■「自分で運転する車」へイメチェン
ロールス・ロイスが9月14~16日に東京・六本木ヒルズで開いた展示会。まばゆい光を放つフラッグシップのセダン「ファントム」やSUV「カリナン」、オープンカー「ドーン」が並んだ。ロールス・ロイスが一般公開のイベントを開くこと自体、珍しい。その狙いを、ハリス氏は「当社で初のSUVであるカリナンの発売が、新しい客を呼び込むゲームチェンジ(転機)となった。若者など、もっと多くの人に触れてもらい、ロールス・ロイスとは何かを知ってもらいたい」と説明する。
ロールス・ロイスのメインターゲットとなる超富裕層は、資産が3000万ドル(約32億円)以上と並の金持ちではない。新車価格は約3400万円からだが、ほとんどの客が独自の仕様を注文するため、価格はあってないようなもの。受注生産のため、いま注文しても、納期は来年の第1四半期になるという。
ロールス・ロイスといえばファントムのようなセダンを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、13年にクーペの「レイス」、その2年後にオープンカーの「ドーン」を相次いで発表。昨年はカリナンがデビューした。これらのモデルは、ロールス・ロイスにあるショーファーカー(運転手が運転する車)のイメージを覆し、いまやドライバーズカー(自ら運転する車)としての人気も定着してきたという。若いIT経営者らに客層が広がり、昨年の世界販売は4107台と過去最高を記録。今年1~6月も2534台と前年同期比42.3%の伸びで、勢いが増している。日本についても、ハリスは「超富裕層の数は中国より多い。だから安定して成長している」と分析。昨年の230台から10%程度の伸びを見込んでいる。
それでも日頃は街中でほとんど見ることがない珍しい車だけに、こうしたイベントを活用することで、「新しいロールス・ロイス」に興味を持ってくれる人を増やしたいのだという。
■自動車業界激変の中でも「独自の戦い」
ロールス・ロイスには100年以上の歴史があるが、一時期、経営が苦しくなり、自動車部門は03年にBMWグループとして再出発した。自動車業界では最近、CASE(ケース=インターネットに接続する車、自動運転、カーシェアリング、電動化)やMaaS(マース=ITを使った移動サービス)など新技術の開発競争が激しくなる一方、個人が車を持つメリットが少なくなり、新車販売が減少するとの不安も広がっている。BMWとの関係が強まる可能性はあるのだろうか。
ハリス氏は「BMWグループに属するのは、特に車台の技術開発や生産工程の改善に役立つが、経営や技術部門は独立している」と話し、現状の体制が望ましいとの考えを示した。
自動運転などの新技術については、「ロールス・ロイスは昔から新技術を使って運転手の負担を減らすように考えており、現代の先進技術も多く取り入れている。ただ、自動運転のシステムは、テクノロジーとして見るのではなく、うまく機能するにはエコシステム(生態系のような多くの企業や人が参加・協力する態勢)が必要だ。1番でも最後でもなく、適切なときに導入したい」と強調した。そして、「ロールス・ロイスは自動運転の考え方を、昔から取り入れている。それは運転手だ。乗る人が自分で運転しない。まさに自動運転だ」と笑った。
カーシェアリングに対しても、「リッチな人々は、何でも自分で所有したい。だから車もシェアではなく、自分のロールス・ロイスを持ちたい。ロールス・ロイスと言えば『ビスポーク(特別な注文)』。お金持ちは自分のためにビスポークするから、それはシェアとは合わない。私のスーツをあなたが着ても、たぶんサイズも違うし合わないと思う。それと同じだ。そもそも台数も少ないのでカーシェアリングの影響は心配していない」と言い切った。
■ライバルは、ヨットや邸宅
世界にはフォルクスワーゲングループの「ベントレー」やメルセデスの「マイバッハ」など超高級車と称される車はたくさんある。だが、ハリス氏は「彼らは大量生産のマス・ラグジュアリー。受注生産のロールス・ロイスは少し違った特別な地位にあり、同じ土俵には立っていない」とライバル視していない。
ではライバルは何なのか。「ヨットや大きな邸宅、オークション、費用のかかる旅行や教育費など、車よりももっと重要で高価なものと競合している」という。裏を返せば、車がほしくて、お金が十分にある人なら、必ずロールス・ロイスを選ぶという自信があるわけだ。実際、アウトドア用にSUVのカリナン、街乗りにセダンのファントム、夏用にオープンカーのドーン、長距離ドライブにクーペのレイスというように、複数のロールス・ロイスを所有する客も少なくないという。
今回の展示会では、そんなロールス・ロイスの世界観の一端を紹介する仕掛けもあった。英国の本社から職人のロビー・ブルックス氏(26)が来日。高級感のある仕上がりで有名な木製のインテリアパーツの作り方などを会場で解説してくれた。
木製インテリアは手作業で作られるが、驚くのは、木目や色合いをそろえるため、1台ごとに1本の木を使うことだ。ブルックス氏は「傷の補修などのため、余った木材は20年間保管している」という。思い出のある自宅の庭の木など、客が指定した木でも、自動車用に使えるかテストで合格すれば、使用することも可能だ。ブルックス氏は元大工で、ロールス・ロイスで働き始めて3年になる。「昔から車が好きだった。これは夢の仕事だ」と喜ぶ。
内装だけではない。車のドアでさえも「特別」を醸し出している。ファントムやカリナンは後部のドアが前から後ろに開く「観音開き」。2ドアのドーンも、同様に前から後ろに開く。これならドレスを着た女性でも楽に乗り降りできそうで、とてもエレガントだ。一方で、ファントムの威厳のある「顔」はギリシャのパルテノン神殿をモチーフにしているという。ちなみに展示されていたファントムは左ハンドル。今では日本で売られる外車も右ハンドルが一般的になったが、以前は大半が左ハンドルだった。外車を乗り継いできた客からは左ハンドルの要望が強いのだという。
自慢の装備も、記者のような普通の人間から見れば、テーマパークのような面白さがある。後部のドアに傘が収納されていたり、天井がプラネタリウムのように輝いて流れ星まで流れたり、ドアが電動で開閉したり、足元にエアコンの吹き出し口があったり、ふかふかの厚手の絨毯が敷いてあったり。
ボンネットの先端に飾られる羽ばたく女神像のマスコットは、盗難防止のため、触ったり施錠したりするとボンネット下に自動で収納される。カリナンに至っては、後部の荷室から電動で折りたたみの椅子が飛び出す。湖畔に後部を向けて駐車し、この椅子に座って釣りをするのだという。オプションの費用は200万円と普通の乗用車が1台買える値段。まあ、これを楽しめるのが超富裕層なのだろう。
こんなロールス・ロイスだけに、納車のセレモニーも豪華になる。インドでは、結婚式のプレゼントでロールス・ロイスを贈ることが「とても普通のこと」(ハリス氏)だという。シンガポールでも、ビジネスの成功を祝い、客の会社がその顧客を呼んでパーティーを開き、納車をすることがある。また、ある国では引き渡しのパーティーに英国から職人を呼び、最後に残してあったボディー横のラインを引いたという。
自動運転やカーシェアリングの時代が来ても、自家用ジェット機のように、ロールス・ロイスは続いていくのだろう。
(取材協力:池田健一郎、近本凱)