戦後、がれきの中で創業し、日本の物作りやデザイン界を牽引してきた企業ソニー。高品質のラジオやテレビ、ウォークマンの登場は、人々の生活をも変えました。クリエイティブセンター長の長谷川豊さんに、ソニーにとってデザインとは何かやソニーが目指すデザインについて聞きました。
デザインの力とは、見えないものやことを視覚化して、それにより物事の方向性を示していくことだと思っています。デザインは、新しい概念を生み出す原動力になる。企業内のデザイナーは、商品を形作るだけではなく、根底となる方向性を提言していくという役割を担っています。社内ではとても重要な役割です。
ソニーでは1961年にデザイン室が作られ、「ソニーの顔作り」としてデザインに取り組んできました。デザイン室はその後、社長直轄の組織であるクリエイティブセンターに衣替えしました。単に商品のコスメティックなデザインだけでなく、これまで世の中にないものやこと、見えないものを視覚化していくことに取り組んできました。不動産やライフケア(医療付き住宅)、金融のような新しい事業カテゴリーの商品やサービスに関わっています。
特徴的なのが「デザイン審議」という組織。チーフアートディレクターが集い、商品やサービスの最終デザインができるまでに最低2回、デザインを審議します。そこでは価格帯も含め、デザインが「ソニーらしいかどうか」も話し合われる。事前の話し合いには新人も参加して、そこで職場内訓練のように「ソニーらしさ」が体得されていく。審議の結果はすべて社長も目を通しています。
――iPodを作ったアップルは、デザインでソニーの先を行っていたということになるのでしょうか。
勝ち負けの話ではないと思うけれど、デザインの優劣という面で後れをとっているとは思っていません。アップルは概念を作ったということだと思います。我々も同じように概念を再定義するということを行っています。スティーブ・ジョブズさん自身、ソニーの創業者である盛田昭夫をよくご存じだったと聞きます。手法という面では(ソニーのやり方を)意識していたということでしょう。ゲーム産業の中でソニーはプレイステーションというOSプラットフォームを確立しました。アップルとは違うフィールドでソニーにしかできないことに挑戦しています。
――いま消費者は何を求めているのでしょうか。
商品やサービスにストーリーを求めています。本質をイメージさせるストーリーがないと商品の価値が上がっていかない。そしてそのストーリーを作っているのがデザインです。インテリアと調和しながら透き通るような音と光で空間を満たす「グラスサウンドスピーカー」は、「このスピーカーを囲んで仲間や家族と語り合って欲しい」との思いを込めて作られています。
ものやことに込めた思想をいかに伝えられるかもデザインが担うようになってきている。だから、デザインの持つ幅は必然的に広がっています。デザイナーの数はそんなに増えていませんが、一人一人の応用能力が付加されています。領域を広げたプロジェクトをやることで、知見を高めていくのです。
人のやらないことをやる、というソニースピリッツ、チャレンジ精神を大事にしています。2014年に新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program」を立ち上げ、これまでの事業領域外の新しい事業のアイデアを集め、ソニーならではのイノベーションを創り出しています。我々がやる場合、商品の質に徹底的にこだわることが重要だと思っています。このプログラムから生まれたのが、ベルト部分にスマートフォンと連動する通知機能や電子マネー機能などの技術を搭載した腕時計です。「ソニーが時計?」と思われるかもしれませんが、オーディオやテレビ、ゲームなどのエレクトロニクスビジネスだけにおさまらない領域で、挑戦を大事にしています。