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『ジュピターズ・ムーン』 「反難民」吹き荒れるハンガリーからの自己批判

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
東京でインタビューに答えるコーネル・ムンドルッツォ監督=仙波理撮影

国境で警官から逃れ走る難民の少女や親子をカメラマンが蹴る映像が物議をかもしたのを覚えている方も多いかと思う。27日公開のハンガリー・ドイツ映画『ジュピターズ・ムーン』(原題: Jupiter holdja/英題; Jupiter’s Moon)はまさにその現場、ハンガリーのセルビア国境を舞台に始まる。難民や移民を拒絶するハンガリーの一員である自身にも批判の矛先を向けて撮ったというコーネル・ムンドルッツォ監督(42)に、東京でインタビューした。

『ジュピターズ・ムーン』より、難民少年アリアン役のゾンボル・ヤェーゲル 2017 © PROTON CINEMA - MATCH FACTORY PRODUCTIONS - KNM

舞台は、2015年のいわゆる「欧州難民危機」を挟んで多くの難民や移民が押し寄せるハンガリー。シリアの少年アリアン・ダシュニ(ゾンボル・ヤェーゲル、26)は、父ムラッドとセルビア国境からハンガリーに入ろうとするが、国境警備隊に追われるうち、ラズロ(ギェルギ・ツセルハルミ、69)に無抵抗のまま銃撃される。瀕死の重傷となり難民キャンプに運ばれ、医師シュテルン(メラーブ・ニニッゼ、52)が手当しようとすると、アリアンは自力で治癒、空中に浮かび始める。医療過誤で負った多額の賠償金を支払うために難民から賄賂をせしめてきたシュテルンは、アリアンを利用し一儲けしようと考え、彼をキャンプから救い出す。一方、ラズロは違法な発砲のもみ消しをシュテルンに頼んで断られ、難民への憎悪も加わって、アリアンを執拗に追い始めるーー。

ムンドルッツォ監督は、GLOBE2015年11月15日発行号「映画クロスレビュー」でも取り上げた前作『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』(2014年)でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリとパルムドッグ賞を受賞。目下、シネマニア・リポート[#59]に書いた『ワンダーウーマン』(2017年)の主演で知られるガル・ガドット(32)と、ブラッドリー・クーパー(43)を起用した『Deeper(原題) 』の撮影準備に取り組んでいる。

コーネル・ムンドルッツォ監督=仙波理撮影

『ジュピターズ・ムーン』は、ハンガリー・ビチケの難民キャンプをムンドルッツォ監督が数年前に訪ねたのがきっかけだという。ハンガリーは中東やアフリカなどからの難民や移民が、受け入れ態勢の整ったドイツをめざす際の経由地となってきた。そうした難民たちに、キャンプで1〜2週間向き合った。

「私は非常に心動かされ、打ちのめされた気持ちになった。彼らには過去も未来もないように思えて、『現在』そして『人の手』を差し伸べる責任を感じた」とムンドルッツォ監督は言う。

『ジュピターズ・ムーン』より、医師シュテルン役のメラーブ・ニニッゼ(左)と難民少年アリアン役のゾンボル・ヤェーゲル 2017 © PROTON CINEMA - MATCH FACTORY PRODUCTIONS - KNM

ムンドルッツォ監督は脚本を書き、表紙に「近い将来のどこか」と書いた。そうして2015年、内戦のシリアなどからこれまで以上に多くの人々が欧州へ逃れる「難民危機」が起きた。ムンドルッツォ監督は言う。「将来について書いたつもりが、現在の話になった。だから、この映画を撮るか撮らないか悩んだ。私は映画に政治的な抗議を持ち込んだり、ジャーナリズムを取り入れたりするのが好きではないし、そうした作品を撮ったこともないからね」。それでもムンドルッツォ監督は背中を押された。

「空飛ぶ難民」は、国境を飛び越えたい難民たちの願いを表しているように見える。「その通り。とても象徴的で、自由のイメージとなっている」

『ジュピターズ・ムーン』より、難民少年アリアン役のゾンボル・ヤェーゲル(上) 2017 © PROTON CINEMA - MATCH FACTORY PRODUCTIONS - KNM

ムンドルッツォ監督はそのうえで、こう語った。「難民危機は欧州を悪化させるものではなく、前向きな希望だと思う。これを解決したら、欧州はより強くなれる。医師シュテルンを通じて描きたかったのはその点だ。彼はステータスを失った知識人で、とてもシニカルで堕落し、物語の当初は本当にろくでもない。奇跡的な場面に遭遇した時でさえ、自分のために利用しようと考えた。だが物語が深まるにつれ彼は徐々に教訓を学んで変化し、犠牲をいとわないようになる。政治的なポピュリズムが蔓延し、それが危機的になっている今の社会では、彼こそが希望を表している」

きっかけとなった難民キャンプは「難民危機」後、独裁色とポピュリズム政策を強めるオルバン政権が国境管理を厳しくする中で閉鎖されたという。国境ではハンガリー当局が催涙ガスや放水車などで逃げ惑う難民を迎え撃つようになり、国連やEUから非難を浴びた。「恥ずかしいことだ。ハンガリーは以前はもっと開かれていたのだが」

コーネル・ムンドルッツォ監督=仙波理撮影

難民の少年アリアン役のゾンボルはハンガリー生まれのハンガリー人だが、ムンドルッツォ監督は当初は、本物の難民の少年に配役しようと奔走した。だが難民の多くはドイツをめざし、ハンガリーには長く滞在せず、なかなか見つからない。ムンドルッツォ監督はドイツへ足を運び、難民のクルド人少年に出会ってオファーしたが、結局は断念した。制度的にハンガリーで働く許可が出ないうえ、彼もハンガリーへ行きたがらなかった。

『ジュピターズ・ムーン』より、医師シュテルン役のメラーブ・ニニッゼ(左)と難民少年アリアン役のゾンボル・ヤェーゲル 2017 © PROTON CINEMA - MATCH FACTORY PRODUCTIONS - KNM

ハンガリーがこれほど排外的になったのは、なぜなのだろう。ムンドルッツォ監督は、短期的には「金融危機のせいだ」と語った。ハンガリーは世界的な金融危機による打撃で通貨や株価が下落、外国投資の引き揚げも加速し、2008年に国際通貨基金(IMF)が緊急融資。「金融危機のあおりで安全がおろそかになることに人々は不安を感じ、治安を再び回復させるリーダーを欲した」

そのうえ、ハンガリーが「民主主義の歴史がそう長くはない点を考えなければならない」とムンドルッツォ監督は強調する。「ハンガリー人は40数年もの間、共産圏の独裁体制のもとで暮らした。だからハンガリーで起きていることは、ロシアの論理もやや影響している。それ以前はファシズムの独裁国家だったし、その前は王政だ。つまり、私たちは民主主義の知識も歴史もそうはない」

コーネル・ムンドルッツォ監督=仙波理撮影

ムンドルッツォ監督はさらに語った。「独裁体制は人々にとっては国の安全を意味した。そこへ資本主義が導入、すばらしい未来がやってくるのではないかと人々は思い描いたが、そうはならなかった。厳しく幅広い競争がもたらされ、勝者はさほどおらず、貧困が広がっている。民主主義の伝統がないまま、経済的に競争を強いられることに人々は疲れているのだと思う。そこへポピュリスト政治家が国民の喜ぶことを言い、非常にたやすく敵を作り上げた。権力が編み出した敵に勝ったと人々が感じれば、偉大なリーダーのもとで安全に思える。権力と人々の間で新たな契約が結ばれた形だ。そうした人心操作と熱狂で、ハンガリーはここ8年ほどの間にポピュリズム国家となっていった。欧州全体がそうだ。反移民運動は今、とてもうまくいっている。だが大問題なのは移民ではなく、人々が安全を感じられなくなっていることだ。敵を作り上げることによる危険は大きい」

それにしても、なぜ独裁的な政権に支持が集まり続けているのだろう。「リベラルで自由を重んじる考えからすると理解できないが、それはトランプ米大統領を理解できないのと同じだ。リベラルの人たちは、現実に対応できなくなっている。私たちに課されているのは、現実に立ち返り、何が起きているか理解することだ。それを知りもせずに批判しても、耳を貸してもらえない」

『ジュピターズ・ムーン』より、医師シュテルン役のメラーブ・ニニッゼ(左)と国境警備隊ラズロ役のギェルギ・ツセルハルミ 2017 © PROTON CINEMA - MATCH FACTORY PRODUCTIONS - KNM

今作はカンヌ国際映画祭で2017年3月に上映されると、審査員の米俳優ウィル・スミス(49)が「個人的に好きな作品。何度も繰り返し見たい最高の映画」と記者会見で称賛した。だが同年6月公開の本国ハンガリーでは、国際的な高評価とは裏腹に批判も浴びたという。「ハンガリーにとっては革命的で挑発的と言える作品。批評家的にはよくても、難民をある種の天使や希望のように描くのは、ハンガリーでは刺激的なことだ。だから大きな議論が起きた」とムンドルッツォ監督は言う。

ハンガリー系の人たちはルーマニアやスロバキア、セルビアなどの近隣諸国ではマイノリティーだ。ハンガリー政府はそうした国々に対し、彼らの立場を守るよう求めている。なのに自国にやって来たマイノリティーの難民・移民には厳しい態度をとるとは皮肉だ。「ハンガリーは難民や移民にはとても厳しいが、ジプシーといったマイノリティーには厳しくない。マイノリティーをめぐっては実はとても民主的で自由ないい法制度があるんだよ」とムンドルッツォ監督は話した。

『ジュピターズ・ムーン』より、医師シュテルン役のメラーブ・ニニッゼ 2017 © PROTON CINEMA - MATCH FACTORY PRODUCTIONS - KNM

この作品に込めた難民・移民をめぐる批判の矛先は、ムンドルッツォ監督自身にも向けているという。

「難民キャンプで私は正直、難民を『集団』で見ていた。難民には一人ひとり違う物語があり、個人として考えるべきなのに。彼らには難民としての人権ではなく、人間としての人権がある」。ムンドルッツォ監督はそう言って、インタビューをこう締めくくった。「私たちは自分自身に批判的になり、新たな考え方を見つけてゆかなければならない。思想の左右を問わず、過去の考え方で物事をとらえても、解はない」

コーネル・ムンドルッツォ監督(右)にインタビューする筆者=仙波理撮影