「今日の調査では池でタガメを見つけた。一緒に行った高校生は、とても珍しいカエルも観察できた。絶滅危惧種に出あった日は、こんなふうに、いつも焼き肉パーティーを開くんですよ」。研究所代表のキム・スンホ(56)が説明してくれた。
韓国環境省の報告書には、こんなデータが記されている。「DMZ一帯は国土面積の1.6%にすぎないが、半島で確認された生物の20%が棲んでいる。絶滅危惧種だけをみれば全体の約4割、なかでも鳥類は約7割に達する」。ジャコウジカ、クロツラヘラサギ、カエルの一種など、絶滅危惧の91種の生息がDMZ一帯で確認されている。
DMZ一帯は、兵士や地雷原といった「壁」に行く手を阻まれ、60年以上も人が自由に足を踏み入れることができない場所だ。そのため、ここには多くの希少生物が棲んでいる。戦争が生み出した「野生生物の宝庫」といえる。
DMZの生態系というと、見た目が華麗なツルなどが注目されがちだが、キムをはじめとした研究所のメンバーたちは現在、水棲生物の調査に力を入れている。DMZ一帯は農地が現代式に開発されなかったため、自然の池が多く残っており、昔ながらの多様な生態系を保っているという。
キムは言う。「アジアの他の国々ではあまり見られなくなった生物も、ここにはたくさんいる。特に水棲生物は目に見えにくいので、まだまだ発見できていない生物はたくさんいるはずです」
ただ、そんな生物の宝庫にも、外来の植物が入ってきているのだという。例えば、もみじの木でも、在来種ではなく、北米産の種を調査で見かけることが多くなった。DMZ一帯に訓練で入った米軍兵士の靴や車両のタイヤについた土などに、種が混じっていた可能性がある。
キム自身は、1990年代に坡州市で働き始めてからDMZの自然の豊かさに気づき、2000年に研究所をつくった。軍から特別に通行証を受け取り、ほぼ週に1回、DMZ一帯の調査に入り、動植物のデータを集め続けている。一緒に調査にあたる人たちは、専門の研究者ではなく、一般の市民たちだ。
キムの父親は北朝鮮に故郷を持つ「失郷民」だ。朝鮮戦争で韓国側に逃げて来てそのまま住むようになり、韓国で一生を終えた。DMZという壁の向こう側の北朝鮮には、おじやおばが今も住んでいる。「個人的にみれば、DMZという存在は他人事ではない。私の家族史なのです」とキムは語る。
DMZとは冷戦時代の名残だ。そして冷戦が終わった後も、国々のパワーゲームの結果として維持されているものでもある。「今も戦争が起きるかもしれないという緊張状態にありますが、生き物たちの姿はまったく変わりません。DMZは戦争の結果として作り出されたものですが、ここよりも条件のいい『自然保護区域』は世界のどこにもないといえる。逆説的ですけれど……」
戦争でできたDMZという「壁」が、長い時間をへて野生生物の宝庫をつくり出した皮肉。断絶の時間のなかで、生命が持続するという矛盾。
キムは、そんな構図を頭に描きながら、誰も足を踏み入れたことのないDMZの豊かな自然を目の前にするたび、こんな思いにかられるのだと語ってくれた。
「悲しいけれど美しく、美しいけれど悲しいのです」
(敬称略)