手術は3月、ジョンズ・ホプキンス大学(米東部メリーランド州ボルティモア)の医学部付属病院で行われた。
過去、ペニス移植手術の成功例は2件ある。2014年に行われた南アフリカのケースと16年の米マサチューセッツ総合病院(MGH)でのケースだ。しかし、いずれも移植はペニスだけで、陰囊や周辺の筋肉組織などは含まれなかった。
だが、今回の手術では、長さ10インチ(約25センチ)、幅11インチ(約28センチ)、重さが4~5ポンド(約2キロ)の腹壁組織も移植された。ジョンズ・ホプキンス病院やMGHの医療チームは、解剖用の人体を使って手術のテクニックを磨くなど準備に数年を費やした。
イラクやアフガニスタンの戦場で多くの兵士が地雷を踏むなどして一瞬のうちに死傷したが、今回、ジョンズ・ホプキンス病院で移植手術を受けた患者もそうした兵士の一人である。彼は両足のひざから下も失ったが、男性器にダメージを受けたことで、もっとつらい思いをしてきた。
「あの負傷で、僕はもう性的関係を持てなくなったのだと思っていた」。そう彼はインタビューで語った。「もう終わってしまった、残りの人生はひとりぼっちで生きていくということなんだ。僕は長いこと、自分を男として見つめることと格闘してきた」
手術から4週間が経ち、彼は「すっかり元通りになったと感じている」と振り返った。
生殖器を負傷するなんて不名誉なことだから、記事にする時は名前を伏せてほしい。どんな傷を負ったのかについては、家族とごく親しい友人以外には明かしていないと言う。
ジョンズ・ホプキンス病院の形成再建外科部長、W・P・アンドリュー・リー医師は今回の手術の目的について、「主体性と男性らしさを回復することにある」と言っている。それは多くの男性にとって、排尿ができ、セックスもできるようになることを意味する。
リー医師によると、治癒や神経の再生にはそれなりに時間がかかるが、今回の移植手術で排尿もセックスも両方可能になる。排尿機能の方が早く、数カ月以内でできるようになる。一方、移植した男性器の神経細胞は1カ月に約1インチ(約2.5センチ)のペースで成長する。
「自然な勃起やオーガズム(性的な興奮)という意味での性的機能を回復できると、私たちは期待している」。そうリー医師は語った。
陰囊も移植したが、ドナーの睾丸(こうがん)は倫理的な理由で取り除いた。睾丸があれば子どもができる可能性があるが、その場合、遺伝子学上の父親はドナーになる。それは、医療指針からはずれているとみなされる。
というのは、移植を受けた本人の生殖組織は破壊されているため、生物学上の父親にはなれないからだ。睾丸がないかわりに、男性ホルモンの一種であるテストステロンの投与を受け、勃起を促す薬のシアリス(Cialis)も使うことになる。
現在、この種の移植手術が必要な男性は何人いるのかわかっていない。米国防総省のデータによると、イラクやアフガニスタンで泌尿生殖器を負傷した人は1300人余を数え、そのうち31%がペニスのダメージも負っている。陰茎部の約20%を負傷すると、ダメージは深刻とみなされる。ただ、そのうち何人が移植手術を必要としているかについては不明だ。軍隊には泌尿生殖器を負傷した女性もいるが、こちらはそう多くない。
生殖器移植手術の研究費は国防総省が負担している。だが、今回の手術はジョンズ・ホプキンス病院側がもった。その額を、リー医師は30万㌦から40万㌦と推計している。手術には形成再建外科医9人と泌尿器科医2人がかかわったが、その人件費は含めていない。将来、この種の手術はペンタゴン(国防総省)が費用を負担し、保険でもカバーできるようになることを医師らは望んでいる。
(今回、移植手術を受けた)元兵士は、爆弾で負傷した時はまだ意識が残っており、打ちひしがれて沈み込んでいくのを記憶している。負傷兵救護ヘリコプターに乗せられたところまでは覚えている。次に記憶がもどったら、米国におり、生きていることに気づいた。
すぐに、負傷の度合いが容易ならざることを知る。軍医から、傷は生涯治らないと告げられた。
入院中、彼は自殺への思いにとりつかれた。「自ら命を絶つことを考えていた時、『でも僕は、ほんとうにペニスのことで自死してしまうのか』って思い直したんだ」
その後、義足を使った歩行練習に励んで退院し、独りでアパート暮らしを始めた。しかし、他人との関係を築くのに苦労した。肉体的な痛みを和らげるための鎮痛剤オキシコチン(OxyContin=オピオイド系の半合成麻薬剤)は必要なくなったが、精神的な安定を得ようとしてその薬を使い続けた。
なんとか抜け出そうとした。セラピスト(精神療法士)に診てもらった。大学にも通って学士号を取得、医学部への進学準備も始めた。だが、性的な関係とか、デートをすることさえ論外に感じられた。誰かと親しくなったとすれば、あの傷のことを打ち明けないわけにはいかないだろうという思いにかられていたのだ。
「これは孤独な傷なんだ」。そう彼は語った。
12年、彼はジョンズ・ホプキンス病院の形成再建外科部の医師リチャード・J・レデット部長のもとを訪ね、自分の組織――たとえば上腕の皮膚――を使ってペニスをつくれないか相談した。手術で排尿は可能になるだろうが、勃起機能を得るにはインプラント(埋め込み)が必要だ。それがかなえば魅力的なことだから、レデット医師は将来の可能な方法について語った。つまり、移植手術だ。
そこで彼は、待つことにしたのだ。
徹底的な診察を受けた。尿道に沿った神経や血管が損傷していないことが前提だ。手術のリスクおよび拒絶反応が起きる可能性について納得できるかといった心理的な問題や、家族その他の支援ネットワークの有無なども関係してくる。
一方、ドナー側の家族からも、特にペニスを使うことへの同意が必要だ。ジョンズ・ホプキンス病院形成再建外科の臨床研究マネジャー、カリサ・M・クーニー氏によると、男性器を負傷した元兵士のために使うという目的を告げると、ほとんどのドナーの家族は同意してくれるという。
移植手術を受けた元兵士は手術前、ソレを自分の身体の一部として精神的にも感情的にも受け入れられるのかどうか、心配していた。
「まず頭をよぎったのは『ソレを自分のモノと思えるようになるのか』という思いだった」と彼は振り返る。「不安が頭から離れなかった。でも、体についたのを見たら、実感できた。コレは僕のモノなんだと」
彼はいま前を向き、将来の希望に思いをはせている。(抄訳)
(DeniseGrady)©2018TheNewYorkTimes