「デザイナーは語る」の2回目は、大学在学中に「ソーシャルイノベーションデザイン」を理念に掲げるデザイン会社を設立した太刀川瑛弼さん。グラフィックやプロダクトといったデザインの専門領域を超え、社会や未来により良い変化をもたらすための総合デザインを目指しているといいます。
良いデザインとはなんでしょうか。カタチのよしあしはどこで決まるのでしょうか。突き詰めれば、人と人、人と社会といった見えない関係をうまく結ぶカタチであるかどうかが、良いデザインの条件だと思うのです。
たとえば防災ブック「東京防災」(2016年グッドデザイン金賞受賞)は、イラストや漫画を使うことで、都民のみなさんにとって楽しくわかりやすいものを目指しました。これまで興味を持ってもらえなかった防災情報に興味を持ってもらうためには、すでに興味のあるもののカタチを用いることは有効です。
良い関係が生まれるカタチは、どうやって見つけることができるでしょうか。
東京防災の場合、グラフィックデザインの智恵を使ったわけですが、正しいカタチはその都度違います。適切なカタチを見つけるためには、ひとつのデザイン分野にとどまらない俯瞰的な智恵が必要だと思っています。建築家のル・コルビュジエ(1887~1965)は椅子も絵画作品も残しました。チャールズ・イームズ(1907~78)も家具も建築物も映像作品もつくった。僕自身、それぞれの専門分野のデザインの智恵をもちながら、俯瞰的な視点でデザインを編み直したいのです。
問いを立てるデザイン
そんなことをぼんやり考え始めたのは大学院のころでした。ちょうど隈研吾先生のところで建築を専攻していたころに、良い建築を考えれば考えるほど、建築デザインとほかのデザインの境界がわからなくなってしまったんです。建築空間と人の関係を考えることと、コップと人との関係を考えることはどこが違うのだろうか。何も違いがないのではないかと。良いデザインを目指すなら、デザインと世界の関係そのものを問い直すことから始めようと思ったのです。
たとえばグラフィックデザイナーなら、雑誌やポスターといった既存のメディア上でデザインしますよね。でもグラフィックの知恵をプロダクトに使ってみるとか、それぞれの専門を別の領域に応用してみるとどうなるか。あるいは、いままでデザインが適用されたことのない媒体そのものを発見して、そこで最終的にカタチにまで落とし込むとどうなるか。専門分野の中で閉じていたらイノベーションは起こらない。面白いことは境界で起きると思うからです。
時代も変わりましたよね。景気のいい時代は、格好良くて奇抜なものをつくっていれば良かったかもしれない。だけど、IT革命など時代が激変する中で、デザインと社会の関係が変わりました。たとえばこのデザインスキルはこんなことに使えるはずだと仮説をたてて、社会に実装する。その結果、新しい領域のデザインができる。つまり、問いに答えるデザインではなくて問いを立てる視点こそがいま求められているんです。
デザインストラテジスト
僕らがお手伝いした「0から6歳の伝統ブランド aeru」という日用品のブランドがあります。作り手は日本全国の伝統産業の職人です。市場が縮み、後継者が育たない伝統産業を守るという社会課題に、伝統産業が見過ごしてきたベビー、キッズのマーケットを発掘することでこたえようとした。高価でも教育効果が期待できると考える親の需要があったんですね。
デザインとは、未来が良い方向にかじを切るための装置だと思っています。そして社会を変えるチェンジメーカーにデザインという武器を配るのが僕らの役割です。僕の名刺の肩書はデザインストラテジストにしました。デザインを適用するとその価値がふくれあがる、そんな鉱脈を見つけて、未来が少しでも良い方向に進むことに貢献したいのです。