲得できる「総取り」方式を大統領選が採用しているためだ。その仕組みに注目したCAは、ミシガンやウィスコンシンなど激戦州に絞って広告を展開。投票先を決めていない「説得可能な有権者」に対し、デジタル版「宣伝謀略ビラ」で集中的に心理作戦を仕掛けた。

トランプ米大統領=AP

全米世論調査協会の元会長ケーシー・フランコビック氏は、全米規模では正確だったが、州単位の調査の精度が低かったと認める。「トランプを支持する傾向がある人々をすくい取れず、彼らが直前に心変わりした。激戦3州での計約7万8000票の行方が最終的に勝敗を決めた」

英国では昨年、新たなデータ保護法が発効。個人情報保護徹底のため、ICOの権限強化や個人情報を扱う在英企業に登録を義務付け、違反者を処罰する仕組みを作った。しかし、日米ではこうした法整備は十分とは言えない。

元CA幹部で内部告発に踏み切ったブリタニー・カイザー氏は、巨大IT企業「GAFA」が個人情報を売り物にしていると警告し、「いまや石油より世界で最も価値のある資産となったのがビッグデータだ」と英議会で証言した。

米国の数学者、キャシー・オニール氏は著書「数学的破壊兵器 ビッグデータがいかに不平等を拡大し、民主主義を脅かすか」で、コンピューターが作るアルゴリズムが人間の判断より優先され、中身がベールに包まれたまま、労働者の評価や就職の採用など広範囲で使われると危惧。こうした数学的モデルが弱者を虐げ、「民主主義に有害なカクテル」を生み出していると強調。日本世論調査協会会長で社会学者の栁井道夫氏も、「選挙にビッグデータはますます活用される。米英では政治問題化するほどGAFAなどが膨大な個人情報を掌握している。それが政治権力と結びつくと恐ろしい」と指摘する。

だからこそ、とフランコビック氏は言う。「一部のエリートや政界の人だけが情報を握るのではなく、だれもが入手できる世論調査の公表は民主主義にとって、必要不可欠だ。我々は人々が思うことについての情報を『民主化』している。それはビッグデータの時代でも重要なことなのです」