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科学と芸術を融合する実験

People 更新日: 公開日:
photo:Nakamura Yutaka

未知の産業を創造する人材を育てる――。極めてユニークな教育目標を掲げるロンドンの王立芸術大学院イノベーション・デザイン・エンジニアリング(IDE)学科。科学技術と芸術の融合をいち早く目指した試みはなぜ始まったのか。学科長のマイルズ・ペニントン氏のインタビューです。

――IDE学科はどのように誕生したのですか

エンジニアにデザインを教えたらどういうデザイナーに育つのか試してみたいと考えたのが始まりです。まだ学際的な試みが少なかった1980年のことです。隣接する理系のインペリアル・カレッジ・ロンドンの卒業生3人が最初の学生となりました。大成功でした。芸術と科学技術という異なる専門が交わる場は、両者の「怒号が飛び交う場」となっても不思議でないと思っていましたが、「魔法が起きる場」になったのです。

発足当初はインダストリアルデザイン・エンジニアリング学科という名称でしたが、いまはイノベーション・デザイン・エンジニアリング学科です。名称変更は、私たちの使命が優秀な工業デザイナーを既存の産業界に送り出すことから、まだ世の中に存在しないビジネスをゼロからつくる人材を育てることに移ったからです。

15年ほど前から工学系の分野以外の学生も受け入れるようになりました。大学でデザインを専攻した学生からIDEでエンジニアリングを学びたいという声が強くなったからです。いまでは、銀行員や記者出身の学生もいますよ。世界中のさまざまな分野から学生が集まる多様性こそIDEの魅力であり、強みです。

――イノベーションを起こすのにデザインの力はなぜ必要なのでしょうか。

イノベーションが起きるきっかけは、デザイン由来のものに限りません。技術の進歩によるもの、ビジネスや社会の必要性から生まれるもの、政治的な意図から生まれるものもあるでしょう。ただイノベーションを実現させるにあたっては、デザインが極めて重要な役割を果たします。デザインは人間の感情に訴えるものだからです。仕掛けを動かすのは技術ですが、技術に最適なかたちを与えるデザインの要素が加わらないと完成品にはなりません。

――ここではどんな教育をしているのですか。

修士課程でもあり、自主的な学びが主になります。講義ではなく、プロジェクトを通じて学んでもらう仕組みですね。1年目は、10個ほど課題を与えます。まずはプログラミングや機械工学についての理解を深めてもらうよう工夫しています。デザインプロセスにおいては、冒険と試行錯誤が成功のかぎを握るので、試作の段階でたくさん失敗してもらい、失敗へのおそれを克服してもらうことも狙いのひとつです。

また、学生を海外に短期間送り込む「ゴーグローバル」というプログラムを実施しています。今年は南アのケープタウンで現地の起業家と協働する場を設けました。低所得の住民が多く、さまざまな問題を抱えた地域で、学生はデザインによって何ができるのか、人々の役に立つデザインアイデアとは何か。身をもって体験することになります。そうして2年目に、卒業制作に取り組んでもらうのです。個人の作品とグループ作品の二つを発表してもらいます。私たちが期待しているのは、ナイフやフォークの美しいカタではなく、世界にインパクトを与えるアイデアです。

ここで学んでもらいたいのは、世界がどのようなデザインを必要としているのか考えつづける姿勢とチームワークです。私たちはデザイン界のスーパースターを育てるつもりはありません。

――未来をつくる人材をつくるということですね。

未来をつくる方法は様々あるでしょうし、だれもが未来を変えうることができる。未来をつくるのはデザイナーの専売特許ではありません。しかし、デザイナーは未来を変えうるアイデアを抱いたときに、産業と手を結んで実際に世の中に影響を与えることができるのです。それだけ重い責任を担っているのです。だからこそ世界がいま何を必要としているのか、よく観察して耳をすまして、その声にこたえなくてはいけません。

ここにいると学生を通じて未来の姿を垣間見ることができますよ。それはとてもわくわくする経験です。

――英国がデザイン先進国であるのはなぜですか。

世界で最初に産業革命が起きた国だからではないでしょうか。産業革命は近代デザイン誕生のきっかけになりましたし、後続の工業国との価格競争にいち早く敗れることで、製造業においては付加価値が、英国経済全体においては製造業に代わる産業の再発明が求められました。その結果、金融やクリエイティブ産業が発達したのだと思います。奇妙に聞こえるかもしれませんが、「世界の工場」の地位を失ったからこそ、デザイン力が磨かれたのです。

(聞き手:中村裕)

Miles Pennington

王立芸術大学院(RCA)イノベーション・デザイン・エンジニアリング(IDE)学科教授、同学科長。1992年、RCAIDEの修士号を取得。