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「デス・ストランディング」小島秀夫の発想力と実現力 見た映画のすべてが血肉化する 

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
奥に見えるのは、シンボルのキャラクター「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」。「見たことのない世界に遊びを届ける」という思いが込められている=東京都港区の「コジマプロダクション」、飯塚悟撮影

9月上旬。小島は新作開発のさなかにあった。ソニーグループのゲーム機「プレイステーション4」向けの『デス・ストランディング』。2016年に制作を発表したゲームの開発はいま、小島がプレーしながら担当部門と修正を繰り返していく段階に来ている。「これまでにないゲームになってますよ」。コントローラーを手にしながら、そう自信を見せた。

実写のような精細な映像を使うゲームの中で、主人公を演じるのは、米のドラマ『ウォーキング・デッド』で人気のノーマン・リーダス。脇を固めるのは『ハンニバル』のマッツ・ミケルセンに、映画『007 スペクター』でボンドガールを演じたレア・セドゥ。ゲームの枠を超えた小島への評価と期待が、その顔ぶれから伝わってくる。

『デス・ストランディング』の一場面。ノーマン・リーダスが主人公を演じる©Sony Interactive Entertainment LLC. Death Stranding is a trademark of Sony Interactive Entertainment LLC. Created and developed by Kojima Productions.

「小島さんの作品は『深い』」。独特の世界観で知られるベストセラー作家万城目学(42)は言う。「ゲームとして常に最先端。セリフの意味が深い。背景となる設定も深い。膨大な情報が込められているんですが、すごいのは、それらが破綻なく、エンターテインメントとしてまとまっていることなんです」

■僕は映画でできている

「僕の70%は映画でできている」。小島は、自分をそう表現する。製薬会社の薬剤師だった父は大の映画好きで、幼い小島をテレビの前に座らせては映画を見せた。黒沢明やヒチコック、『ミクロの決死圏』や『猿の惑星』といったSF。家のテレビでは毎日のように映画が流れていた。

小学5年になって、ひとりで映画館に行くようになると、何を見たか報告すればチケット代をくれた。最初に見た洋画はSFアクションの『ローラーボール』。「『ピンク・パンサー2』を見たときはぶん殴られましたね」。小島は笑って振り返る。

東京ゲームショウで『デス・ストランディング』に起用する声優たちと語る小島(左から2人目)=2018年9月23日、千葉市の幕張メッセ、西村宏治撮影

「映画監督か小説家に」。夢を描き始めた13歳の夏、会社から帰宅した父が倒れ、急逝する。母子家庭となって「美術系の大学に行きたい」とは言い出せなくなり、経済学部に進んだ。だが、金融機関への就職をめざす友人たちと話が合わず、ひとりで過ごすことも多かった。ガラガラの映画館で『ブレードランナー』を見たのはこのころだ。任天堂の「ファミリーコンピュータ」が売り出され、大流行した時期。『スーパーマリオブラザーズ』にも熱を上げるようになった。

それが将来につながる。ゲームソフトの会社なら、映画や小説とは違っても自分なりの表現はできる。月給も得られる。そう考えて選んだのがコナミだった。入社すると、主流のファミコンではなく、家電メーカーなどがつくる「MSX」の担当になったが、これが画期的なデビュー作『メタルギア』開発への道を開く。

小島秀夫さん=飯塚悟撮影

会社からは「戦争ゲーム」を求められたが、「MSX2」は数多くの物体が同時に動く映像の処理が苦手で、銃弾が派手に飛び交うものはつくれなかった。どうするか。思いついたのが「逃げるゲーム」だ。ヒントは『大脱走』や『ナバロンの要塞』といった映画。これなら集団戦にはならず、映像の処理は少ない。それに、「単なる撃ち合い」のゲームはつくりたくなかった。

最終的に仕上がったのは『007』のように、ひとりで敵地に潜入し、「メタルギア」という兵器の破壊をめざす特殊部隊員のゲーム。社内には「売れるわけがない」という声もあったが、発売されると熱狂的なファンを集めた。入社2年目のことだ。

そして、1998年。『メタルギア』を源流に、「プレイステーション」向けに開発した『メタルギアソリッド』で、小島は世界に躍り出る。潜入工作の緊迫した展開、繊細な映像表現、核兵器をめぐる政治が絡む骨太の物語で、遊び手にこれまでにない体験を届けた。続編も高い評価を得て、2001年、米ニューズウィーク誌で「未来を切り開く10人」に。その後も数年に1度のペースで新作を送り出していく。

元雑誌編集者で、今はコジマプロでシナリオづくりなどを担う矢野健二(53)は、小島を「映画が血肉化している」と言う。これまで見た映画のストーリー、カメラワークや音楽といった演出のすべてが頭の中でかみ砕かれ、消化されて発想の源になっているというのだ。一方で「アイデアを思いついたら、同時にどう実現するかも考え出す人」でもあるという。発想力と緻密な管理力。その両輪で、世界の先頭を走り続けた。

部屋にはたくさんのフィギュアが並ぶ=東京都港区のコジマプロダクション、飯塚悟撮影

■だれかの背中をポンと押す

それでも、転機は訪れる。2010年代にスマートフォンが普及すると、スマホゲームが猛烈な勢いで広がっていく。小島がつくってきたのは最先端の技術と高精細な映像を駆使したゲーム機やパソコン向けのゲームだったが、会社は国内市場の動向にあわせてスマホ重視に傾いていく。15年春。小島は突然、表舞台に一切、顔を見せなくなる。そして、その年末に退社。小島はこの間の事情を黙して語らない。ただ、会社を離れてしまえば「メタルギアシリーズ」も、そのために磨き上げてきたゲーム開発用のプログラムも使えない。「なにもかも失ったと思いました」

「1~2年休もうと思っていた」という小島の背中を押したのは、作品を通して結ばれた友人たちの「すぐにでも新しい作品をつくるべきだ」との声だった。そのひとりが『シェイプ・オブ・ウォーター』で18年にアカデミー賞監督賞と作品賞を手にすることになる親友のギレルモ・デル・トロ(54)。「ヒデオは創造性の発信源。厳しい状況を乗り越えれば、さらにいいアーティストになると思っていた」。後に小島と対談した際、こう明かしている。

3人の仲間と会社を立ち上げた小島はソニーのゲーム会社と提携し、急ピッチで新作の準備に入る。16年6月、世界最大のゲーム見本市「E3」を前に米・ロサンゼルスで開かれた発表会で、『デス・ストランディング』の紹介動画を披露した。

「ゲームの歴史上、最もクリエイティブな才能をお迎えしましょう」。アナウンスに会場がざわめく。ステージに姿を見せた小島は、「I’m back!(帰ってきたよ!)」と声を上げた。拍手を送る人、涙を流す人。誰もが祝福していた。その光景を見ながら、ようやく思えたのだという。「なにも失ってはいなかった。今まで通りゲームをつくればいい」

小島秀夫さん=飯塚悟撮影

サラリーマン時代とは違う緊張感はある。新作が失敗すれば、スタッフは行き場に困る。でも、気負いは見せない。「不安でつぶされそうになるときもあります。みんなには『信じてついてこい』って言ってますけど」。笑いながら、そう言う。

そんなときも、支えてくれるのは映画だ。デル・トロをはじめとして、自分の美意識で勝負している人たちの作品を見ると、「負けられない」と闘志がわく。そして、果たすべき最低限の役割をかみしめる。それは「だれかの背中をポンと押してあげる」こと。人生いいことばかりじゃない。だからこそ、自分のゲームが、明日を前向きに生きる力になればいい。幼いころに、思春期に、人生の岐路に、映画が自分にしてくれたように。

(文中敬称略)

 

Profile

1963 東京で生まれる。3歳からは大阪、兵庫で育つ

1977 13歳の時、45歳で父が急逝

1986 大学卒業後、コナミ入社

1987 MSX2向けの初監督作品『メタルギア』でデビュー

1998 プレイステーション向けに発売した『メタルギアソリッド』が大ヒット

2001 米ニューズウィーク誌の「未来を切り開く10人」に選定。この年から2015年にかけて、「メタルギアシリーズや他タイトルを継続的に発表

2009 ゲーム開発者が選ぶ「Game Developers Choice Awards」でLifetime Achievement Award受賞

2015 コナミグループを退社。独立し「コジマプロダクション」設立

2016 ビデオゲーム界のアカデミー賞とも言われる「DICESummit」でHall of Fame(殿堂入り)受賞。プレイステーション4向けの新作『デス・ストランディング』の紹介動画を公開

2017 サンパウロで開かれた「Brasil Game Show」でLifetime Achievement Award受賞

 

Self-rating sheet

小島秀夫さんは自分のどんな「力」に自信があるのか。記者が用意した8種類の「力」を5段階で評価してもらうと、「これは自信があるかな」と「独創性・ひらめき」「行動力」に5をつけた。

意外なことに、「ゲーム力」は2。「こんなの書いたら恥ずかしいかな」。アクションゲームは好きだが、操作の技術はファンが上を行くことも多い。用意したハードルを考えもしなかった技術でクリアされて、驚くこともある。「こんな僕が難易度を調整してるので、がんばれば誰でもクリアできると思いますよ」。中学時代は体操部に所属。今でもジムに通うが、「最近、本当に衰えて」と「体力」には3をつけた。

 

Memo

コジマプロダクション…小島のほか、メタルギアシリーズのアートディレクターだった新川洋司ら4人で設立。開業当初は4畳半の仮事務所に入居していた。翌年に移った今の事務所はデザインから調度まで、会社が送り出す作品のイメージに沿っている。フロアには全体が見渡せるカウンター型のキッチンがあり、打ち合わせなどでは「司令塔」の役割も果たしている。

自身を「究極のオタク」と呼ぶ小島。コジマプロの一角にある自室には、本やDVD、フィギュアなどが所狭しと並んでいた=2018年9月5日、東京都港区の「コジマプロダクション」、飯塚悟撮影

デス・ストランディング…内容は明かされていないが、ノーマン・リーダス扮する主人公サムが、なにかを運ぶ物語が展開するようだ。ノーマンはネット番組で「敵を皆殺しにして勝った、みたいなものとは真逆で、みんなをつなぐゲーム」と明かした。発売時期については、近未来を描いた漫画『AKIRA』の舞台設定(2019年)に近いかもしれないというヒントを、小島自身が語っている。