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サリンジャーを追いかけた少年の青春 『ライ麦畑で出会ったら』

Cinema Critiques 映画クロスレビュー 更新日: 公開日:
『ライ麦畑で出会ったら』よりPHOTO©2015 COMING THROUGH THE RYE, LLC ALL RIGHTS RESERVED

みどころ 舞台は1969年の米国。全寮制の高校で孤独な生活を送っていたジェイミー(アレックス・ウルフ)は、小説『ライ麦畑でつかまえて』の主人公に共感し、演劇として脚色することを思いつく。しかし、舞台化には作者であるJ.D.サリンジャーの許可が必要と知り、演劇サークルで出会ったディーディー(ステファニア・オーウェン)とサリンジャーを探す旅に出る。高校時代の監督の身に起きた実話をもとにした青春映画。(2015年、アメリカ、ジェームズ・サドウィズ監督、全国順次公開中)
『ライ麦畑で出会ったら』よりPHOTO©2015 COMING THROUGH THE RYE, LLC ALL RIGHTS RESERVED
『ライ麦畑で出会ったら』よりPHOTO©2015 COMING THROUGH THE RYE, LLC ALL RIGHTS RESERVED

Review1 川口敦子 評価:★★★(3=満点は★4つ)

オマージュ超えた愛と理解

胸にしみ入る青春映画だ。16歳のジェイミーは憧れの作家サリンジャーとの対面をめざして旅に出る。大人への旅立ちの物語は、無垢を温存することを願うサリンジャーの魂を裏切るかにも見える。が、映画は、子供でい続けることの不可能さ、その痛みをすくい、上すべりなオマージュを超える。作家の世界への理解と愛とを開示していく。

例えば旅から戻った少年がチャペルで聴く詩の一節。「美しい世界」のもろさを突くその詩の作者ローレンス・ファーリンゲッティは、原爆投下直後の長崎で平和主義に目覚めたビート派詩人だ。彼と同年に生まれ同様にノルマンディー上陸作戦をかいくぐったサリンジャーもまた戦争体験をトラウマとした。そんな重なりをふまえて監督サドウィズは戦争に警鐘を鳴らす詩を引く礼拝の場面を用意したのだろう。

だからこそ一見、なにげない場面は戦争描写のない戦争小説とも評される『ライ麦畑でつかまえて』への深い愛と理解をたたえ、サリンジャー作品の神髄と共振する。この場面を境に少年はひとつの死と向き合う。ニクソン。ヴェトナム。戦争に再び深く傷ついた時代を映画は指し示す。劇中のサリンジャーの助言通り、サドウィズはそこで「自分の物語」を語り始めている。

Review2 クラウディア・プイグ 評価:★★(2=満点は★4つ)

根強いファンでないと退屈

おそらくこの作品を心から好きになるには、『ライ麦畑でつかまえて』の根強いファンでないといけない。あの小説が頭から離れないというほどでない人には、かなり退屈な物語になってしまう。

ジェームズ・サドウィズ監督は懸命に小説の主人公ホールデンと映画の主人公ジェイミーの類似点を描こうとしている。知的なティーンエイジャーが苦悩にさいなまれ、同級生のいじめの的になり、自分には目もくれない金髪の女の子のことで悩む。青春映画の標準的なシナリオだ。残念ながらジェイミーは肉付けされた人物というより文学的な装置のような感じがする。

牧草地でのファーストキスの場面など、ジェイミーと一緒に旅をする少女ディーディーを描いたシーンには、何度か心を打たれた。二人の関係もよくある10代の恋愛映画より複雑に描かれている。しかし、ストーリーに一体感がない。

この作品のテーマは何か。10代の反抗?性の目覚め?秘かに抱える深い悲しみに向きあうこと?あるいは不確実な大人の世界を受け入れて成長すること?本気でこのすべての主題に手を出しているが、機械的に手順を踏んでいるようで、どれも深く掘り下げることなく終わっている。