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『ラスト・プリンセス―大韓帝国最後の皇女―』映画を通じて探る、日韓の未来

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:

韓流ブームの2000年代には詩的なラブストーリーを紡いだホ・ジノ監督(53)が、今回手がけたのは日本による植民地支配の時代だった。韓国映画『ラスト・プリンセス―大韓帝国最後の皇女―』(原題: 덕혜옹주〈徳恵翁主〉/英題: The Last Princess)(2016年)は、大韓帝国の皇帝・高宗(コジョン)の末娘、つまり朝鮮王朝最後の王女となった徳恵(トッケ)翁主の苦悩の半生を描いた。韓国で批判も受けたという今作を撮った背景を、来日したホ監督に聞いた。

『ラスト・プリンセスー大韓帝国最後の皇女―』から © 2016 DCG PLUS & LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

映画は、日本による韓国併合後の1919年、当時7歳の徳恵翁主が高宗ら両親の寵愛を受け、高宗の侍従の甥キム・ジャンハンに見守られながらすくすく育つ場面から始まる。成長した徳恵翁主(ソン・イェジン、35)は民衆から人気を集めるが、日本政府の意を受け王室を所管する李王職のハン・テクス長官(ユン・ジェムン、47)から危険視される。1925年、12歳にして日本の学習院への留学を命じられた彼女は、日本の着物を着せられ、侍女ポクスン(ラ・ミラン、42)に伴われて日本へ。日本の元皇族・方子妃(戸田菜穂、43)と結婚した異母兄・英親(ヨンチン)王の東京の邸宅で暮らしながら望郷の念を募らせるうち、ジャンハン(パク・へイル、40)と再会する。ジャンハンは日本陸軍少尉となる一方で、ひそかに上海の大韓民国臨時政府とつながって独立運動を率い、徳恵翁主や英親王を上海に亡命させる計画を進めていた。ハン長官による監視がさらに強まるなか、徳恵翁主は旧対馬藩の当主・宗武志伯爵(キム・ジェウク、34)との政略結婚が決まる――。

ホ監督と言えば、ペ・ヨンジュン(44)とソン・イェジンが共演して日本でもヒットした『四月の雪』(2005年)や、日本版リメイクも作られた『八月のクリスマス』(1998年)などしっとりした恋愛ストーリーの作り手として知られてきた。今回、日本の植民地支配の時代に照準をあわせたのはなぜだろう。

ホ監督は8年ほど前、徳恵翁主をとりあげたドキュメンタリー番組をテレビでたまたま目にしたという。徳恵翁主は、日本の敗戦で植民地支配が終わった後も、日本に結果的に協力した王家の一員として韓国の初代大統領・李承晩(故人)に警戒され、帰国が叶わなかった。番組では、彼女が1962年ついに韓国に戻り、かつての女官たちに涙で迎えられる映像が流れていた。それまで韓国でもほとんど知られず、映画などで描かれることもあまりなかった彼女の半生に、ホ監督は強い関心を持った。

映画化に際しては当初、周囲に反対されたそうだ。日本統治に表立って抗うことはなかった徳恵翁主について、「とても受け身の人生を送っていたように見える。そうした女性が今の人たちにどれだけ訴求できるのかという懸念があった」とホ監督。「そのうえ、そもそも以前は、この時代を題材にした映画はまったく当たらなかった。韓国人にとってはあまり振り返りたくない恥辱的な歴史だからだ。でも、一度は正面からこの時代と向き合って考える意味があるんじゃないか、と思った」

『ラスト・プリンセスー大韓帝国最後の皇女―』から © 2016 DCG PLUS & LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

ちょうど2010年、フィクションを交えて書かれたクォン・ビヨン著の歴史小説『徳恵翁主―朝鮮最後の皇女』が韓国でベストセラーに。ホ監督はそれをベースに、本馬恭子著『徳恵姫 李氏王朝最後の王女』(1999年)を参考にしながらリサーチを重ね、製作に臨んだという。

映画には、小説とは異なるフィクションも織り交ぜられている。だから冒頭、「事実と異なる部分がある」という断り書きを流している。ジャンハンや侍女ポクスンは架空の人物で、戦時中に朝鮮半島から動員された「徴用工」の不満を抑えるため徳恵翁主が駆り出されて演説する場面や、紀元節の記念行事で独立運動家が手榴弾を投げる場面、亡命を試みる設定はフィクションだ。その背景について、ホ監督はこう説明した。「徴用工の中には組合活動をした人もいたという記録が残っていて、彼らの感情を緩和するため王室の人に話をさせる場面があったとしてもおかしくない、十分に起こり得たと感じた。亡命作戦は、上海臨時政府が王室の人たちを亡命させようとしたという記録をもとに作り替えた。紀元節の記念行事での事件は、1932年に独立運動家の李奉昌(イ・ポンチャン)が昭和天皇のパレードに手榴弾を投げた桜田門事件をもとに撮っています」

『ラスト・プリンセスー大韓帝国最後の皇女―』から © 2016 DCG PLUS & LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

一方、日本統治下の悲劇を描きながら、直接の「悪役」は韓国人であるハン長官が中心。方子妃や宗伯爵ら日本の登場人物は、一貫して徳恵翁主を思いやる。例えば日本語で語る徳恵翁主に、方子妃があえて韓国語でいたわりの言葉をかける場面がある。互いに相手の言葉で話しかけるアイデアは、方子妃役の戸田が出したという。

ホ監督は言う。「今作を撮るにあたって僕は、日本が悪で韓国は善だという単純な構造では描きたくはなかった。徳恵翁主をいじめる日本人を出すのも突拍子がない感じで、ストーリー上の必然性もなかったんです」

ホ監督によると、韓国では「当時の王室を美化しているのではないか、という批判を受けた」という。「徳恵翁主や高宗への歴史的な評価は、韓国ではいまだに分かれている。あまりにも力なく国を奪われた弱々しい王という見方をする人たちもいる。もちろん、それでも最善を尽くし、賢明な行動をとったとの見方をする人たちもいるが、歴史をどう解釈するかによって今作への見方は違ってくる」

『ラスト・プリンセスー大韓帝国最後の皇女―』から © 2016 DCG PLUS & LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

それにしても、韓流ブームが起きた2000年代とは隔世の感があるくらい、韓国映画の監督や俳優の来日はこのところ激減している。その盛衰を目の当たりにしてきた監督として、今作の日本公開に際して何を思うのだろうか。「政治的には韓国と日本は難しいところがたくさんあり、今もデリケートな時期にあると思うが、韓国で新政権が発足したことで、以前よりもよくなるのではないかという期待もある。そうした時期に今作が日本でも公開されるのは、とても意味があると思う。日本は文化的にとても包容力がある国だと感じている。政治的には何かとぎくしゃくしているように見えるが、映画に携わる人たち同士の関係はとても良好。だから映画は映画でもっと活発にこれからも交流していくべきだと思う」とホ監督は言う。

「今作は韓国人の視点から見た韓国王室の物語であり、日本の観客の方にとっては居心地の悪い部分があるかもしれない。でも今作が描こうとしているのは、悲劇的な人生を生きたひとりの女性の物語。見た方々には、理解・共感していただけるのではないかと思っている」

そのうえで、インタビューの最後の言葉が印象的だった。

「例えば日韓の和解のための企画映画を両国で一緒に作るといったことよりも、お互いの視点でお互いが感じたものを作って、それを互いにたくさん見ていくことが、相互理解にきっとつながっていくと思う。その国の視点で描かれた映画であっても、その中には間違いなく、お互い同じ人間なのだと感じられる普遍性がある。お互いの生き方や人生が描かれた映画をこれからも互いにたくさん見ていくことで、もっと近くなれるんじゃないかと思う」