同社は1980年に米国企業(フェローフルイディクス社)の子会社として日本に設立され、1987年に親会社から独立。1990年代には中国やシンガポールにも進出し、2017年からフェローテックホールディングスと 社名を改めた。2016年ごろから、電流や電圧を制御する「パワー半導体」など半導体関連事業の成長を予測し、設備投資を続けてきた。
主な製品は、シリコンやセラミックスなど、半導体製造装置向けのマテリアル製品や、パワー半導体絶縁基板などの電子デバイスだ。スマホやPC、LEDや電気自動車(EV)といった幅広い製品の生産現場で使われており、私たちの生活に欠かせないデジタル機器や社会インフラを支えている。
賀氏は1993年に入社し、中国事業を率いてきたが、2020年7月に社長兼グループCEOに就任した。就任後の2021年3月期から2023年3月期(予想)には、短期間で業績が急拡大している。コロナ禍でリモートワークやウェブ会議が普及したことで、データセンターや通信向けの需要が高まったことが追い風となった。
また、中国でのEV需要の拡大を受け、パワー半導体絶縁基板の売上も伸び続けているという。
2020年には、中国のファンドなどから必要な資金としてグループで約3000億円を調達。「売上規模約800億円(当時)の会社が身の丈を超えた金額を調達することに、周囲は大反対した」というが、設備を増強したことで、需要の急拡大に迅速に対応できた。
2023年3月期は連結売上高2000億円、営業利益340億円と、いずれも前期の約1.5倍に達する見込みだ。
TSMC進出で熊本に新工場 「日本発」新技術のグローバル展開も
製造拠点の大半を中国に置く同社が、日本回帰の戦略を打ち出したのは2022年。石川県と岡山県の工場の生産能力を増強し、国内のメーカー2社を相次いで買収した。
さらに2023年秋、熊本県大津町に新工場を建設すると発表。新工場は今秋着工予定で、24年中の稼働を目指している。
1980年代には世界的に高いシェアを誇り「日の丸半導体」の名をほしいままにした日本の半導体産業だが、その後は30年にわたり凋落(ちょうらく)が続いている。なぜ今、国内へ回帰するのか。
「日本政府は近年、半導体産業の重要性を再認識し、『半導体・デジタル産業戦略』を打ち出すなど振興を図っています。一方、中国では人件費や土地代が上昇し、増産体制を作りづらくなりました。このタイミングで、日本の人材と技術を活用すべきだと考えたのです」
米中貿易摩擦の影響等もあり、世界的に半導体の調達が難しくなっているなか、日本や米国、欧州、中国、東南アジアでは自国内または近隣でのサプライチェーン体制を構築する半導体の「地産地消」という流れもある。
熊本工場新設の決め手になったのは、予定地近くに半導体大手TSMC(台湾)が、生産拠点を建設していることだ。また県内には、大手日系メーカー4社も工場を設けている。賀社長は現地を視察し、工場建設予定地を1時間足らずで決めたという。
TSMCの新工場が稼働すれば、製造装置向け部品の需要が、今まで以上に高まることは間違いない。賀社長は「フェローテックも、かつて行われていた大量生産体制を日本に取り戻し、TSMCをはじめとした国内生産拠点への製品供給を強化します」と力を込めた。
また日本は、フェローテックの事業と関連性の深い、材料関連・電気自動車関連の基礎技術に強みを持つ。このため今後、技術開発体制を強化し、「日本発」の新技術をグローバル展開することも考えられるという。
「社員を大切にして利益を還元」 多様な人材登用、採用も強化
同社は2031年3月期、売上高5000億円、純利益500億円を達成するという目標を掲げている。いずれも2023年3月期のほぼ倍に当たる数字だ。達成のカギを握るのは、組織で働く「人」の力だという。
このため賀社長は、2023年を「学びの年」と位置付けた。年初には、世界の全従業員に対して英語・日本語・中国語でメッセージを発信。「常に最新の技術や知識を学び、技術革新や新製品の創出に取り組んでほしい」と呼び掛けた。
「社員には習得したスキルや知識を元に、新しいことに挑戦し続けてもらいたい。それによってつぎつぎとイノベーションが生まれる組織をつくりたい」という考えからだ。
「社員に新しいアイデアを考え、社内に提案してもらうためには『会社は自分の発言を尊重してくれる』という信頼感を醸成することが大事。そのためにも社員を大切にして、会社の利益を還元するつもりです」
言葉の通り、利益が拡大した前期は従業員に8カ月分のボーナスを支給。今期も同水準の支給を予定している。
また多様な人材を活用し、組織に新しい価値観や考え方も取り入れようとしている。2022年時点で取締役に女性を2人登用し、役員の若返りも図った。一般社員についても、国籍や性別、年齢などを問わず意欲と能力に応じて積極的に登用できる仕組みを作りたいという。
「海外の子会社では、30代後半~40代前半のトップも珍しくありません。日本でも昇進スピードを加速させ、優秀な人材に相応の報酬とポストを提供すべきだと考えています。若いうちから経営に関わることで、事業に対する社員の当事者意識も高まります」
組織内の人材育成だけでなく、新卒・中途採用も強化する。特に石川や熊本工場で、人材の質と量を確保することが当面の課題だ。
「日本人は教えたことに真面目に取り組み、必要なことを学ぶ力がある」と話すなど、賀社長が人材に寄せる期待は高い。しかし労働人口の減少が社会的な問題となる中、採用環境は年ごとに厳しさを増している。
「日本は世界的に見て新卒の初任給が低く、このままでは海外の企業に優秀な人材を奪われてしまう。我々も本人のスキルや能力に応じて、柔軟に給与を提示できるシステムへと変える必要性を強く感じています」
困難乗り越えた経験がつくる企業文化 「社員が笑顔でいられる職場を」
求めるのは「熱意と使命感をもって仕事に取り組む」人材だ。ただ賀社長は、必死の形相で苦しい思いをしながら働くのではなく「笑顔でいられる職場でありたい」とも語る。
同社は2012年、太陽光バブルの終焉と共に、当時の主力だった太陽電池関連事業の売上高が急減、純利益が赤字に転落した。経営破綻の観測が流れ、銀行からは返済期限の来ていない借入金まで返済を迫られたという。
しかし賀社長はこの時も「景気が悪い時ほど、社員がお互いを責めたりプレッシャーをかけ合ったりせず、ニコニコ働ける職場をつくろう」と考えた。
その後、それまでコツコツ投資していた石英製品や真空チャンバーなどの半導体関連製品が利益を生むようになり、翌年には黒字を回復した。
「困難な時ほど、社員が明るく、情熱を持ってなすべきことをやりきる。そうやって苦しい時期を乗り切った経験が、企業文化を生み出しました。これから当社に加わる仲間もそんな人たちであってほしいし、経営陣も全力で、社員が笑顔でいられる職場を守ります」